プロローグ
高校二年生で何の取り柄もない私、石神麗は学校では目立たない、邪魔者、いやむしろ居ないものとして扱われている。私に話しかけてくる人なんて誰一人としていない。机の中に入れられた紙クズやティッシュ、お菓子のゴミ。机の上や黒板に書かれた私への落書き。そんな日常に慣れてはいけないと分かっていても、誰も助けてくれないこの現実に慣れてしまった。
苦しい、嫌だ、そんな感情を持ちながらも学校に通い続けるのは、もちろん勉強のため。だけど、それだけじゃない。私は中学一年生の頃、両親を事故で亡くした。家に帰っても両親はいない。そんな孤独な時間は私には未だに耐えきれないほど苦痛なのだ。私の暮らしているのは父の実家である神社。山のふもとに建てられた神社は古くからあり、両親を亡くした今は私がここを継いで一人で巫女として守っている。
古いこの神社に人が訪れることはほとんどない。
ここに残されたのは根も葉もない一つの噂だけ。
──悪い狐が娘を喰う。
誰がそんな噂を流したのかは分からない。
両親が亡くなってからいつのまにか流れていたのだ。
その噂はいつしか学校でも広がり、みんなが私を見てコソコソと話している。
「あの子、狐に取り憑かれてるらしいよ。」
そんな私を化け狐と呼ぶ人もいる。
黒板や机に書かれていたのはいつも狐のことばかり。
…馬鹿げてる。
自分の目で確かめることもせず、噂ばかりを信じて目の前にいる人の話を信じない。私は狐に取り憑かれていない。私に取り憑くような狐も霊も妖怪もいないわ…
授業も終わり、私はすぐに神社へ帰り巫女の準備をする。鳥居のそばに置かれた狐の像。その狐の像が噂をされている狐であり、私の唯一の話し相手だ。たまたま通った二人の男性は狐の像を見て一人は噛んでいたガムを狐の像にくっつけ、もう一人は唾を吐いた。
「なんてことを…やめてください!」
「うるせえよ!」
「こんな悪い狐がいる神社誰が来るんだよ!あははっ!」
最後にもう一度唾を吐いて去っていった二人の男性。
…本当に愚かだと思う。
ここにいる狐の像は神様に仕える使い。
それを知らずにガムをくっつけたり、唾を吐いたり、挙げ句の果てには悪態を吐くなど、罰当たりにもほどがある。だけど、こんな罰当たりな行為はこれが初めてではない。泥を投げつけられたり、スプレーで落書きされたり。その度に私は必死になって元通りにしていた。
私はすぐに像につけられたガムを取り、何事も無かったかのように綺麗に拭いて磨く。この狐の像は私の唯一の話し相手。私はいつもこの狐に話しかけるのが日課だ。
「君は悪い狐じゃないのにね。」
「いつも見守ってくれてるのにね。」
「君は私の唯一の話し相手で、唯一私に残された家族だよ。」
答えてもらえるわけじゃない。
だけど、この像に話しかければ、心が落ち着くような感じがする。ただ、それだけ。でも、最近はこの狐の像がもし本物の狐になれば…なんてあり得ないことを考えてしまう。それだけ私は孤独が嫌なのか。何度も何度も綺麗に磨き続ければ何事も無かったように元通りになる像は今日も神様の使いとしてそこにいる。
そんなある日のことだった。
午前中で授業が終わり、お昼頃には帰ることができた。今日も狐の像を磨こうと思い、学校の制服から巫女の姿になった私は水を汲んだバケツと綺麗なタオルを持ち鳥居まで向かう。
(汚れてはいないけど、毎日磨かないと罰が当たるわ…)
話しかけることだけが日課ではない。
磨くことも含めて日課なんだ。
私は狐の像を磨くために手を伸ばし触れようとした瞬間だった。
──ピカッ
「…えっ。何……この光…」
狐の像付近から放たれた光は眩しく一瞬にして辺りを包み込んだ。視界が真っ白になり、ふわりと浮いたような感覚。だんだん眩しさで目が痛くなり目を閉じる。
浮いたような感覚が無くなった瞬間、ゆっくりと私は目を開けた。そこは見知らぬ森の中だった。
「ここは…どこ…?」
空気は冷たく、聞こえる音は風の音と鳥の鳴き声だけ。私はさっきまで神社にいたはず。どうしてこんな森の中にいるのか分からない。だけど、それより気になるのは…
私の前にいる一匹の狐だ。
私の身長は158cm。
だけどその狐は見たところ私とほぼ同じくらいの大きさに見える。銀色の毛並みに鋭く金色に輝く目。獲物だと思われているのだろうか。私を真っ直ぐ見ているその狐は一歩、また一歩と私へ近づいてくる。食べられるかもしれない恐怖で逃げたいのに足に力が入らない。そうしているうちに狐は私の目の前でぴたりと止まり、口を開いた。
「Lv100になるにはお前の力が必要だ。」
狐が…言葉を話した…
あり得ない。狐が人間の言葉を話すなんて。
だけど、それは確かに人間の言葉だった。
私は今、夢でも見ているのだろうか。
(それに…私の力が必要って何…?しかもLv100になるためって…どういうこと?)
これが私の異世界生活の始まり。
私が妖狐に嫁入りする物語の第一歩だ…。
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