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関係ない断罪劇に居合わせた王妃夫妻の静かな一夜

作者: くまくま
掲載日:2025/10/30

シャンデリアの光が天井を反射し、白亜の大広間に金糸のようなきらめきを散らしていた。

 隣国との外交舞踏会。王妃カトリーヌにとっては、年に数度訪れる退屈な夜である。


 王配のエドワールとともに壇上から社交の光景を眺めながら、彼女はそっと扇で口元を隠した。


「また始まったわね、あの令嬢争奪戦」

「うん。あちらの若者たちは血気盛んだ」


 視線の先では、若い貴族が別の令嬢に熱を上げ、周囲が囁き合っている。

 いつもなら気にも留めないが、その声が急に大きくなった。


「——ミリエル! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 音楽が止まり、視線が一点に集まる。

 エドワールが軽く眉を上げ、カトリーヌは頬杖をついた。


「まあ、こういう場面を見るのは久しぶりね」

「止めないのかい?」

「止める理由がないもの。見物料くらいは払ってほしいけれど」


 軽口を交わすうちに、若者——アルノー侯爵家の嫡男が声を張り上げた。


「我が家の名誉に泥を塗った婚約者など要らぬ! このレーヌ嬢と新たに婚約する!」


 会場がざわつく。誰もが眉をひそめるが、誰も口を出さない。

 貴族社会では「婚約破棄」は恥だが、同時に娯楽でもある。


 しかし、その静寂を破ったのは、壇上から響く穏やかな声だった。


「——なるほど。では質問しても?」


 全員の視線が王妃カトリーヌに向く。

 彼女はグラスを指でなぞりながら、ゆるやかに立ち上がった。


「侯爵家の嫡男殿。そなた、婚約解消の許可を国王に得ているのかしら?」

「……は?」

「その令嬢、つまり婚約者ミリエル嬢は、あなたの領地の鉄鉱権を半分お持ちとか。

 契約上、婚約は経済的同盟よ。無断で解消した場合——国家の契約違反になるの」


 ざわり、と人々が息を呑む。

 侯爵家の父が真っ青になり、慌てて前に出た。


「お、お待ちください陛下! これは息子の独断で——!」

「でしょうね」


 カトリーヌはゆるく笑みを浮かべ、近くに控える侍女に扇を預けた。


「婚約破棄はよくある話。でもね、今夜ここは“隣国の王の御前”なの。

 外交の場での婚約破棄は、我が国では“王族侮辱罪”として扱われるのよ」


 会場が凍りつく。

 次の瞬間、エドワールが軽く笑って口を開いた。


「——というわけで、我が妻は退屈をしておられた。君たち、よかったね。良い見せ場を作った」

 王配の声は穏やかでありながら、確実に皮肉を含んでいた。


「裁定は簡単よ」カトリーヌが続ける。

「この婚約は破棄として認めます。ただし、侯爵家は国家契約違反の罰金として、鉄鉱の輸出権を半分譲渡。

 ミリエル嬢には補償金を支払い、我が国への留学許可を与えるわ」


 あっけに取られる観衆の中、ミリエルが驚きに目を見開いた。

 カトリーヌは穏やかに微笑む。


「あなたの知識は無駄にならないわ。あちらの大学で思う存分学びなさい」


 侯爵家の父は青ざめたまま跪き、息子を引きずって退場した。

 残された恋人のレーヌ嬢は、顔を真っ赤にしてうつむくしかなかった。


 ——こうして、夜会の場は再び静寂を取り戻した。


 *


 舞踏会の後、王妃の私室には灯がともっていた。

 カトリーヌはソファに腰を下ろし、靴を脱いで足を伸ばす。

 エドワールがグラスにワインを注ぎながら笑った。


「退屈な夜が、ずいぶん賑やかになったね」

「ほんとに。まるで劇を見ているみたいだったわ」

「……主役は君だったけど?」


 カトリーヌは笑って、軽くグラスを合わせる。

「たまにはいいのよ。ああいうのを見ると、まだ世の中に正す余地があると思えるもの」

「なるほど、退屈しのぎの正義だね」

「そう言われると身も蓋もないけど……まあ、否定はしないわ」


 しばらく沈黙が流れる。

 夜風がカーテンを揺らし、外の噴水の音が遠くに聞こえる。


 エドワールはワインを一口飲み、優しく笑った。

「君は昔から変わらないね。理屈で人を諭して、最後にちゃんと救う」

「理屈だけじゃ人は動かないもの。少しの怖さと、少しの優しさでちょうどいいのよ」


 彼の隣で肩を預けながら、カトリーヌは小さく息を吐いた。


「次の夜会は、もう少し静かだといいのだけれど」

「無理だろうね。君がいる限り」


 そう言って、エドワールが笑う。

 王妃は小さくむむうと唸り、グラスを軽く掲げた。


「まったく、退屈とは永遠に縁がないわね」


 ワインの赤が灯に照らされ、彼女の瞳に映った。

 静かな夜が、再び優雅に流れ始める。

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