16
賊たちが去り、静かさが戻る。
驚くことに焚き火の火は数時間がたった今でもゆらゆらと炎を揺らしながら燃えている。私はリツと二人で焚き火の前に座り込む。
「麗、寒くないか?」
「うん、大丈夫だよ。」
とは言ったものの、炎は最初より弱くなっていて本当は少し寒い。だけど、そう感じさせないぐらい温かく感じてしまうのは肩が触れるほどの距離にいるリツのせい。
いつもとは違う。
いつもは戦いが終わればすぐに狐の姿になるリツがまだ人間の姿のままだ。人間の姿は疲れるはず。それなのに狐の姿に戻らない。珍しいと思った。
炎を見つめるリツの横顔は綺麗だった。
整った顔をしているのは前から知ってる。
だけど、ボーッと炎を見ている横顔でさえ綺麗だなんて。本当に羨ましい限りだ。
「麗…?」
「え、何…?」
「顔が赤いぞ…大丈夫か?」
「え!」
自分の頬に手を当てるけどよく分からない。
でも顔が赤くなってたらそれは、リツのせいだよ…。
「熱でもあるのか?」
おでこに触れるリツの大きな手。
その手の温もりにだんだん顔が熱くなるのが分かる。
鼓動はうるさく鳴り響き、集中出来ない。
「まだ赤いな。それに少し熱い。もう寝た方がいい。小屋に戻るぞ。」
「…うん。分かった…」
高鳴る鼓動のせいで心臓が痛い。
リツに手を引かれながら小屋に戻る。
手に残るリツの手の感覚。
熱くて、大きくて、優しくて。
全部が私だけが感じられる。
小屋に戻ると狐の姿に戻ったリツは私の膝の上に頭を乗せる。
「リツ、なんでさっきまで人間の姿だったの?今まで戦いが終わればすぐに狐の姿に戻っていたのに。」
「お前が俺を見ていたから。」
「私が…?」
「無意識だったのか?ずっと俺を見て何度も目が合っていたが…そしたらなんだか狐の姿に戻るのは惜しくてな。」
無意識にリツを見てたんだ…
気づかなかった。リツと目が合っていたなんて。
私、なんか変だ…
今日…ずっとリツを意識してる。
ううん。今日だけじゃない…
ここ何日間ずっと。
抑え込み、隠して、気づかないふりをしていた。
だけど、隠せなくなってきた…。
私はリツに惹かれてしまったんだ。
人間が妖狐に惹かれる。
あり得ない話だ。
私が彼に嫁入りしたのはただの契約。
彼がLv100になり、この世界の大魔王を倒すための。
なのに…私は……
分かってる、これは契約。
私が愛したとしてもリツに愛があるとは限らない。
私はただの人間でリツは妖狐。
寿命の長さも違えば生き方も違う。
口づけされてもリツはどう想ってした行動なのか分からない。これは契約。愛のない婚姻。
分かってるよ…分かってる…
だけど…分かっていても…
彼を好きになった。
いや、なってしまった。
妖狐に本気で恋した人間に。
(苦しい…)
「麗。お前は俺を守ると言った。俺は心底羨ましく思う。」
「え…?」
「お前が想う人間が将来出てくるはずだ。俺みたいな妖狐ではなく人間で。そしてお前の守りたいという感情はいつしか俺ではなくそいつに向かう。なぜそう思うのかって言いたいんだろ。大魔王を倒せば俺とお前は永遠にお別れだっていう予感がするんだ。」
そんな予感…
……いや。
そんなの…絶対に嫌だ…
「予感だが…当たる可能性もある。これだけは分からないことだからな。俺たちはただの契約夫婦だ。妖狐と人間は永遠に心からは結ばれない。結ばれることはない。だが、俺の予感が当たるなら、今だけは…いや、大魔王を倒すまでは、お前を独り占めさせてくれ。」
ただの契約夫婦。妖狐と人間は永遠に心からは結ばれない。結ばれることはない。リツから放たれたその言葉たちに心にグサッと突き刺さった。
リツにとって私はただの契約者でしかないんだ。
分かってるのに、ズキズキと痛む心。
何を勘違いしているんだろう。
分かりきっていたことじゃん。
人間と妖狐が結ばれるなんてあり得ないって。
私は少しでも、リツも私と同じ気持ちなんじゃないかって心のどこかで期待していたんだ。だから傷つくんだ。苦しいんだ。心が痛いんだ。
大魔王を倒したら私とリツは永遠にお別れ。それは確実なものではないのに、私はなぜか本当にそうなる予感がしてしまった。
「リツ、もう寝よっか…。少し疲れたから。それにリツはもっと疲れたでしょ…?ほら、ゆっくり休もう…。明日一日ゆっくりしようね。」
「麗…?」
「おやすみ、リツ。」
私はリツから逃げるように泣きそうになるのを隠しながら眠りについた。




