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すってん小町  作者: 奈良松 陽二
1/5

古都京都を舞台に千年の時をまたにかけた超時空 SFアクションアドベンチャー時代劇

 序


 京都、二条駅周辺は最近の区画整理でめっきり変わり、大規模小売店舗やシネマコンプレックス、おまけに大学まで誘致してきて、にぎやかになって来たものの、そこから少し〝上〟にあがった″二条商店街はその波にも乗れずに下りたままのシャッターの数が日に日に増えてゆく。そんな窮地の商店街に、さらに追い打ちをかけるようなことが最近起こった。

 商店街の端にあったパチンコ屋がつぶれた、次いでその隣にあったボーリング場、さらにその隣のバッティングセンター、最後にかなり前に潰れてそのままだったポルノ映画館、それらが一気に取り壊され、広大な土地にショッピングモールができるという。

 説明会も気持ち程度に1回だけ開催された。

 その場で声高に反対と叫んだところで法的に反対できる根拠となるようなものも用意できなかった。この廃れてしまった商店街の命運は尽きたと言ってもいい。そんな絶望感の中、提案されたのは、まさに一筋の光明と言えた。

「テナントで入られてる店主様には、このショッピングモールへの出店を保証しますし、向こう5年は賃料も現契約の賃料を引き継ぎましょう」

「え? 」

「また、土地をお持ちのオーナー様にはそれぞれ交渉させて頂く事になりますが、当方にてそれなりの価格で買取りましょう」

「は? 」


 聞けば、店舗規模をもっと大きくし、シネコンも誘致したいし、駐車場用地も確保したいので現在の計画敷地をさらに拡大したいということだそうだ。

 明日をも知れぬ商店街側からすれば願ってもない申し出なのは間違いなかった。


 後日、次々に先方の提示額が各々いくらだったか、という話で商店街は盛り上がった。

 破格だった。


 たった二軒を残して、二つ返事で了解したそうだ。

 その破格の条件を断った奇特な店主とは?

 家具店を営む父と母、そして一人娘の小野小町はどうしても釈然としないことがある。


「断ったん? 」

「うちは、この商店街じゃ唯一の黒字店舗やからな。つけいる隙がなかったんやろ。日頃からの企業努力が違う」

(かっこええな)


 父親が早逝した為に江戸時代から続く京菓子店「坂田屋」を継ぐことになり東京の大手企業に勤めていたにも拘らず退職して帰ってきた、この「太郎」と小町から呼ばれる青年は、確かに違う。

「京都じゃ老舗どころか新参者扱いや。もっともっと新規開拓していかなあかん」

 と、新商品の開発に余念がない。

 創業以来、坂田屋の一押しは金時豆を使った菓子である。当然、他にもあるが、「坂田屋自慢の金時」が二五〇年続く売り文句であった。しかし、そのプライドがダメだと太郎は言う。SNSもフル活用し、店の片隅におしゃれなカフェスペースを作ったりと営業努力の甲斐もあって、寂れた商店街でも太郎の坂田屋だけは、食べログにも載り、SNSのフォロワーも多い。


「てことは。うちだけか来てないのは・・・」

「いや、来とると思うで。お前にバレへんようにしとるだけで」

「はぁ? 」

 実際に来ていた。


 小野家具店の店主である父・喜一郎は折角の話を断っていた。

 というのも、喜一郎が何より心配しているのは店のことより大事な一人娘である小町のことだ。


 どうにもこの娘は男運というものがない。


 彼氏ができたと耳にした時には大概別れている。長続きしないのだ。

 見た目だって悪いわけでもない。親の欲目を差し引いても、『かわいい』部類に入る顔立ちだし、スタイルだって悪くない。いや、逆にそれが裏目に出てるかもしれない。正直、話すとダメなのだ。ベタベタの関西弁で京なまりなはずなのに、なぜか汚く聞こえてしまう。また、ファッションセンスが絶望的で、家業の手伝いで来てるツナギの作業着にスカジャンを羽織っているのが普段着だ。

「もう少し女の子らしい恰好をしろ」

 と、言っても、

「この方が楽やし。ジャマくさいやん」

 と、自分のスタンスを確立してしまって、曲げない。

 飽きっぽいわけではない。根は正直だし、一本筋の通った男前な所もある。いや、頑固なだけかもしれない。ただ、ポジティブでノリはいい。一定の距離感を保った友達ならばこれほど一緒にいて気持ちのいい人間はいないだろう。だから、幼い頃から、男友達が多かったし、思春期に入ると女子から告白されることも多かった。

 しかし、真っ正直で後先考えずに行動することで、色々トラブルも生じる、お世辞にも賢いわけではない彼女は常に猪突猛進なのでこれを収める能力はない。

 幼い頃からこの損な役回りを一身に引き受けてきたのは誰であろう太郎である。

 彼が現在アグレッシブに仕事に向き合える様になったのは、もしかしたらあらゆるトラブルを収めてきた実績によるものかもしれない。いや多分そうなのだろう。

 小町もそれが分かっているから太郎には甘えている。


 喜一郎もまた二人を見てきている。

「坂田屋とくっついてくれたら一番ええねんけどな・・・ 」

 そう思っていた。正直なところ、一人娘の小町にはこんな廃れかけの家業を継がせたくない。一応、三代目だが、「坂田屋」ほどの歴史もない。家具と言えば今や大型家具店でもホームセンターでも買える。そこへきてショッピングモールができれば、当然大手が出店してくるだろう。もはや、少ないお得意様も取られるのは必至だ。

 娘のことを思えば、勢いのある将来有望な店主のいる京菓子屋の女房に収まってくれた方が安心だ。

「しかも、近所やし、俺たちの老後も安心や」

 うまくまとまってさえくれれば、さっさとこんな店畳んで悠々自適な隠居生活を、とまで考えていた。


 ところが、待てど暮らせどくっつく気配がまるでない。一度、しびれを切らして太郎を問い詰めてみた。

 何とも分からない顔をしながら、

「勘弁してくださいよ」

 を繰り返すだけだが、何となくやぶさかでないことはよくわかった。


 そんな思惑の中、今回の話で、間の悪いことに「坂田屋」が断ったことを先に聞いてしまった。当然、そうでなければ喜一郎も二つ返事だったろうが、一向に嫁の貰い手のない大事なかわいい一人娘の将来を慮ってしまい、折角の悠々自適な隠居生活のチャンスを棒に振ってしまった。


 そんな親心を娘は露とも知らず。勝手にこう解釈した。


「さすが、おとんや。人の横面を札束でひっぱたくような真似はうちも好かん。小野家具店は、うちが継ぐんや。おとんも、その気なんやから、うちがなんとかせなあかんっ! 」


 小町は、父親が店を継がせるつもりが無いことに気づいていなかった。自分が家具店を継ぐことを大前提に生きている。要するに結婚相手は基本的に入り婿という今日日の女性では考えられない極めて古風な考え方を持っていた。だから、店主となった太郎に対して恋愛感情を抱かない。喜一郎自身もそんな小町の思いをわかってさえいれば、判断を誤らなったかもしれない。


 親の心、子知らず。子の心、親知らず。


 なんとも、親子というのはそんなものなのかもしれない。


「何をする気や? 」

「あんな奴ら、必ずなんか後ろめたいことあるに決まっとる。うちがしっぽ掴んで、計画を阻止したる」

「あー・・・」


 これを聞いた太郎は、もはや覚悟するしかない。事ここに至って、そんなことは誰も望んでいないのだ。しかし、幼い頃から付き合ってきた彼は、小町がこうなったら、もう止まらないことは誰よりも知っている。


(まあ、小町一人じゃ、無理だろう)


 今回ばかりは話がでかすぎる。いくらなんでもひっくり返すことなど不可能だろうと、思っていた。


 そもそも、この計画の発端は、一人の市会議員からの提案から始まった。その市会議員というのは、茨木堂次郎という。代々一族から、国会・府会・市会議員を輩出してきた、いわゆる地元の名士というやつで、彼も市会議員となって二期目だが、発言力はとてつもなく強い。こう言う話には色々な利権が絡んでいるから、とんとん拍子で話は進む。


(俺ら下々の所に話が入って来る頃には、どうにもひっくり返せないところまで進んどるっちゅうこっちゃ)


 それから、土地の買い上げはどんどん進み、見る見るうちに解体更地となって行き、本体の建設がいよいよ始まった。

 その間、何やら小町は動き回っていたようだが、誰の協力も得られず、反対するに足る根拠となりうる情報も一切掴めなかった。


「すまんけど、そらそうやろ」


 仮に何かあっても、官民そろって数十億の事業だろうから、素人に易々としっぽなんか掴ませるわけがない。


 そう思っていた。


 しかし、建設も進んで、建物も2階まで建ち上った頃、テンション高めの小町から連絡が入る。


 夜の十時、スマホ片手に図面を持って現場に向かった。

 現場敷地内は3m近い鉄板で囲われていて、よじ登るのは不可能だった。

「正面から堂々と入るか・・」

 工事車両が出入りするゲート前に来た。

 当然ゲートも施錠されている。ゲートの端にはどうやらカメラらしいものもある。

「ま、そらそやろうな」

 この際映っても仕方がない。言い訳は見るものを見てから十分に考えられる。

 ふと目を右にやると通用口みたいな小さなドアがある。

「ここも錠前かかって・・」

 かかっていない。

 錠前が無い。

 それどころかやや開いている。

 扉の脇に無造作にチェーンとダイヤル錠が打ち捨てられている。

 幼少期から培った経験から背筋に悪寒が走る。

 だったら、行かなければ良い所なのに、このお人よしの青年は全く逆の行動を取る。

 慌てて敷地内に入り、建築途中の真っ暗で足元の悪い中を躓き転びながらも、

「小町っ! おるんやろっ! どこやっ? 」

 大声で呼んだ。

「小町っ! 小町っ! 」

「ここや、ここ」


 緊張感のまるでない軽い返事が返ってきた。なんとなくばれないように小声っぽく言ってはいるものの元が大声なので、なんの役にも立たない。

「どこやっ? どこおんねんっ? 」

「上や上。それよか大きな声出すなや、バレるやろ」

(いやもう、バレバレやって)

 太郎が上を向くと、床と柱だけでまだ天井もない2階から小町が手を振りながらひょこっと顔を出している。

「あの、無茶しいが・・・」

 と呟きつつ、

(よかった。アホで)

 おそらく隠蔽しようとしている何かは地下にある。とにかく高い所に行きたがるのは煙と小町ぐらいだからよかった。

 太郎は駆け上がる。


「お前、何しとんねんっ! 」

「怪しいねん。・・・あいつらなんか隠しとる」

「まじか、お前っ? あの話、ほんまか? 」

「ああ、ほんまや」


 小町が掴んだ情報とは、この工事の出入り職人の間でささやかれている〝ある噂〟だった。

 工事は午後9時までという近隣との取り決めがあり、太郎も小町も説明会でそう聞いていた。実際、9時までには工事業者は全て工事を終え、みんな帰り、最後にゲートも施錠されて人っ子一人いなくなる。

 ところが、地下の工事が終わり、1階、2階にかかった頃に忘れ物をした職人が、現場監督付き添いのもと、夜十時に現場に入ると、地下で何やら作業をしている音が聞こえ、地下の方から光も漏れていた。


「あれ、作業ですか? 」

 と、職人が監督に聞くと、監督はひどく動揺していた。

「いや、聞いてない。工程にもない。どういうことだ? 」


 当然、監督はその場所へと向かった。行きがかり上、職人もついて行った。ところが、いざ行ってみると、何もなかった。作業していた痕跡もなかった。


「な、怪しいやろ」


(胡散くさ・・・)

 なんてことはない、どこにでもある都市伝説の類だ。

「なんで、そない思うたんや? 」

「その職人本人に聞いたんや。嘘はついとらんと思う。こういうでかい現場にはよくある話や言うてた」


(そらそうや)


「とにかく、お前は帰れっ! 」

「何でやねん。だいたいあんたは何で来たんや? 怪しいと思うたからやろ、違うんかっ、自分一人で手柄独り占めする気なんか。そんなキャラ違うやろっあんたっ! 」


 実際、確かに胡散臭い話ではあるものの、太郎自身もその作業自体があり得ないものとは思ってなかった。

 根拠がある。

 時間外で、工程にもない作業を密かに地下でやってる。そう、ポイントは〝地下でやっていた〟ということだ。

(ここは京都や。だとしたら考えられないことはない)

 そう、京都の地下ということは「埋蔵文化財」だ。

 とにかく、掘れば何か出てくる京都で、かつ、この場所はまさに平安宮跡だ。文化財保護法に基づいて、こういう建設する際には必ず工事前に試掘調査がなされ、何か出てきた場合は本格調査が入る。

 当然、その間は工事にかかれない。しかも調査費用は施主が負担しなければならない。それこそ、世紀の大発見などあろうものなら、事業を率先していた市だって考えを変えて、計画中止して遺跡を使った別事業に乗り換えないとも限らない。


「ただ・・・」


 当然、それはやっていたし、やはり出てきて、かなりの期間を発掘作業をやっていた。つまり、ちゃんとした手続きを踏んできてる。

 にもかかわらず、地下で極秘に何やら作業をしている。

(逆に怪しい。官も絡んだ事業だけに、地下の工事をしとる時にとんでもないものが出てきた。それを隠しとると考えられんこともない。せやけど、現場監督も知らんとなると・・・)

 この推測に説得力がなくなる。

 何か出てきて、それを隠蔽しようとするなら現場監督が知らないわけがない。地下の工事に関わった職人から話が漏れることも考えられる。ところが漏れてきたのは、実際は都市伝説のような噂話程度。


(やっぱり、ガセか。せやけど、なんやろ? この違和感は・・)


「うるさいっ! 聞けっ! ええか、これはもしかしたら、どえらい犯罪行為を隠蔽しとるかもしれんし、しょうもないことをただ隠そうとしてるだけかもしれん。それならまだええけど、何もないかもしれん」

 この時間にここにいて、バッチリカメラにも映ってしまっている。

 確たる証拠がなければ当然ただの不法侵入である。


「・・要するにええ格好したいわけやな」

「はぁっ? 」

「あんたはいつでも理屈が多すぎんねん。子分は子分らしくうちの後に付いて来たらええねんっ! 」


(いやそれが嫌やから言うとんねんって! )

 と言えないのが太郎である。

 いや、小町のこの全く根拠のない自信に満ちた堂々たる啖呵には何か魔法の言葉のような効果があるのか、大体の人間は何故か従ってしまう。

 時に人と言うものは理屈よりもより単純な言葉を欲したいものである。太郎もこの言葉に従い幾度も酷い目に遭って来たというのにまた流される。どうせまた酷い目に遭うのが分っていても、である。

 それが、小町の持つ魅力なのだろう。


「それにしても、おかしないか? 」

 太郎は冷静に小町に聞いた。

「何が? 」

 やっぱりか。と思い、続けた。

「これだけ声のでかいアホがしゃべってんのに、ばれてへん」

「誰が声のでかいアホやっ? 」


 突っ込みがてら何かを太郎に投げつける。

「まぁ、こんな感じでアホがでかい声で突っ込んでも特に何も起きてへん。見つかりたない何かがあるんやったら、飛んできそうなもんやろ」


「何が言いたいねん」


 再度、何かを投げつける。太郎は考え込んだまま流している。


「やっぱりハズレってことか」

「当たっとるやろっ、さっきから」

「違うわっ!そういうことを言うとるんやなくて・・・、さっきから何投げとる? 」


 辺りを見回すが、深夜の暗がりである。分るはずがない。と、思ったが、明らかに月の光にすらキラット反射している小さな物体が2つほどある。その一つを拾うと、


「・・お前、これ、どうしたんや? 」


 聞く前から、大体その物体が何なのか、太郎にはわかった、いやわかったからこそ聞かずにはいられない。


「え・・? ほれ、地下の入口あるやろ。あの奥で倉庫みたいなん作ってんねんけど、それがおかしいで。そんな目立たへん所の壁に一面金箔みたいに塗りたくって、ほんでおかしいことにその上にまたモルタル塗っとってん。アホとちゃうか? 転がっとったやつきれいやから少し拾うてきた」


「お前、これなんか知っとんのか? 」

「何? 金やろ」

「アホ。わかっとって小石みたいにホイホイ投げるな。・・・これか、これなんやな。あいつらの隠したい物は」

「そやったんかっ? 」

「早う言わんかいっ! てか、気付かへんかったんかいっ! 地下まで行っとったんか。・・あれ?そんなん見て、こんなもんまで拾うて来て、ようばれへんかったもんやな」


 小町にしては妙に慎重な行動をしたものだ

 と少し感心したものの、侵入やら隠密行動などは絶対にできないこの娘がバレていないのはさすがに変だと太郎は思った。


 小町は、その時の状況を説明するのだが、ただでさえ説明下手な上にボキャブラリーがなく、しかもやたら擬音を多用するものだから全く理解できない。

 とにかく、普通じゃありえない不思議な経験をしたということはなんとなく小町のテンションでわかった。もはや実際にそこへ行ってみるしかない。


 小町の誘導で地下へと向かうが、地下に下りてみると、太郎は不思議に思う。小町の言う〝地下の入口〟らしきものが、そもそも図面にもないどころか今実際に現場で見ても見当たらないのだ。

「その入口が無いやないか? 」

「それがあんねん」

 言ってる意味が分らない。

 いくら暗くても四方を懐中電灯で照らしても、壁ばかりで扉もな

 い、壁が無いところは外でうっすらと月明かりがもれている。

 外から入るのだろうと思いきや、小町はずんずん奥のただ壁しかない方へ進んでゆく。


「ここや、気いつけや、すぐ段差があるしな」

「は? 」


 目の前にあるのは、壁しかない。明かりを照らしても、あるのはただのコンクリートの壁である。小町は壁に向かって進むと、なんと壁に吸い込まれてゆくように入ってゆく。完全に消えると、ひょっと顔だけが壁から出てきた。

「大丈夫や、近くには誰もおらん。中入ったらしゃべったらあかんで。ばれるしな。・・何や? なんちゅう顔してんねん? 」


「いやするやろっ! せえへんほうがおかしいわっ! なんこれ? お前もお前で、何涼しい顔して普通に普通の事言うとんねんっ」


 言った瞬間、手で口を覆った。思わず大声を出してしまった。


「大丈夫やって、この中に入らんと声は中には聞こえへん」

「こんなことを普通に受け入れてることも信じられへんけど、すぐに理解してることも驚きや。それ以前に、よくここやってわかったな? 」

「んなもん勘やがな」

「何でもかんでも勘で片づけんなや」


 恐る恐る入ろうとする。壁の感覚もない。何の抵抗も感じることなく普通にすり抜けられる。


「気持ち悪」

「何が?おもろいやん」

「お前だけやっ」

「しっ! 」

 すぐさま、口を塞がれる。もう中に入ってしまっていた。


 真っ暗だった壁の向こう側とうって変わって、中は目の前に階段がある6畳ほどのホールで薄暗い照明が1灯ついている。

 階段下からもれる光が逆に明るく、しかもその階段下から声まで聞こえてくる。

「この壁はどんな仕組みになっとるんや? ホログラムみたいなのやろうけど、光も反射させるし、防音まで出来とる」


「そんなことはどうでもええ」


 確かにそうだ。問題は、この下で行われているであろう金の隠蔽作業をどうするかということだ。しかも厄介なことに、この壁の仕組みは警察に言っても説明できないし信用もされない。

 実際に現場を抑えるしかない。


(何なんや? ・・・一体? )


「ぼうっとせんと、行くで」


 こいつは全くそんなこと考えもせんとただ行動あるのみなんやろな、と思うと、とても羨ましく、頼もしくもある。

 小町について行くようにそうっと、そうっと、ゆっくり階段を下りてゆく。

 地下から聞こえてくる会話も反響が酷くて聞き取れなかったが、降りて行くごとに聞き取れるようになって来た。ただ、それと同時にその声に聞き覚えがあるなと思った。小町を見ると、どうやら小町もそう思ったようで目が合った。


「なぁ? 」

「あ・・ああ」


 二人は、すぐに異様な事に気が付いた。会話しているように聞こえるが、聞き馴染みのある声しか聞こえて来ない、まるで独り言で会話しているようだった。


 下りてゆくと地下の全体が見えた。と同時に声が出てしまいそうになった。

 200㎡あろうかと言う長方形の空間、その四隅に灯光器が立ててあり、そしてその中心にどれだけあるのかわからない金塊が整然と積み上げられている。小町・太郎のいる階段の位置はその空間の片隅にあり、ちょうど対角線上の隅に、小町の言ってた金塊の壁がある。中途半端にモルタルが上塗りされていた。

 声の主であろう人物ともう一人は、その金塊の山の前に立っている。ちょうど、階段の位置からだと背を向けている。


「あれ、あいつ? 」

「しっ・・」


 二人は、ゆっくり下りて、灯光器の陰に隠れる。

 背中越しに見える二人の人物は背丈も同じくらい、そして、独り言と思っていたのは誤りだと気付く。


「どういうことや? 」


 次々にやってくる状況にもはや太郎の思考回路はついて行けない。


「・・双子か、あいつ双子やったんや」


 小町らしい如何にも早い結論である。

 双子であっても彼らの会話にある違和感には説明がつかない。


「まったく同じ人間とは思えんな。こんなに使えん奴だったか」

「いきなり言われたもんだから、それなりに段取りと説明が必要ですよ」

「たかだか、数か月注意を逸らすだけでいいんだ。それを、あんな訳の分らん事をしたら余計に怪しまれるだろうが、あれこれ色んな時代の人間と仕事してきたが、最低だな貴様は」

「自分に説教しないで下さいよ」

「自分だからこそ猶更だ。自分自身に自分の足を引っ張られるとはこれほど腹立たしいことがあるか。自分じゃなかったら当にこの金と一緒に壁に埋めてるところだ」

「そんなぁ・・・」


 会話が非常にシュールである。二人いるのに一人称で会話が成り立っている。


「なぁ、どっちやと思う? 」

「何が? 」

「茨木堂次郎やったら、どっちかが堂一郎やろ、うちは偉そうにしてる方が兄貴やと思うねん。だから左が堂一郎」

「お前、いい加減考えなしにしゃべるのは」


 と、小町の方を向いた途端、小町の背後に立つ異様な影に気が付いた。

 全身黒ずくめ、プロテクターのような物で全身覆われていて、肌の露出は口元のみ。しかも片手に銃の様な物を持ち、小町と自分に向けている。


「残念ながら、どちらも茨木堂次郎だよ。小野小町さん。・・それと」

「わかっとるんやったら話早いわっ! お前やな、よくもうちに大恥かかせてくれたのっ! なんの恨みがあってあないな嫌がらせしたんじゃっ! 」

 見えていたのかいないのか、後ろの男の存在は一切無視するどころか、勢いよく飛び出したせいで男にぶつかり、男は打ち所が悪かったのか、もんどりうって苦しんでる。

「なんや、こいつ? まぁええわ。おい」

「大恥をかかせたのは、こっちの茨木堂次郎だよ。私じゃない」

「あん? こいつ? こいつも茨木堂次郎? めんどいな、あんた今から堂一郎で、お前は堂次郎な」


 この落ち着いている茨木は、自分のペースでしゃべりたいのだろうが、小町相手にそれは難しい。


「話聞いてる? 」

 と、思わず言ってしまった。

「違う。俺はこの俺に頼まれて、仕方なくやったんだ」

「だから紛らわしいから一人称をやめろや。ほな堂一郎の言う事聞いただけ言うんか? 」

「いやだから、堂一郎じゃないから。どっちも堂次郎だから」


 茨木は思わず突っ込んでしまった。完全に小町に持って行かれてしまった。


「やかましい。どうでもええんやっ、そんなことはっ! 要はどういうつもりでこんなことしたんやって聞いとんねんっ? どっちでもええから答えんかいっ! 」


「坂田くん、彼女はいつもこうなのかい? 」

「大体そうです。僕も同じ疑問をさせてもらっていいですか? 」

「君はある意味理性的で助かるよ。ただ、理性的であるが故に今のこの状況はとても混乱してるだろう。説明しても理解できまい」


「聞いとんのはこっちやっ! 」


 茨木堂次郎が二人いる。しかも完全に同じで見分けはつかないが、キャラクターははっきり違いがある。落ち着き払った茨木の横でもう一人の茨木はおろおろしている。

「君は君で、理解できないだろう。説明するだけ時間の無駄だ。ほら見ろ、お前のせいで最も恐れた結果になってしまった」


 もんどりうってた黒い男が茨木の元に来ると、その持ってた銃をもう一人の茨木に向ける。


「へ・・? 何をするつもりだよ? 」

「少し休んでいてもらう。君がいると混乱するだけだ」

「冗談だろ。俺はあんただぞ」


「撃て」


 黒い男は銃の引き金を引くと、銃口らしい部分が光り、茨木を照らす。すると、茨木の動きはまるで一時停止のように止まり動かない。ただ、意識はあるようだ。

「う、動かないっ。動かないぃーっ」


 すると、光の線がまるでスキャンをするように頭の上から徐々に下がり足元まですべってゆく。そして、パッと再び光ると茨木の姿は消え、光と共に銃口に吸い込まれてゆく。


「ひっ・・・」


 太郎には、もはや何一つ状況がわからなくなった。

 目の前で起こってることがあまりにも非現実な事ばかりで完全にパニックに陥っていた。


「まったく、これからが本当に忙しくなるというのに。君らも済まんが帰ってもらえないかな」


「は? 」


 意外な言葉だった。


「帰っていいんですか? 」


「なんだね?口止めするとでも思ったのかい? ここで見たことも別に誰かに話してもらっても構わんよ」


「・・・そうですね。うまく説明できる自信はないですね」

「そうだろう。それに今の状況以外は、全てにおいて君たちにとっても不利だ。明らかに違法行為をしてるのは君たちの方だからね。面倒事は私も好まない。君たちの事は不問とするから、黙って帰ってくれないかな」


「ついでに、聞いてもいいですか? 先生? 」


「質問によるね」


 茨木は、まったく動じていない。この場所は一番見られたくなかったはずなのに、消えた茨木と違ってうろたえることもない。

(非常にやばい。とにかくここから出ることだけを優先しよう)


「じゃ、やめておきます」


「君は利口だね」


「ほら、小町。帰る・・で・・」


 小町の方を見た途端、やはりこの場所に連れてきたことを後悔した。

「何を勝手に言うとんねんっ! 帰れるわけないやろうがっ! 」


 そういうと、ポケットから拾った金の粒を茨木に突きつけるように出して、


「お前ら悪事はお見通しやっ! ここで、何をしとるんか、すっきり白状せんかいっ! 」


(アホかっ! お前っ? 証拠の品さえ持って帰れば、まだ事態はなんとかなったのに)


「・・・ああ、いけないね。いい大人なのに手癖が悪いよ」


 茨木の表情が明らかに変わった。


「まさか、拾った物を返すためにここに来たんですよ。手癖が悪いなんて心外ですよ。先生」

 ・・・と、取り繕ったが、茨木の顔色は変わらない。

(ええい、ままよ)

「埋蔵金・・・ですか? 」


「・・・だとしたら、どうなのかな? 悪事、とは言えないね。自分の敷地から出てきたのなら、それは自分の物だろ。それをどうしようと私の勝手だ。持ち出すにしてもこれだけの量だ。作業員の出入りの激しい中、運び出すのはより物騒だろう。それに騒ぎになって、かなり面倒なことになる。・・・この場所、この時間、ここにこれがある理由として、これ以上納得いく理由があるかな? 」


「ないですね」


 ただ、言い方からすると、埋蔵金を掘り当てたというものでもないのはわかった。

 わかっただけに、太郎はさらに大きな疑問に直面した。

 この地下から出てきたものでもない。違う所から持ち込まれたものでもない。では、この大量の金はどこから出てきたのか。

 いま、自分がいるこの状況で、現代の科学技術では説明がつくものが一切ないという結論に達した。


 そして、茨木の傍らに立っていた黒い男が小町に銃口を向けていることに気づいた。

 小町は二人の会話を黙って聞いていたが、それは間違いなく何を言っているのか全く理解できなかったからだった。彼女の求めている答えになっていない中、意味の分からない会話にややイライラしていたら、よくわからない「消える銃」の銃口が太郎ではなく自分に向けられてる状況は、さらに彼女を混乱させた。


「なんや、何する気や?」


「見ただけなら帰ってもらってもよかったんだが、それを拾われたら面倒なんだよ。だから気が進まないが、拘束させてもらうよ。」


 時計のようなものを見て、


「そろそろ発動する時間だ。さっさと終わらせろ。」


 パニックに陥る太郎に理屈抜きで行動させたのは、何よりも小町の為であろう。おそらく太郎本人もこの瞬間のことは覚えていないのかもしれない。

 気が付くと、近くにあったコンクリートブロックを持って、思い切り黒い男の後頭部を殴り飛ばしていた。

(ゴキンッ!)

 という鈍い音がして、黒い男の首が120度くらいありえない方向にへし曲がっていた。


「あ・・・。」


 と口にしたのは、太郎ではなく小町だった。

 黒い男は、そのまま崩れ落ちた。


「あ~あ。」と茨木は言った。あいかわらず落ち着き払っている。


「こま・・小町っ、大丈夫かっ?」


 小町も小町でこの展開は全く想定もしてなかっただろうし、人一人が目の前で、しかも太郎に殺される場面を見てしまい、さすがにパニックになっている。


「た・・・太郎?太郎っ!あんた、・・あかんよ。わかるか?あかんってっ!」

「え・・?何?」

「しっかりせぇっ!・・ちゃんと見いっ!」


 小町の指差す方向に太郎は恐る恐る目を向ける。

 もうそこに何があるかはわかっている。

 叶うなら、そこには何も無くなっていてほしい。やっぱり瞬間目を閉じてしまった。


 そこへ、

「・・太郎・・? いや、太郎ってっ! 」

 多少、驚きの種類というかニュアンスの違いを感じたか、やはり目を逸らさず自分のしてしまったことを直視しろと言われていると思った。目を開けねば、勇気をもってうっすらと目を開ける。そうだ、そこに倒れている遺体をしっかり見なければいけない。

 倒れている遺体? ん?


 うっすらと見えてきたのは足? 倒れていなくて立ってる? 

 もしかして、生きてる?

 いや、あれで生きてることはない。じゃ、ただの幻覚を見ていたのか。

 ゆっくり目を開ききって今見えている足から順に目線を上げて行くと、右手に持った銃みたいな物の銃口は自分に向けられている。さらに目線を上げてみると、


 首が無い。

 いや、首がへし折れたまま立っていた。


「・・・! ふあっ! うわあああっ! 」


 ここで起こった現実は想像よりも刺激的であった。

 今にも自分に向けて引き金を引こうとしている。思わず、手が出た。しかも、ぶらぶらになってた顔面に向けて、これ以上にないクリーンヒットだった。

 続けて、足まで出てしまい。黒い男は蹴り飛ばされた。


「小町っ、あかんっ! こいつ何やっ? 」

「そんなんうちに分るわけないやろっ! 」


 黒い男はむっくり起きだすと、小町たちの居場所がわからないのか銃をあっちこっち向けている。それもそのはずで首は背中側にひん曲がっていて、正面に立っていても頭は後ろでしかも天地が逆さまに見えてる状態なのだ。

 さすがにおかしいと思ったのか両手で頭の位置を確認して、頭を持つと首が伸びきるまで引っ張り上げ、無理やり首を元に戻した。


 目の前で繰り広げられるオカルト現象に、もはや常識は通用しない。首が安定せずにぐらぐらしている、何とか元に戻す為にうだうだやってる隙に階段に向けて走り出す。


「そう簡単に逃げられては困るよ。」


 茨木は腕時計のようなものから浮き出たディスプレイを使って操作すると、二人が向かっていた先にあった階段が忽然と消える。


「はっはぁっ?」

「階段がっ?」


 首がようやく安定した。もう今度は躊躇なく引き金を引くだろうが、逃げ場は無い完全な密室だ。


 そこへ、いきなり空間の中心くらいにまばゆい発光が起こるとその発光体から凄まじい放電が起こる。発光体は徐々に大きい球体へとなってゆく。


「発動してしまったか・・。急げっ!さっさと回収しろっ!」

 落ち着いていた茨木にようやく焦りが見えてきた。


 太郎は、瞬時に、本当に瞬時に状況を分析した。

 この密室状態ではどちらにしろ逃げ場は無く、相手は首がへし折れても平然としていられる化物だ。状況は最悪だが、彼らは何処から来てどこに行く気なのだろう。密室状況で行き場を失っているのはお互い様だが、茨木は余裕だった。

 ところが、あの発光する球体が出現してから妙に焦りだしていることから、全く根拠は乏しいものの、一つの仮説を立てた。正しいかどうかもわからないが、だいたいこの空間で起こっている現象全て何もかも理屈では説明できない事ばかりなのだ。バカげた仮説であっても否定も肯定もできない。

「今はこれしかないっ。」

 一瞬の判断だった。


 発光体の出現にほんの一瞬だけ黒い男の注意が削がれた隙に、太郎は小町の腕を引き、茨木の方へ真直ぐ走り出す。

 驚いたのは茨木で、あまりのことに動けずにいた。

 太郎は、茨木を捕まえて羽交い絞めにして盾にする。


「はっ?何をするっ!放せっ!」

「ええねぇ、余裕ぶっこいとったのがえらい変わり様やな。こわいんか?」

「バカを言えっ!無駄だ、時間稼ぎにもならん!」

「ほんまにそうか?この光る玉は時間制限あるんと違うんか?」

「ぬっ・・。くっ・・。」

「やっぱり、そうか。大事な仕事が控えとるんやろ?この玉消えてもええんか?」

「お前、この玉が何か分ってるのか。」

「さっぱりわからへんわっ!お前ら含めて、この中の事は何一つ理解できへんっ!」

「・・ただ、どうする?このままでもお前たちに勝機は無いぞ?」

「階段を消したんはお前やろ?元に戻せ。そして小町だけでも外に出せ。」

「太郎っ?何を言うんや。うちだけやのうてあんたも。」

「なるほど、いいだろう。君を認めよう。仕方ない。では、君にも仕事をしてもらおうじゃないか。」

「ふざけんな。」

 と、言うと茨木は羽交い絞めを素早く振り払い、腕時計みたいな物を太郎の顔に当てると、光るバーコードのような印が太郎の頬に付く、そして発光球体に向けて思い切り太郎を蹴り飛ばした。

「なっ?」

 ほんの一瞬の事で抵抗する暇もなく、体は宙に浮き発光球体へ吸い込まれるように飛んでいた。


「あか・・あかんっ!こ・・小町っ!」

 手を伸ばす。

「太郎っ!」

 小町も手を伸ばすが、届かない。

 球体に吸い込まれてゆく太郎は全身球体に入ると、消えた。

「太郎ぉーっ!」

「彼女を回収して、すぐに向かえっ!彼には、しばらく私の囮になってもらおう。あっちなら特に目立つからな。」


「あっちってなんやぁーっ。」

 小町は振り向き様に茨木を遠心力も加わっての渾身の力で思いっきり殴り飛ばした。

 茨木は、まさかこんな娘が殴って来るとは思ってなかったのか、

 かなり油断していて、もろに食らってしまい、2m程吹っ飛んで、伸びてしまった。

「あーっ、あかん。うっかり。」


 はっと気付くと黒い男が銃を小町に向けている。

 避けようと横に飛んだ瞬間、飛んだ先に発光球体があることに気が付いた。

(ええいっもうええっ!このまま太郎追いかけるっ!)


 小町もまた、球体に吸い込まれ、消えた。

 銃を放つタイミングを逸した黒い男は、完全に伸びてる茨木に目をやると、

「回収作業を実行します。」

 血の通わない、感情すら一切ないような言葉を発して、茨木をそのまま放置したまま静かに球体へと入って行き、消えた。


 そして、しばらくしてその球体も縮小し、消えて行った。

 茨木は、伸びたままである。







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