第3話 畑に現れた令嬢は、クワを握った
王都に設けられた、俺専用の畑――その名も《勇者ユウト様農園・王都出張所》。
名前が目立ちすぎて、嫌な気分しかしないが場所は意外と悪くない。街の南端、川のそばにあり、水は豊富。土質も悪くない。
「ま、ここでなら……トマトも育つかな……」
やっと畑と向き合える日々が戻ってきた、そう思ったのも束の間だった。
「そこのアナタ! ここが噂の“勇者農園”ですのね!?」
「……誰?」
振り向くと、そこには目も覚めるような金髪碧眼の美少女がいた。
ドレスは白に金の刺繍、腰にはリボン、頭には麦わら帽子……手には……クワ。
「いや、なんでクワ持ってんの!?」
「もちろん耕すためですわ? おほほ、畑デビューですわ!」
なにこの外国人コスプレイヤースタイルで農作業する勇気の化身みたいな人。
「ええと……お嬢さん。ここは王都直轄の管理地なんで、無断で……」
「わたくし、クラリス・フォン・ルミエール。第三王女にして、この国の農業改革を夢見る者!」
「えっ!? 王女!? えっ、ちょ、土いじりしていい人種じゃないって絶対!」
良く見ると、目の前の王女は長靴を履いている、やる気満々だが、へっぴり腰でクワを振っていた。
「今日の目標はウネ作りですわ!」
「いや、騎士団とか従者とか止めようよ!?」
「ご心配なく、護衛や影のものは常についておりますわ!」
「どこに居るか、全然解んないんだけど!? 怖すぎる!」
その後、クラリス王女の耕した畑は、はっきり言って――ド下手だった。
クワの角度が甘く、畝の高さもバラバラ。力が無いせいか、浅くしか耕せていない。だが彼女は、汗をかきながら、泥だらけになりながら、満面の笑顔で言った。
「すばらしいですわ……この“命が芽吹く感覚”。とても……貴族的ですわね……!」
「その感想、農家人生で初めて聞いたわ」
*
その日から、クラリス王女は毎朝やってきては俺の農園を手伝い――いや、むしろ妨害し――賑やかな日々が始まった。
「ユウト様、あの苗は植えましたの?」
「植えたけど、あなたがその上に座って台無しだよ!」
「ではこちらの肥料を……あっ、間違えて高級香水をかけてしまいましたわ!」
「なんでそんなもん持ち歩いてんだよおおおおお!!」
俺のスローライフは、平穏とは程遠い“農業系騒動”と化していた。
だが、ふと気づく。
彼女は王女という立場なのに、畑を“下に見て”いなかった。むしろ、土を耕すことに純粋な情熱を持っていた。
「クラリス様……その、なんで農業なんかに興味あるんですか?」
俺の問いに、彼女は少し照れたように笑って答えた。
「子どもの頃、郊外の村で食べたトマトが……人生で一番おいしかったんですの。あんな野菜を作れる人になりたいと……ずっと思っていましたのよ」
「……なるほど、素敵ですね」
「ええ。わたくし、本気で“世界の食卓を変える”つもりですわ!」
「急にスケールが世界レベルぅ!?」
やはりこの王女、どこかズレている。そして眩しいくらい真っ直ぐだった。
*
数日後。
俺たちが育てていた野菜たちが、ようやく“収穫適期”を迎え始めた。
カゴいっぱいに並んだトマト、ナス、きゅうり。色も形も、完璧に美しい。
「クラリス様、貴女が初めて育てた野菜です。食べてみて下さい」
「えっ、いいんですの?」
「もちろん。農家の特権です」
彼女はおそるおそる、真っ赤なトマトをかじる。
その瞬間、目を丸くして――涙を浮かべた。
「……あの時と、同じ味ですわ……」
その顔を見て、俺は思った。
(……ここで、もう少し頑張ってみても、いいのかもしれない)
――平穏ではないが、確かに幸せな“収穫”が、そこにあった。
*
その夜。王都に奇妙な報せが届いた。
「魔族の領から、呪いの“黒い種”が流れてきた!? しかも、植物型魔物として急速に成長していると……?」
そして、宮廷魔導師たちは口を揃えて言った。
「対応できるのは、あの“収穫の英雄”しかいない!」
――そう、農家兼勇者(仮)である俺の出番だった。
次回、「魔族の種と、畑の決戦! 野菜で王国を救えるか?」
次回はアクション回!
クラリスとの距離もグッと近づき、共闘&野菜バトルの幕開けです!