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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スカボローフェアを歌って

作者: 暇庭宅男

体験を消化できないならそれはあなたの知恵にはならない。

どんな素晴らしい食べ物も口に入れて咀嚼し、飲み込まねば血肉にはならないように。

スカボローの市場へ、君は行くのかい

あのみずみずしいパセリの香り

そこで彼女に会ったなら、伝えてはくれないだろうか

僕は死ぬまで君を愛していたって


スカボローの市場へ、君は行くのかい

山と積まれたセージにタイム

そこで彼女に会ったなら、伝えてはくれないだろうか

僕はいつまでも君の幸福を祈ると


スカボローの市場へ、君は行くのかい

綺麗な瓶いっぱいに詰められたたおやかなローズマリー

そこで彼女に会ったなら、伝えてはくれないだろうか

僕はもう二度と、君には会えないんだって


彼はつぶやくようにそう歌った。

狭いアパートの粗末な流し台。彼はかみそりで自分の左手首をざっくりと切り開き、洗面器に水を掛け流しにして左腕を浸けている。

水で薄められても、動脈からあふれる血はどうしようもなく鮮やかに赤い。


弾丸は彼を殺めなかったけれど。

たくさんの人の無責任と無関心が、終わりなく彼をすり潰そうとした。

将軍が死ぬと決まった突撃を強いることもなかったのだけれど。

彼の辛さを分かち合うことを、誰も彼も鼻にしわを寄せて拒んだ。

敵軍が鬨の声を上げて彼を殺しに来ることもなかったのだけれど。

やるべきことは際限なく積み上がって、それをこなす彼以外を削ぎ落としていった。


殺す命に責任が持てないように、生かす命にも私は責任が持てない。

私はいつか、生きていて欲しいと彼に言った。そうしてそのくせ彼を助けることはついにしなかった。

だから、正当な罰なのだと思う。彼は私に看取って欲しいと頼んだ。その真意を気が付きながら知らぬふりをして、私は彼とともにここに佇んでいる。


彼は眠いのか、目を閉じ、流し台に突っ伏すように体を預けた。冷たい金属に頬を押し付けなくていいように、私は彼のお気に入りのクッションを持ってきて、流し台と彼の体の間に挟む。力の抜けはじめた彼の体は重かった。


かつて未来の幸福を共に信じた友がいた。今は苦しいけどきっと。そう語ったその人は心臓の病で、夜明け前の寝室で苦しみ抜いて逝った。それを知らされたあの日からきっと、目の前の彼の最期は決まっていたのだろう。


スカボローの市場へ、君は行くのかい……

夢を見ているのか、彼は歌おうとして、声が途切れる。代わりに彼の後をうけて、今度は私が歌う。


パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。

ヒースの花と共に花束にして、私に贈ってはくれませんか。

そうすればきっと、あなたをいつでも思い出せるでしょうーーー。

前に書いた「風を悼む」の別バージョン。

言いたいことはたくさんあるのだが書き出すと何の話かよくわからなくなってしまう。

たぶんまた形を変えて書くことがあると思う。

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