「こ……ん、や……は……き……」「えっ、婚約破棄!?」
とあるホールを貸し切りにして、夜会が開かれていた。
会場は大勢の貴族の若者で賑わっている。
主催者は伯爵家の令息アレン・ティメッド。その横には婚約者である子爵家の令嬢サリア・ロレーユを連れている。
アレンはさらりとした黒髪に涼しげな眼を持つクールな美丈夫。青いスーツとベージュのネクタイが、その男前を引き立てる。
サリアもまた、亜麻色の髪を後ろで結わいた、キュートな顔立ちの令嬢。フリルのついた桃色のドレスを身につけたその姿は、まさにお人形のような愛らしさである。
文句なしの美男美女であり、お似合いのカップルといえた。
今日の夜会は結婚前に彼らの仲睦まじさを皆に見せつけるためのものだと、誰もが認識していた。
だが、アレンは参加者全員を自らに注目させると、緊張の面持ちでサリアに向かってこう言い始めた。
「こ……ん、や……は……き……」
途切れ途切れの、ぼそぼそとした口調である。
これを聞いたサリアは――
「えっ、婚約破棄!?」
こう叫んだ。
“婚約破棄”というワードに、皆がざわつく。
「アレン様は私との婚約を破棄するつもりですか! そうなんですね!?」
サリアは興奮気味にまくし立てる。
「大勢の前で私に盛大な恥をかかせるために、今この場で婚約破棄をしようというんですね!? なんて冷酷な仕打ち……あんまりです!」
一方のアレンは首を横に振る。
「いや、違う」
「違うんですか! じゃあ、なんとおっしゃったんです!?」
「分かった。もう一度言おう」
アレンは再びサリアと向き合い、唇を開く。
「こ、ん……や……は……き……」
「やっぱり婚約破棄なのですね!」
サリアが口を挟む。
「真実の愛を見つけただとか寝言をほざきつつ、私との婚約を破棄するつもりなんでしょう! まったくとんでもないお人ですね! 全て分かり切ってるんですから!」
「いや、違う」
アレンは再び否定する。
「でしたら、もう一度お願いします!」
「分かった……」
アレンは三度目のチャレンジに移る。
「こ……ん……や、は……き……」
「絶対婚約破棄じゃないですか!」
今度こそ間違いないと、サリアがアレンに人差し指を突きつける。
「おそらくアレン様の心は、すでに私以外の方にあるはず! そして、そのことを堂々と宣言するために、このような夜会を開いたんです! あなたのやることなんか全部お見通しなんですから! ええ、お見通しですとも!」
サリアは周囲を見回す。
すると、近くにセミロングほどの赤髪を持つ令嬢が立っていた。
「あなたね!」
サリアは怒りの形相で赤髪の令嬢に近づく。
「あなたとは初対面だけど、あなたが私からアレン様を奪ったのね! そうに違いないわ!」
今度はアレンに向き直る。
「そして、アレン様は今から私にこう言うに決まってるわ! 『この赤い髪が美しいエリザベス・イングラムと結婚するから、君とは別れたいんだ』……ってね!」
怒りと悔しさで興奮気味のサリアに、アレンは告げる。
「いや、違う」
「そんな!」
さらに赤髪の令嬢も口を出す。
「ちなみに私の名前はエリザベス・イングラムではなく、ルーミエ・クラスです」
「名前も全然違ったのね! ごめんなさい!」
ただの夜会の一参加者だったルーミエに謝罪しつつ、サリアは改めて問い詰める。
「アレン様、そろそろはっきりさせましょう。あなたはなんとおっしゃりたいのですか!」
アレンは答える。
「こ……ん、や……は……き……」
またも同じようなたどたどしい口調なので、ついにサリアの堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にして下さい!」
「……!」
「なんなんですか、そのギター習いたての少年のギター演奏みたいな喋り方は! もっとはっきり喋って下さい! でないとこちらから婚約破棄しちゃいますよ!?」
掟破りの婚約破棄返しを決めようとするサリアに、アレンも動揺する。
「わ、分かった……今度こそはっきり告げよう」
アレンは覚悟を決めたのか、今までになく凛々しい顔つきになる。
これを見てサリアはもちろん、会場中の人間がアレンの言葉に聞き入るような状態になる。
物音一つ立たぬ中、アレンはくっきりとした口調で堂々と告げる。
「今夜は君とベッドの上で朝までちちくり合いたい!!!」
これにサリアも力強く答える。
「はい、お供します!!!」
おわり
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