"物語"のプロローグ 陰の苦労人
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『聞こえる?こっちは先生撒いたとこ。そっちはどう?』
「おいおい、誰に向かって口聞いてんだ?もちろんバッチリさ」
『誰のおかげで皆避難したと?』
「お見逸れしました」
『よろしい』
俺だってあと少しで全員を説得出来てたさ、恐らくな
おっと、これは言い訳じゃねぇ、事実だ、多分。
と、今はそんなことをいってる場合じゃないな。
…やあ、どこかでこれを見ている観測者諸君。
俺の名前は暁煌也。
最初に言っておくが…
これは現実じゃない。
物語さ。
だから主人公がいて…ヒロインがいて…成長するための出来事がある。
物語ってのは優しい。
成長の機会をくれる。主人公やヒロインに弱い部分を提示して次に繋げる手助けをしてくれる。
しかも正しく段階を踏んで。
そう考えると現実ってのは厳しいもんだ。
機会すら与えない。気がついたときには手遅れだ。
これまで何にも機会を与えてくれなかったくせに、死ぬ間際の最後の1ページには必ず
「自分はこの人生で何を為せた…いや、為せていない。」
ってオチがつく
けど安心してほしい。これは物語だ。
必ず何かが起こるし、必ず主人公は成長させる。
だってそういう脚本だからな。
「あと2分30秒で奴らが到着するよ」
「あぁ、分かってる」
ほら、俺が話し終わったところで教室の扉が空いた。
同時に黒い髪を伸ばした女子生徒が入ってくる。
おそらく彼女を見た誰もが前髪を止めている月型のヘアピンへと視線を向けるだろう。
残念ながら彼女はそれ以上に存在感を放つモノがないからだ。
いや、まだ育っていないといった方が正しいか。
それはともかくタイミングはバッチリだ。
「…なんでにやけてんの?」
「いや、こいつはデフォルトだ」
自分の計算通りにいきすぎて思わず顔に出ちまってたらしい。
俺もまだまだだな。
「私たちホントバカなことしてる」
「違いないな」
「けど今日は良い日になると思わない?」
「むしろ悪い日なんてここ6年程度見てないな」
かすかに足音が聞こえてきた。
数は1…2…3…、まぁ5人ってとこだろう。
「いけるか?」
「そりゃ余裕でしょ」
徐々に足音が大きくなっていく。
耳に届いた息遣いは自分か、相棒のか、それとも奴らか…
ガラッ
扉が空いた。
教室の中へ入っていく音がする。
「よし、行くぞ」
「うん」
俺達は静かに奴らの入っていった教室の隣の教室からでる。
そして奴らのいる教室に近づく。
教室ってのは基本2つ扉があるもんだ。
前と後ろに1つずつな。
俺は現在地から見て奥の方の引き戸、相棒は手前の引き戸にかがんで移動しへばりつく。
2人で視線を合わせて
3...2...1...
0の代わりに二人で頷き合い、ドアに手を掛ける。
「震えて眠れ」
息を揃えて思いっきり教室の引き戸を閉める!
当然、中の奴らは俺達の存在に気づくがもう遅い!
プシュー
最近だと大体どの教室にもついている冷房器具、その中からピンク色の明らかにヤバい気体が溢れてくる。
教室内はみるみるうちにピンク色で染まり、見えなくなる。
俺達が引き戸の向こうにいることに気がついたやつがこちらに向かってくるのが一瞬見えた。
だがそれも煙に遮られて見えなくなる。
…中々の迫力だった。俺じゃなかったら漏らしてたかもしれない。
そうして教室が中の様子も分からないくらいピンクに染まってから、1...2...3....。よし。
きっちり3秒数えて教室の引き戸を開ける。
先に相棒の方に手のひらを見せてストップさせるジェスチャーをして待機命令をしておく。
開けてすぐにピンクの気体が出口を見つけたと喜んで迫ってくるが構わず中に押し入る。
この気体は俺達に効果はない。
煙の中をスタスタと歩いて回る。
見た感じこの教室に入った5人は全員が全員とも、ぐっすり寝ているようだ。
そうして教室中をリサーチして…
「エージェント"SUN"。首尾はどう?」
いつの間にか隣にきていた相棒にそんなことを言われた。
「そのダサいネーム以外はオールクリア。ミッションコンプリートだ」
「エージェントさん。可愛いコードネームだと思うんだけどなぁ」
「もちろん人によっては喜ぶだろうさ。今度酔っぱらいのおっさんの前で言ってみたらいいんじゃないか?おやじギャグは彼らの領分だし」
「相変わらず誉めるのが下手だね」
「誉める機会がなくて練習が捗ってなくてな」
「なにそれ。まるで私を誉める機会がないみたいな言い草じゃない?」
「凄いな、全くその通りのこと思ってた。もしかしてエスパーか?」
「それ誉めてる?だとしたらやっぱり誉めるの下手すぎだよ」
「練習しなきゃだな」
煙を追い出すため、窓を開ける。
たちまち春特有の香りが鼻をくすぐる。
中に負けず劣らず外もピンク色だ。
入学式のときも思ったが、桜ってのはどこから見てもキレイなもんだな。
少しみる場所を変えたらまるで別物になる俺達とは大違いだ。
「だが感傷に浸るのもここまでだ」
「感傷に浸ってた?」
「あぁ、肩までどっぷり」
「肩まで?もうお風呂じゃん」
「肩まで浸かっても温かくはならないけどな」
そう言いながら窓に掛けていた手を離し、飛び降り防止の手すりに体を預けるようにしながら相棒の方を向く。
そよそよと吹き込む風に長い髪が揺れていた。
「そういえば、私達が活動を本格的に始めてから6年と2ヶ月と少しだね」
「細かいな」
「時間と秒まで必要?」
「いや。俺も覚えてるさ、そのくらい」
「へーえ?じゃあ聞いても?」
「そいつは勘弁してくれ」
相棒は口元に手を当ててくすくす笑った。
ま、誰かを笑顔にするってのはいいことだ、間違いない。
…というか時間まで覚えてるとかこいつが異次元なだけだ。
「あっ、拗ねないでよ」
「拗ねてない。いじけたんだ」
「あまり変わんないと思うんだけどな…」
そうこうしているうちに煙が晴れていく。
あまりよく見えなかった襲撃者たちの格好が明らかとなる。
「ねぇ、SUN」
「なんだ?」
「この人達・・・一体なにと戦いに来たのかな?」
言われて、床に寝そべるそいつらをもう一度よく見てみる。
薄い緑のヘルメットに、ポケットの多い軍服。
手には棒……?
なんだこれ。
それは青い光を放っていて、時折バチバチと不穏な音を鳴らしている。
ビリビリしそうだ。語彙力がないが。
さらにポケットからは爆竹や懐中電灯が覗いている。
なんというか…
「子供が集めた冒険セットみたい」
「あー……。まぁやつらも大事にはしたくないだろうからな、銃なんて持ち込めなかったんだろ」
「私達みたいなエージェントがいることを想定してないのもあいまって軽装で来たわけね」
「そういうことだろうな」
それにしてもひどい装備だとは思う。
本当に学校の占拠を目的に来たかを疑うくらいには。
そこら辺については後できつく問いただすとしよう。
取り敢えず、このままだと授業ができない。
いつものように回収を頼むことにする。
「うーん、ほどほどに疲れたなぁ。今日はもう帰っちゃおうかな」
ポケットからスマホを取り出し、操作するが、ふと気づいて手を止める。
「そうだ、溜め込んでたアニメの復習でもやろっかな」
言っていないことがあったのだった。
スマホの画面から目を離し、手を頭の後ろで組みながら大きく伸びをしている相棒へと視線を向ける。
「朔夜」
「なに?っていうかミッション中は"Luna"って呼んでって……」
のほほんとそんなことを言う相棒……いや、朔夜。
信頼しきったその背中に用意していた言葉を投げ掛ける。
「今日から、コミュニケーション能力も鍛えてもらうぞ」
「え?」
腕を頭の後ろにやったまま、そのままの状態で振り向く朔夜。
なかなか滑稽だ。
「それと、家に帰るのもなしだ。当然アニメも見させない」
「えっ、え?」
驚きにその瞳を見開く朔夜。
いつの間にか腕も下に下ろされている。
「友達作るまでアニメは禁止だ」
「え、あ……。い、いや、まぁ?この私、"Luna"にかかればそれくらい…」
「朔夜。」
またミッションモードに入り、得意の現実逃避をしようとする朔夜。
けどそれは許さない。
それは、他ならない朔夜のためにならないから。
「友達なんて…うん、やっぱりいらない。それに私達は危険な現場に身を置くことが多いし巻き込まないようにしないと…」
「それは友達を作れないやつの言い訳だ」
「なっ、ち、ちがわい!作れないんじゃないよ、作らないんだよ!」
「んじゃ余裕だな?」
「も、もちろん!私にかかれば裏の世界と表の世界を股に掛けることなんて朝飯前だし!」
「じゃできるな。それじゃ今からいつもの回収作業に入るから朔夜は早いとこクラスの皆と合流するんだな」
「あっ」
どうやら自分の失言に気づいたらしい。
嵌めるような真似をして少し胸が痛むが、関係ない。
"物語"はもう始まったのだ。
朔夜を…主人公を成長させるための"物語"は。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
後ろで焦ったように俺を引き留める声がするが、俺は止まらない。
「ねぇ待って、待ってったら、煌也!」
切ないその声に足を止めそうにもなったが、それも教室のドアを思い切り閉めることで断ち切る。
そのまま教室のドアにもたれかかり、ふぅ、と息を吐く。
体には朔夜がドアを揺らす振動が伝わるし、耳には彼女の悲痛な声が響く。
とはいえ開けるつもりはない。
いい加減、目をそらすのはやめなければならないから。
そのうち背中の気配も小さくなる。ずるずると朔夜が座り込むのが見なくても分かった。
俺はもう一度肺にたまった空気を吐き出すと、廊下を音もなく歩き、教室を後にした。
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そのとき朔夜のことと……これからの"物語"について考えていた俺は、気づくことが出来なかった。
ーー物陰で、こちらを見ている視線に。
そこで気付いてたらこれから先の展開を変えられたのか。しかしそんなことは誰にも分からない。
あるいは、人生の"物語"のシナリオを書いている者がいたとしたら、その答えも分かったのだろうか。
考えても詮ないことだが、しかし、シナリオを考える側の人間としては考えずにはいられない。
ここで引き返して視線の主を殴り飛ばせたら、どんなに……どんなに良かっただろうかと。