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【4話】本物の感情

「この先に第一の国があるのか」


 俺は始まりの街から転移した大きい扉の前に立っている。どんな景色が待っているんだろう。(がら)にもなくワクワクしながら、扉を両手で開く。


「これは……想像以上だな」


 扉を開けると目の前に飛び込んできたのは、とんがり帽子の赤い屋根と白い壁で統一された街並み、所々に点在している大きな塔には風車が回っている。

 そして街を二分するかのように流れる大きな水路は、()の光を受けてキラキラと輝いている。ゲームではお馴染(なじ)み中世ヨーロッパ風の街並みだが、顔に触れる風、鼻孔(びこう)をくすぐる太陽の匂いは現実と錯覚するほどにリアルだった。


「この感覚は久しぶりだ」


 初めてフルダイブゲームを遊んだ時も今と同じ感覚を味わった。今までのゲームとは比べ物にならない圧倒的なクオリティ。細かい違いを説明することは出来ないが、俺の五感が告げている。もうこれまで遊んだゲームには戻れないかもしれない。だんだんと肥えていく自分の感覚に喜びと少しの不安を感じた。



「ローデンブルグへようこそ!冒険者の方ですか?」


 国に入るとすぐに上品そうな女性に声をかけられた。


「あ、はい、そうです」


「この国は初めてですよね。武器屋、防具屋、レストラン、宿。何でも揃ってますから是非ゆっくりしていってくださいね。」


「ありがとうございます」


 女性は会話が終わるとまたどこかへ歩いて行った。やけに親切な人だったなと思いながら、俺は少しの違和感を覚えていた。女性の仕草や表情、立ち居振る舞いがあまりに自然だったのだ。まあそこまで長く話したわけでもないし気のせいか。そう軽く考え、当面の宿を確保するために街を徘徊(はいかい)することにした。


 宿を初めに取ることを決めたのには理由がある。

 それは、フルダイブゲームのログアウト方法の一つがゲーム内で寝ることだからだ。もちろんメニュー画面からでも可能ではある。だが、ゲームを続きから始めるときにベッドから起きて続きをプレイする。これは俺の小さいこだわりの一つだった。


 宿屋へ辿り着くまでの間に、武器屋や防具屋など様々なお店を発見した。途中で気づいたことだが、メニュー画面に【マップ】が追加されている。簡単な施設名などは【マップ】上に表示されているため、道に迷うことは無さそうだ。


 宿屋にたどり着いた俺はカウンターに座っている店主風の男に話しかける。


「宿を取りたいんですが……」


 俺の身なりをチラッと確認すると一つため息をつき、気怠(けだる)そうに答える。


「一泊500G(ゴールド)ですが、何泊されますか?」


 そこで初めて気づいた。お金を一銭(いっせん)も持っていないことに。


(なんで今気付くんだ!俺のバカ!)


  心の中で自分に悪態(あくたい)をつきながら、申し訳なさそうな顔を作り店主に答える。


「すいません、少しやり残したことを思い出したのでまた後で(うかが)います。」


「チッ」


 軽く舌打ちをした店主はそれ以上何も言わず、店の奥に引っ込んでいった。


(態度の悪い店主だなぁ。マップには他の宿屋もいくつかあったし、お金を貯めたら違う宿に行こう)


 そう決めると足早に宿を後にした。


 G(ゴールド)の稼ぎ方はメニューに書いてあった。基本的には、【ダンジョンに潜ってモンスターを倒す】【NPCからの依頼を達成する】この二つだ。


 少し考えた後、NPCからのクエストを受注することに決めた。理由は単純。ダンジョンに関するクエストだった場合、ダンジョン攻略と同時にクエストを進めることが出来るからだ。


「でもどうやってNPCからクエストを受注できるんだろう? とりあえず話しかけまくれば良いのか?」


 それっぽい人を探しながら、まだ訪れていない場所を中心に歩くことを決めた。


 少し歩いているとすぐそこの民家と民家の間、入り組んだ路地の中から女の子の叫び声が聞こえてきた。クエストの予感を感じながら走って叫び声の元へ向かう。


「お嬢ちゃん、人様にぶつかったらまずは『ごめんなさい』だろ?」


 顔に傷のある強面(こわもて)の男が、少し年下くらいの上品そうな女の子の手を抑えながら詰め寄っている。


「あなたからわざとぶつかって来たんじゃない! 私が謝る必要はないわ」


 嘘でもいいからすぐに謝っておけば良いのに。そう思ったが、曲がったことは許せない正義感の強い女の子なんだろう。強気な言葉とは裏腹に、金髪碧眼(きんぱつへきがん)端正(たんせい)な顔立ちには(わず)かな(おび)えが浮かんでいる。


 (もう少し様子を見るか)


 まだ余裕はありそうだし、このゲームのイベントがどんな仕様になっているのかも確認したいという思いからの行動だった。

 次の瞬間、女の子の胴回(どうまわ)りぐらいの太さはありそうな男の腕が、女の子のお腹に突き刺さった。気を失った女の子を抱え、男はどこかへ走り去った。


「どういうことだ? 俺はまだ何もしていないのにイベントが進んだのか? それとも俺が放置していることによる派生(はせい)イベントなのか?」


 今までのゲームでは少なくとも、俺が何もしていない間は状況は変わらなかったし、今回もそうなると思っていた。少し困惑したが、とりあえず見失う前に男を追いかけることにした。


 男は、人通りのない道に面したさびれた建物の中に入っていった。あそこがあいつのアジトなんだろう。バレない様に少し時間を置いてから同じ建物に入り、扉の隙間から二人の様子を見守る。


 男は女の子を少し汚れた布団の上に寝かせると、口にガムテープを張り付け、手を縛った。縛り終えると女の子の頬をペチペチと叩き、女の子を目覚めさせる。


「お嬢ちゃあん、これは調子に乗った(ばつ)だ。弱いやつは強いやつに()びへつらいながら生きていく。それがこの世界のルールなんだよ」


 ニヤニヤしながら女の子の服を脱がしていく。女の子はガムテープにふさがれた口で必死に叫ぼうとしているが、声は出ない。


 スカート、上着、靴を脱がし終え、女の子の陶器のような真っ白い肌が(あらわ)になる。下着だけになった女の子を前に、興奮を隠しきれない男は自分の服を脱ぎ始めた。その間女の子は声にならない声を泣き叫び続けていた。 


 そして自分の服を脱ぎ終えた男は、遂に女の子の下着を脱がそうと胸に手をかける。あがいても無駄だと悟ったのか、全てを諦めたかのように女の子は顔を横に向けた。


 その瞬間、目が合った。


 俺はこの状況に対してあまり感情が動いてはいなかった。今までのゲームでもそうだ。NPCはNPC。実際に感情を持っているわけでも、生きているわけでもない。高度な人間のフリをしていても、違和感を(ぬぐ)うことは出来なかった。それは俺の理想を叶えることが出来ない理由でもあった。


 実際、こんな状況だというのに俺は女の子を助けることもしていない。このまま放置すれば、少しエッチな展開が見れるんじゃないかという最低な期待すらしていた。


 だが、女の子と目が合った瞬間、今までの違和感が確信に変わった。絶望に染まった瞳の中に一筋の希望の光が差し込み、涙がさらに(あふ)れていく。


()()()()()()()()。今までのNPCとは違う、この子は生きている。俺と同じ人間だ)


 そして暴れ続けていたのが(むく)われたのか、女の子の口を縛るガムテープが()がれ落ちた。


「たすけて」


 そのか細い声を聴いた瞬間、俺は反射的に扉から飛び出した。

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