桜の隙間
へぇ、あっしの様に、長いこと屋台出してる奴も少ないでしょうや。えぇ、えぇ。縁日だとかの日にね、こうやって座って売っとるんですわ。
もう何十年になるか、覚えとらんですね。えぇ。
桜が咲く時期なんかも、もちろん出すとも。そりゃあ、儲けどきを逃すわけにはいかんからね。
まぁ、あっしからすりゃ、あんなものの何が面白くて見て回るのか、分かったもんじゃない。
不気味なもんだよ、桜ってのは。特に、散り際なんてなぁ、たまったもんじゃない。
えぇ。綺麗じゃないかって?あんさん、分かってないね。
桜が散る時ほど、嫌なものはないよ。
あれは、丁度3日前のことさ。
桜の花びらで目の前が見えづらくなるくらいの時だった。そんな時には決まって、嫌なものを見るのさ。それも真っ昼間に。
ぼろぼろ花びらが落ちている中、客引きの為に声出しながら、ぼぉっと前の方を見てたんだ。
そしたら、ずうっと前の方にね、女が立ってるのさ。
綺麗な模様の着物着てね、後ろ向いてるんよ。あぁきっと別嬪さんだ。なんて思いながらね、見てたんでさ。
そんな時に限って、辺りに人っ子一人いなくなってね。あぁ客がいねぇな、なんて頭の片隅で考えてるとね、女が振り向こうとしたんだ。
その様がぎこちなくてね。かくっ、かくっ、と頭が横向いていくんでさ。でね、真横向いた時にね、顔ちょっと見ちまったのさ。
花びらの隙間からね、見えたのがね、花なのさ。
女の顔が、桜の花で埋め尽くされてるんだ。目や口が見当たらなくてね、花まみれなのさ。
こりゃいかん、見ちゃいけない。
そう思って、あっしは顔を伏せたんでさ。こういうこと、何回も経験あるんでね。関わっちゃいけないもんなのかも、何となく分かる様になってね。
それで、誰か来い、誰か来いって念じてね。
気が付けば、周りは人だかりが戻ってね。おいおやじ、これくれなんて呼ばれて顔上げりゃ、そこにはお客と、花吹雪だけさ。
ねぇ?碌なもんじゃないだろう?
だから、こう、視界が隠れるくらい、花散ってる時ってのは気が気じゃないんでさ。
まぁ、もう散っちゃちゃんで、大丈夫だと思うんだけどねぇ。
えぇ?お礼?こんな与太話を聞かせちまったのにかい。
ほぉ、こういう話を集めてる。それがご職業で。世の中、いろいろな仕事があるんだなぁ。
礼なんて、いらねぇよ。
どうしてもってんなら、なんか買ってってくれねぇかい?
それで、充分さね。