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すってん小町  作者: 奈良松 陽二
5/5

かたや、タイムホールに落ちたもう一人、太郎は一体、どこへ飛んでしまったのか?

「太郎の章」


 

 一


 あの光の球に引きずり込まれた後、太郎が再び意識を取り戻すと、そこは、見覚えのない部屋だった。


 無駄なものが一切ないオフィスのようで、本当に殺風景と言える程、何もない。

 部屋は、だいたい三〇帖ほどあろうか。

 床も壁も真っ白で、至る所に間接照明があり、未来的なオフィスデザインである。

 中央のデスクも部屋のデザインとして一体的に作られている。

 しかし、卓上にも書類と呼べるものもパソコン等も筆記具も無い。

 テーブルに手を置くと、それに反応したのか、いきなり眼前の空中に大きなディスプレイが現れた。

 なるほど、すべてデスク上で処理できるようになっているのかと、感心したが、一体、建築中の地下からどうやってこの部屋に来たのかがわからない。


 この部屋が、一体どこにあり、誰の部屋なのか。

 デスクと一体化した端末であれば、とにかく、これを見て少しでもヒントが欲しいと思うのは当然の事。

 デスクの正面に回り込んで、操作しようとしたら、足元に何かが転がっていたのか、躓いてしまった。

 ふと、その何かを見ると、人が倒れていた。


「ふわーっ! 」


 倒れていたのは、かなり老齢の男性だった。

 身なりも小綺麗でそれなりの地位にある人物だろう。

 問題なのは、この人物が、この部屋の主であった場合だ。

 そして、一番の問題は、この人物がただだらしなくて、こんな冷たく固い床に寝ているだけなのかどうかだが、当然、そんなことは期待できない。それよりも、まず息をしているかどうかだ。

 極めて心細いが、幸い息はしている。

 心臓も動いているし、脈もあった。

 まずは一安心だが、気になるのが、目が開いたままで、瞳孔も開いていたことだ。

 そして、何よりも、この老人の顔が、あの茨木堂次郎に極めて似ていることだった。  


 そこに何とも折悪く、来客を知らせる音と共に、デスク上のモニターにその来客が映し出された。


「・・・茨木先生。いらっしゃいますか? 東京地検特捜部のたかむらと申します。裁判所より家宅捜索の令状が出ております。これより、令状に基づき立入らせて頂きますので、ご協力願えますか。すぐに開けて頂けない場合、強制的に入らせて頂きます」


(なっ・・・何ぃーっ? )


 不味い。この状況で入って来られるのは、非常に不味い、そう思い、慌てた所でとにかく何もない殺風景な部屋で隠れるところと言えば、皮肉にもさっきまでこの老人が隠れていた(倒れていた)デスクしかない。

 そんなもん、踏み込まれたら一発でバレる。

 いや、そう言えば、そもそも家宅捜索と言っていたから、隠れた所で見つかることは必至だ。

 ここは正直に出て、状況を正直に言ってしまった方がいいのでは。


 などと考えてるうちに、開錠される音がして、ドアが開いた。

 開ければもうこの部屋だ。誤魔化してる時間も無い。

 

 ほんの少ない時間で、できたことは倒れた老人を看護しているような姿勢が取れたぐらいだった。

 一斉に入って来た東京地検特捜部の捜査員たちは、何もない部屋に似つかわしくない若者と、その手に抱えられた、おそらく捜査対象であろう老人の姿を目の前にして、一瞬、固まったように見えた。


「なんだ? 君は? 」


 地検特捜部の首席検事正であり、捜査員を束ねる責任者として踏み込んだ篁の第一声は、想定外の人物が目の前にいる事だった。

「茨木先生っ」

 横たわる老人は、やはり茨木だった。ただ、老人過ぎる、あの茨木の父親なのか。

 捜査員は、太郎を引き離して、老人に何か小さい機器を当てると、機器から光が出て、それを小さいモニターで確認している。

 そして、捜査員は、篁を見て、首を振った。

(え? 首を振った? どういう意味? 息しとるよ。心臓も脈も動いとるよ。何、ダメです、みたいな感じの首振り? )


「遅かったか・・・」

 篁はそう言って、太郎を見ると、変な機器を持った捜査員に目で指示した。

 複数の捜査員に羽交い絞めにされ、太郎が身動きが取れない中、今度は、太郎に機器が当てられる。

「篁さん・・・。反応があります。こいつ、茨木にマーキングされてます」

(マーキング? 何を言うとんねん? )


「・・・連行しろ。事情を聴く」


 太郎は、そのまま部屋の外に出された。

 部屋は10階建のテナントビルの最上階にあり、いわゆるパニックルームとして作られたものなのだろう。もっと、簡潔に言えば隠し部屋だ。テナントは普通の事務所となっていた。いくつかのブースとデスクが並んでいた。特捜部の捜査員たちは次々と段ボールに書類や端末を詰めている。

 エレベーターを降り、建物の外に出ると乗りつけてあった車に押し込められた。

 建物の外に出たときに、少しばかりの違和感を覚えたが、車が出され、後部座席で捜査官に挟まれながら、車窓から見える街の景色は、太郎にとって衝撃だった。


 彼は京都にいるはずだった。

 京都の町並みは、だいたいどこも知っている。

 しかし、走る車から見えて来る町並みは、全く見覚えが無い。

 それどころか、ここが京都どころか日本であるのも疑わしい光景だった。

 至る所で、煙が上がり、道路の端では所狭しと廃車レベルのボロボロの車が乗り棄てられ、外国人らしき人間が、ボロボロの服を着こんでうろうろしていて、至る所で焚火をして、そこに集まっている。


「あの・・・」

 状況がとにかく飲み込めない。

 だいたい京都なのに、東京地検特捜部の連中がいるというのもおかしい話だ。

 聞きたい事、確認したいことが山程ある。

 冷静に考えて、こうして連行されていると言う事は、彼らも太郎に聞きたいことがあるのだろうが、何も知らないから何を質問されても質問で返すことしかできない。

 相手にそれを理解させる為にも、自分からできるだけ発信した方が良さそうだと太郎は思ったのだ。

 再び、遠慮がちに声を出した。

「・・・あのぉ・・・」

 助手席に座っていた篁が、

「喋るな。まだ、ダメだ。一切、喋るな」

と言った。

(はぁ? )

 喋るな、とはどういうことだ。

 確かに、車の中に入るなり、誰一人喋っていなかった。

(なんや? いったい? )

 車は、スラムのような所を抜けると、整備された開けた綺麗な道路になり、そこで検問、いや、ゲートのようなところで止まり、そこで警官とやり取りをしてから、やっと通された。

 広い道路を行くと、正面に見覚えのある建物が見えて来た。

 国会議事堂だ。

(ここ、東京か? )

 うっかり声に出しそうになった。

 車は、国会に向かわず、検察庁へ。

 そこで車から出されても、まだ誰一人口を開かない。

 庁舎内に入り、地下に下りて、一室に入ると、篁は太郎に向けて人差し指を口元に付けて「まだしゃべるな」とジェスチャーする。


 部屋のドアに施錠し、ドア横にある端末を捜査員の一人が操作すると、ようやく、全員が、

「はぁ~・・・」

と深く息をついた。

「よし、喋っていいぞ」

 篁がそう言ったので、太郎はたまっていた疑問の全てを吐き出さんばかりに口を開こうとしたら、

「いや、待て。まずこちらから聞きたい事を先に質問させろ」

 開きかけた口がパクパクしてしまった。


「すまんな。そっちの質問はかなり時間が掛かりそうなんでな。手短にこっちの用件だけ済ませたい」

 篁の言った言葉を聞くと、察しの良い太郎は、ある程度理解できた。

 少なくとも、あの老人に危害を加えた疑いは持たれていない。

 それに、自分が全く意図とせず、あの場所にいた事も何となく理解してもらっているようだ。

 それだけでも、面倒なやり取りをしなくて済むと思って、ほっとした。

 篁に促され、この地下の一室の奥に通された。

 意外と奥は広い。

 ドラマとかで見る様な捜査本部のような広い会議室で、その奥まで行って、取調室のような一室に通された。

 あんなこと言って、実際はこってり取り調べを受けることになるのかと思った。

 篁は太郎を奥の席に座るよう促し、デスク越しの椅子に座った。

「さて、こちら側からの質問は、まず一つだ」

(一つ? まず一つ? )

「あの、ありきたりですけど名前とか言わなくてもいいんですか? 」

 太郎がそう言うと、篁はキョトンとした顔をした後、ふっと笑い。

「いや、それは必要ない。その質問だけでも、こちらとして大方の疑問は解決したよ」

「あ、そうなんですか」

「さて、じゃあ聞こう。君は茨木堂次郎という人物を知っているね? 」

 太郎が、口を開こうとすると、また篁は制して、

「まずは、イエスかノーだけでいい」

 また口をパクパクさせてから、太郎は一旦、落ち着いてゆっくりと、

「はい」

と答えた。

「うん。さすが、君は頭が良いね。飲み込みが早いから助かるよ。じゃあ、次だ」

 篁は、次にデスクをトントンと指で叩くと、いきなりデスク上にモニターが現れて、そこに数枚の顔写真が出て来る。

 どれも同じ人物だが、年齢が違っている。

 その人物が茨木堂次郎なのは言うまでもない。

「この中で、君の知っている茨木はどれだ? 」

 そう聞かれて、太郎は良く知っている茨木の顔写真を指さした。

「・・・なるほど、よろしい。・・・では、ここからが本題だ」

 篁は、立ち会っている捜査員に目配せすると、その捜査員が部屋から出て行った。

 篁は続けた。

「君は、始め、どこに居た? 具体的な場所を言ってくれ」

「え? 」

 太郎は、質問の意図を理解できなかった。

 自分の居た場所は、こっちが逆に聞きたいくらいなのに、それについて聞かれても答えようがない。しかも具体的にと聞かれた。

 ただ、「始め」と付けられた。

 つまり、篁たちと会った場所ではなく、自分が居たと認識していた場所について聞かれていると太郎は解釈した。

「京都市中京区にある建設途中のショッピングモールの地下に」

と答えた。

 篁は、それを聞いて、

「本当に、賢いな。君は」

 と感心して見せた。

「では、少しおかしな質問をしよう。今は、何年何月何日で、時間は何時ごろかな? 」

「は? 」

 ここに来て、一体何の質問をしてくるのかと少し眉をひそめた。

 篁は、ずっとその太郎の表情を見ている。

 ふざけた質問のようで、それなりに意味のある質問をしている。

(俺の表情や目の動きまで、読み取ろうとしているみたいだ)

「令和五年一二月二四日、時間は多分夜の十一時頃かと思います」

 素直にあのショッピングセンターの地下に居た時間を言った。

「おかしいな。・・・君もここに来るまでに外を通って来ただろう。日が高い。夜の十一時ではなくて、昼の十一時じゃないのか? 」

 篁は冷静に返して来た。

 それは確かにそうだった。

 夜の十一時に居たはずの場所から、見ず知らずの場所の昼に気が付いたら居たのだ。

 これを説明しても理解してもらえるわけがない。

 と思っていたが、意外にも篁は、

「夜の十一時ごろで間違いないんだね? 」

と改めて確認して来た。質問して来たのに、それを答える前に、勝手に受け入れてくれたのだ。

(なんなんや? これは? )

 太郎もさすがに怪訝そうな顔になる。

「すまんな。これも必要な質問なんだ。気分を悪くさせたのなら謝る。さて、では次に、君はそんな時間に、そんな所で何をしていた? 」

 ついにこの質問が来てしまった。

 一番聞かれるとまずい質問だ。

 工事中で、立入ってはいけない場所に無断で侵入したことを咎められても言い訳出来ない。

 しかも相手は、司法の最高機関だ。

「そうだな。君の行動については、この際不問とすることを前提として質問していることは言っておこう」

(は? 今なんて言った? )

 不問にする、そう言ったように聞こえた。

 つまり、罪に問わない、と言う事か。

「本当に? 罪に問わないってことでいいんですか? 」

「ああ。正確には、罪に問えないんだがな。だから、遠慮はいらない、あったことをありのまま話せ。言っていることを君なら理解してもらえると思う」

 遠慮なくあったことをありのまま話せ。

 つまり、説明のつかないありえない事象も包み隠さず話しても信じてもらえると言う事か。

「わかりました。じゃあ、ありのまま話します」

 太郎は、篁の求める通りに全てありのまま話した。

 話の最中、篁は逐一うんうんと頷きつつ、黙って聞いていた。


 一通り、話を聞いた後、篁は、

「もう一度、確認するが、君の居たその地下には、大量の金塊と壁一面に金が塗られて、それをモルタルで覆い尽くしていたということだな? 」

「はい」

「で、そこに居たのは、その小町という女性と、茨木堂次郎が二人、それと全身黒いプロテクターを装着した不死身の男で間違いないね? 」

「はい、でも」

「二人の茨木のうち一人が、もう一人に姿諸共消されたと言うことだな? 」

「・・・はい」

 捜査員が、改めて深く頷いて、

「主席検事正、証言と一致します」

「・・・そうだな」

という会話が為された。

(証言と一致? )

 太郎は、この信じられない体験を、一度だけ聞いて納得する理由は、その証言と言うのがあるからか、と解釈した。

 しかし、おかしな話だ。あの中に居た人間しか語れない状況で、自分以外で証言できるのは、小町くらいしかいない。

 茨木自身が証言するはずがないからだ。


 ということは、彼の気がかりは、自分があの光る球に吸い込まれてから以降のことだ。

 残ったのは、茨木と小町と黒い男のはずだ。

 小町の身に何かが起こっても不思議はない。

(くそっ! 余裕が無かったとはいえ、今になって)

 太郎は、小町に対して今まで気が付かなかった自分に激怒した。

 それは表情にも表れた。

「小町はっ? 小町もここに来ているんですかっ? 」

 太郎が椅子を蹴って、身を乗り出したので、捜査員は太郎を抑え、椅子に座らせた。

「落ち着け。彼女はここに来ていない。だが、安心しろ。今の段階では恐らく彼女は無事に保護されている」

「今の段階では? 小町はどこに居るんです? 知ってるんですよね? そもそも、ここはどこなんですかっ? あの茨木は一体なんですか? 奴は何をしようとしてるんですかっ? 」

 小町の事が発端で、今まで抑えていた疑問があふれ出てしまった。

「わかった。聞きたいことも山ほどあるだろうが、済まんな」

「はい? 」

 篁がそう言うと、突然、捜査員が太郎を総出で取り押さえ、目や耳を何かで塞がれ、手も拘束されてしまう。

「な・・・何をっ? 」

 篁は、耳をふさがれた太郎の為に、小型のマイクを出して、話し出した。

「決まりでな。ここでの情報は教えちゃいけないことになってる」

「は・・・はぁっ! ふざけるなっ! こっちは全部質問に答えただろうっ! 」

「言っただろ。決まりなんだ。法で定められたな。証言は感謝するよ。とりあえず、済まんが処分が決まるまで、君は拘束させてもらう。外部の接触も、必要以上に人間との接触も極力避けてもらう」

「く・・・くっそっ! 」

「証言のお礼に、賢い君にギリギリセーフのヒントだけあげよう」

「はっ? ヒントッ? 」

 篁の言った事で、捜査員が少し口を挟んだ。

「篁さん・・・」

「いい。構わん」

 この会話も、マイクを通じて太郎も聞いていた。

 どうやら、ヒントすら憚るくらいなのだろう。

「君は、本来、来てはいけない人間なんだ。ここはな、君の時代から50年後の未来の日本だ。君に対する処分は、元の時代に送り返すことだ。だから、それまでは大人しくこちらの言う事を聞いてくれ」

(は? 50年後? )

 そう言われて、太郎は、そのまま隔離された。





 太郎は、地下にある拘置所に隔離された。

 検察庁の地下に拘留施設があるとは知らなかったが、小野の言う通り、ほとんど人との接触が無い。

 監視役もいないし、食事も全て自動化されている。

 太郎は、その間、ずっと考えていた。

 

 50年後の未来に来たと言う事からすれば、あの老人の茨木も説明が付く、それよりも驚きなのが50年後の日本が、あのようにスラム化され、街には外国人が溢れかえっていたことだ。

 よくよく思い返してみると、純粋な日本人は検察庁の捜査員と検問ゲートにいた警官くらいなもので、町中では日本人らしい人の姿は全く見なかった。

 普通に暮らす日本人はどこに居るのか。

 あのビルから検察庁に至る道だけしか見ていないから、たまたまだったのかもしれないが、それにしても、衝撃的な光景だ。

 

 自分がなぜ今、隔離されているのか、という理由も何となく理解できた。

 未来の人間と接触し、また未来に起こる事象を知ることで、過去に戻った後、本来、起こす行動が変わったりすることで未来に大きく影響を及ぼす恐れがある事だ。

 だから、過去に戻されるまで、できる限り情報をシャットアウトして、未来の情報を過去に持ち込まないようにしている、という事だろう。


 理屈はわかる。

 しかし、情報がかなり中途半端、いや、触りだけさらっと見せられると、知りたくなるのが普通だ。

 さらに、茨木に関わる不思議な体験をさせられ、未来にまで飛ばされるような事になっているのに、そこに一切触れずに過去に戻されても、正直気になって仕方がない。

 五十年も先の未来だけに、記憶も消されて戻されることもあるだろうが、何よりも気がかりなのが、小町の事だ。

 今の所は安全だと言う事は、後で危険な目に遭うことも考えられる。

 それを一切気にせずに過去に戻されるなんてことはできるわけがない。


 なんとか再び篁たちとコンタクトが取りたい。未来の日本の状態も気にはなるが、それは知らなくてもいいから、せめて、自分たちが一体、何に巻き込まれているのかという事だけでも教えて欲しい。

 人とのコミュニケーションが一切遮断されている状況だと、とにかく時間の経過が遅く感じるし、気が狂いそうだった。

 一体、いつまでこうしておかなければならないのだろうか。


「聞こえるか? 」

 ふと声がした。

 耳からではないような気がしたが、久しぶりに聞く他人の声だ。

 太郎はもたげていた頭を上げて、キョロキョロしだしたが、その声の主はすかさず、

「むやみに動くな。きょろきょろするな。できる限り普通にしていろ。いいな、会話してることをモニター越しに悟られないように、受け答えするんだ」

と言って来た。

(なんだ? この声、どっから聞こえてるんだ? )

「そうか。君はまだこの通信方法が分からないんだったな。だいぶ、気持ち悪いかもしれないが、これは一種のテレパシーみたいなものだ。当然、科学的にも技術的にもきちんと確立した通信方法であって、超能力のような類いのものじゃない」

(マジかっ? )

「マジだ。だから、会話に集中してくれ。いらん思念が入ると、通信が途絶える可能性もある。まずは、ややこしい通信手段でしか君とのコンタクトが取れないことを理解して欲しい。聞かれたくない連中がいる」

 声の主は、どうやら篁のようだった。

 篁は続けた。

「君には、これから我々の捜査に協力してもらいたい。ついては、今からそれに必要な情報を伝える。これは、今の法律的には当然、違法に当たる超法規的措置だと理解して欲しい」

(超法規的? いやいや、ちょっと待ってくれ。はっきり言って何を言っているのか、さっぱりわからないんだって)

「だから、今から順を追って説明する。だが、とにかく、顔に出さず、極力反応もしないで欲しい」

(わかった・・・)


 ここまで慎重に前置きをしてくる以上、相当な話なのだろうと、太郎も察した。


 その後、篁は説明を始めた。


 現在、2075年で元号は存在しない。

 一度の戦争を経たが、問題はそれで国の主権を失った事だった。

 国としての政治体制は維持しつつも、上位機関が新たに就いた。

 その上位機関によって全て管理され、政府や関係機関も全て監視対象となった。

 司法も当然、その対象下にある。

 つまり、太郎の存在もまた、その機関によって監視されている。

 検察の最高捜査機関である特捜部においても例外ではないが、政権や機関内部の人間も捜査対象となり得る以上、秘匿性も確保されなければならない。

 よって、捜査本部内の一部のみ監視から外されている。

 あの地下の捜査本部で、ようやく話し出したのはそういう事情によるものだった。逆に言えば、そこ以外は全て当局に監視されているということだ。


 ここまで説明されると、必然的におおよその話が見えて来る。

 この時代における茨木堂次郎という男の立ち位置だ。

 どうやら、茨木はその監視している国の上位機関にとってかなりの重要人物に当るようだ。

 だからこそ、彼の捜査には上位機関から様々な干渉が予想されるため、慎重の上に慎重に進めているのだろう。

 

 篁は、茨木の捜査もいよいよ佳境となっており、ほぼ証拠も整いつつあると言う。

 しかし、最も肝心な確実な証拠が出て来ない。

 その確実な証拠と言うのが、太郎と小町の見た金色に輝く物質の事だった。その物質は、太郎が思った「金」ではないらしい。

 純度の高い希少な鉱物、つまりレアメタルだと言う。

 それを一体、どこで採掘したのかは不明だが、彼はそれを元手に巨万の富を得て、影響力を持ち、この時代において絶大な権力を持つ政商、そして、フィクサーとして君臨している。

 太郎が飛ばされたタイムマシンの開発にも多く出資し、他にも生体兵器の開発にも手を出している。

 ここまで力を持つに至ったのは、上位機関として存在する当局との関係も大きい。

 レアメタルを利用して、彼らとのパイプを太くした上で、彼らを日本に引き込んだ張本人と言える。

 それにより、ある意味特権を得て、国内で好き放題やった結果と言うべきか、日本人は苦難の道を辿った。

 次々と国内に流入する上位機関の国民たちにあらゆる富も地位も奪われ、ただ搾取され続け、日本民族は減少を続ける。さらに、他国から安価な労働力として大量の移民が流入し、さらに日本人の職は奪われ、行き場を失い、多くは海外に流出。

 かつての日本の姿は完全に失われ、一部の地域以外は、不法入国者や外国人労働者の溢れかえったスラム街となり、無法地帯と化している。それは地方においても同じで、東京よりもさらに酷い有様だと言う。

(なんちゅうディストピアや。あの茨木が、その全ての元凶と言うことかいな)


 篁は、言った。

「今更、奴の悪事を暴き、法に従い処罰したところで、この状況は変わらない。完全に手遅れだろう。ただ、このままにもしておけない。とにかく、奴を排除して、影響力を立ち、再び日本の主権を取り戻すきっかけを作らねばならないんだ」


 話の背景は何となく理解できたものの太郎は、矛盾する点に気が付いた。

(ちょー待ってくれ。少しおかしい所があるんやけど、茨木は過去にレアメタルを自分の造ったショッピングモールの地下に隠して、それを後で利用してのし上がったと言うとるんやったら、証拠はその時点で揃っとると言う事やないか? ) 

「いや、現在では、それはもう存在していない」

(・・・ややこし過ぎて、よくわからん。要するに、タイムマシンを使って過去に影響させて現在の地位を得たと言うことになるやろ。それは、タイムパラドックスにならんのか? )

「その質問については、現実的にパラドックスは起こっていないことから考えると有りなんだろう。この時間の流れにおいての必然とされている」

(そんな無茶な)

「つまり、どうあがいてもこの結果に変わりはない。タイムマシンの開発に携わった高名な物理学者によると、時間の流れは一方通行で、その流れを変えることはできない。たとえ、過去を変えようと試みても、必ず同じ結果にしかならないという」

(いやいや、多元的宇宙論とかあるんと違うん)

「そいつに言わせると、そんなものは無いそうだ。そうでなければ、理論上、タイムマシンは存在し得ないからだとさ」

(・・・確かにそらそうだ。タイムマシンが出来たのなら、その学説が正しいことになるな)

 太郎は、即座に理解した。

(つまり、俺がこうしてここに飛ばされたことも、全て必然の出来事って事か? )

「これから、我々がすることも全部そうなる。うまくできているよ。タイムマシンと言っても、これも正直中途半端なもんだ」

(中途半端? )

「過去に行けても、未来には行けない」

(は? いやだって・・・)

 太郎の言葉の先は、聞かなくてもわかる。

 太郎は、未来に来ているではないか。

「起点となる時間から先の未来には行けないということだ。君は茨木の来た時間を起点に戻って来ただけだから、実質、未来に戻ったに過ぎない。それは、茨木が君に付けたコードが証拠だ」

(コード? )

 そう言えば、飛ぶ前、茨木ともみ合った中で、何かかざされたような記憶がある。その時に付けられたものなのか。

「生体情報などの個人データを記録したコードだ。これを読み取ることで、タイムマシンの利用ができる。君に付けられたコードは、君が茨木本人であるように記録されている」

(それで俺がここに来れたっちゅうことか。図らずも俺は行けない未来を見ることができたということか)

「そうなるな。そして、条件を満たしているからだろう」

(条件? )

「この時代の自分自身と会わないことだ」

(俺がもうここにはおらんということか? )

「・・・そうだ」

(そうなんか。まあ、五〇年後やと俺も70代。死んどってもおかしないしな)

 太郎がそう返すと、篁はしばらく黙ってから、何か詰まって絞り出すように言った。

「・・・いや、君はもっと若くに亡くなっている」

(は? え? )

 いきなり言われたから、驚いた。

(・・・そんなこと、言ってええんか? )

「今回の事は君の死に大きく影響することになる。だから話した」

(俺が、死ぬことに? )

「これから君に担ってもらうことも、もしかしたら歴史の必然となるかもしれない。しかし、君の運命を変えることにもつながるかもしれない。いいか、これは我々のお願いでもあるが、君自身の為でもある事を忘れないで欲しい」

(・・・わかった。で、俺は何をすんねん? )


 篁は、質問には答えず、詳細を伏せたまま、とりあえず、ある人物が、太郎の居る部屋に連れて来られるから、まず、その人物と接触を果たして、情報を聞く事だけ伝えられた。

「ちなみに、その人物も君と同じように過去へ召喚される人物だが、名前と時代を聞いても決して驚くな」

(は? )


 通信はこれで終わった。

 太郎は、自分が将来、この事件、いや、茨木堂次郎に関わることで命を落とすことになる、という事実を聞いただけでも、こんなところでじっとしてられず、居ても立ってもいられなくなった。

 関わったのは自分だけではない。

 小町だって大きく関わっている。

 とすれば、危害は小町にも及ぶ可能性だってある。

 自分自身の運命を変える為でもあるが、小町に迫る危険を避ける為にも、篁の提案にすんなり従う他ない。


 しばらくして、篁の言ったように、太郎の隣の留置室に一人の老人が連れて来られた。老人とはいえ、結構、足腰もしっかりしており、仙人のように真っ白の長髪を後ろで括り、豊かで長い白髭を垂らしている。ただ、その恰好は、田舎の爺さんが初めてのハワイ旅行で少々陽気になり過ぎたような派手なアロハシャツに短パンだ。

 その恰好に違和感があるのは、なにせ季節は冬だからだ。

(なんや? このじじい? )

 その老人の姿に、呆気に取られてしまい。つい、篁の言っていた事を忘れてしまう所だったが、どうやら現代人ではなく過去から来た人間ということらしい。しかも、

「名前と時代を聞いても決して驚くな」

と言っていたということは、その時代において誰もが知っている人物ということなのだろう。

 篁の口ぶりからしても、そこに「顔を見て」という言葉が出て来ないということは、おそらく写真が残されていない時代の人物だろう。

(こんなじじいが・・・)

 太郎も、正直、この老人が歴史的偉人という印象はない。

 いわゆるオーラという物が無い。雰囲気はあるものの、本当に調子こいた田舎のじじいという印象でしかなかった。

 そのじじいが、突然、太郎に話しかけて来た。

「話は聞いとる。そなただな、長保の御代に行くのは? 」

「え? 」

 いきなり話しかけられたから、油断して何を言ったのかはっきり聞いていなかった。

「あ・・・はい」

 一応、受け答えはしたが、「・・・の御代」って言った?

 そこのところを聞いてなかった。

「私の事は聞いているか? 」

「あ、いえ。ただ、色々聞いておけとしか・・・」

「ふん。そうか。・・・どれ、も少し、近くに顔を寄せろ」

 互いの部屋を仕切る柵越しに、太郎はその老人の言われるがまま顔を近づけた。

 老人は、太郎の顔をまじまじと見て、

「うむ、間違いない。篁の言うこともあながち嘘でも無いと言う事か・・・」

 老人は、一人で納得したような顔をしたが、太郎にしてみれば、何のことだかさっぱりわからない。

 そんなことよりも、こんな感じで普通に会話して大丈夫なのか。

 さっきは、篁が至極面倒な方法で通信して来たのに、ここは、それをしなくていいのか?

 そう太郎は思ったのだが、老人は気にすることなく喋り続けている。

「いやいやっ、ちょっと待った。あの・・・、おじいさん、篁さんから何か聞いてませんか? 」

「話聞いとらんのか。聞いておると言っているだろう」

「いや、そうじゃなくて、普通に話すなとか」

「は? ・・・いいや。聞いとらんが」

「・・・あ、そうですか」

(なんなんや? いちいちこの時代のルールがわからん)

「必要ないんじゃろ。そなた、儂の言う事がわかるのだろ? 」

「は? ・・・はい、そりゃもう」

「つまりはそう言う事なんじゃな」

 老人は、また一人で納得してしまった。

「いやいや、一人で納得しないで下さいよ。こっちにも説明してもらわないと」

「ああ・・、そうか。あいつ肝心なことを言うとらんな」

 老人はため息をつくと、太郎に対して説明した。


 太郎につけられたコードというのは、その個人情報や生体情報などの記録以外に、様々なオプションが付いているらしい。

 そのオプションの一つに言語の翻訳機能や先ほどの篁とのやり取りのような脳内への通信機能などがある。

 要するに、体にナノチップを埋め込まれているということらしい。


「今はその翻訳機能がうまく使えているということじゃな」

 老人は得意げに言った。

(お前が作ったわけちゃうやろ)

 老人の顔を見て、ふとそう突っ込みかけたが、

「そうじゃ、わしが作ったものではない。若いのよ、感心して欲しいのはそこではない」

(あ、しまった)

 脳内通信も接続されていた。思考を読まれてしまった。

「・・と、お前は思ったのだろう? 安心せえ、脳内通信は接続しとらんよ。わかりやすい奴め」

「はぁ? じゃ、なんで、わかるんだよ? 」

「わしを誰だと思うておる? 」

「いや、聞いてませんが」

「・・・そうか、そうなんだな」

 老人は、妙に間を取って、勿体ぶる。

(いや、早よ、言えよっ! )

 と、太郎が心の中で突っ込みを入れるギリギリのところで、ようやく口を開いた。

「わしは、天文博士である安倍晴明である」


(は? )


「・・・わしは、天文博士の安倍晴明である」

 二度も言った。


 太郎は、口を開けて固まったままだ。

「・・・わしは天文博士の安倍晴・・・」


「ああっ! もうわかったっ! 三度も言わんでええっ! 」


(マジかっ・・・! )


 とんでもない名前が飛び出て、さすがにキャパオーバーになった。

「そうかぁ・・。そりゃすごいなぁ・・・。そうか、そうか」

 正常化バイアスが太郎に働いてしまい、思考が止まってしまった。

 タイムマシンに乗って、50年後の未来に来てしまい、さらに、その未来社会はディストピア。あげくに目の前にいる浮かれたジジイは、あの有名な平安時代のスーパー陰陽師の安倍晴明と来たもんだ。逆によくここまで頭が付いて来れたものだと感心する。安倍は安倍でも故安倍晋三元総理ならまだ正気で居られただろう。


「・・・仕方のない奴め・・。もう一度、落ち着いて頭を整理しろ、若造」

 自らを安倍晴明と名乗る老人は、そう言って太郎の混乱が収まるのを待った。


 数分、いや数十分経過すると、ようやく太郎も落ち着きだし、整理したようだ。


「要するに茨木も小町も平安時代に飛んで行ったってことか? 」


 そう太郎がつぶやくと、老人はため息をついて、

「やっと整理がついたか・・。そうじゃ」

「で? そもそもなんで、この時代に? 」

「わしがいるか、ということじゃな・・・」


 老人は、説明を始めた。


 安倍晴明と名乗る老人は、平安時代、一条帝の御代において天文博士という一種の名誉職にあり、陰陽寮の役人の地位も息子に譲り隠居生活を送っていた。隠居生活とはいえ、もはや高名な陰陽師である以上、時の権力者たちの個人的相談などで多忙を極めていた。

 異変に気付いたのは、肩書の通り夜の星の動きを観察していた時だ。

 どう考えてもおかしい星の軌道の変化に気付いた。そこで、息子や現役の天文方の陰陽師にも確認させたが、ほんのわずかな星の軌道の変化に気付いたものはいなかった。

(年のせいか・・・)

 もはや齢90過ぎの、当時にしては異常に長寿の人物だ。

 自らの目に疑いを持つのも無理からぬ事だろう。


「いや、ちょっと待ったっ! えっ? 90歳っ? 」


 太郎が、突然、話の腰を折り、突っ込んでしまった。

(安倍晴明って、そんなに長生きしとったんかい)


 実際、生年不詳ではあるものの、この人物がすい星のごとく数々の書物にその名が出てくるようになったのは、40~50代くらいで、それ以前のことは経歴や素性含め全くの謎らしい。

 一応、高名となり没年は多少はっきりしている。

「話の腰を折るな。続けるぞ」


 老人は続けた。


 星の異変については、釈然としないまでも自分の目の老化によるものと納得させたが、次に起きた異変が彼の中で決定的になった。

 相談を受けて占った藤原道隆の死が狂ったことだった。


 彼の占いにおいて、確実に持病の糖尿病が悪化し死亡するという結果が出ていた。これまでに人の死亡時期については一度も外したことが無かったのに、糖尿病どころか、流行り病にかかって死にかけたものの、どういうわけか、ある日を境にピンピンしだした。

(そんなバカな・・・)

 占いを外したこともショックだが、それにしても死期も死因も全て外すなんてことは、いくら年齢とはいえ、自分の中であり得ないことだった。

 これは違う。

 なにかがいる。自分の占いを狂わせた存在がいる。

 星の起動をずらす程の大きな存在、そして、そのズレは修正をするために揺り戻しをするだろう。

 それはまるで揺蕩う川の流れを堰き止めることに他ならない。席を掃えば、元の流れには戻るかもしれない。しかし、戻るまでは大量の水が押し寄せ、全てを押し流してしまうだろう。


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