表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その視線の向く先に

作者: 夢暮 求

 初恋が心を焦がす。

 いつまで経っても終わらせられない。見切りを付けられずに次の恋に走れない。

 バカバカしいほどに神聖化して、

 バカバカしいほどに引きずっている。


 後ろ向きな性格だ。

 前向きになったことなんて一度もない。

 失敗を怖がって、成功で目立つことを嫌がって、

 そのクセ、目立っている子のことを羨んでいた。


 そんな根暗な僕にとって、あなたとの出会いは本当に、

 運命と思いたくなるほどの出来事だった。


 いいや、出来事と呼べるようなことはなんにもなくって、

 ただ気付いたら意識するようになっていて、好きになっていて、

 どうしようもないくらいに、その子のことを考えるようになってしまっていた。


 可愛くて、綺麗で、その長い髪が美しくて、眩しいくらいの笑顔で、

 根暗な僕ですら心が踊った。


 けれど知っていた。

 僕だけに優しいのではなく、誰にでも優しいのだ。

 僕だけに話しかけているのではなく、誰にでも話しかけるのだ。

 彼女には友達がいて、僕みたいな根暗が作り上げている友達のグループとは天と地ほどの差があるほどに華やかで、

 絢爛だった。


 それでも、なんでだろう。

 あなたは僕が教室で一人、椅子に座ったままで過ごしていると隣に座って話しかけてくれて、

 僕が熱で学校を休んだ際には、保健委員や委員長でもないのに自分の家とは正反対の僕の家にプリントを届けに来てくれて、

 僕が眼鏡を掛け始めたときには、どんな風に見えるのかとやたらと興味津々で、

 泳ぎ疲れてプールサイドで休んでいるとき、なにも言わずに横に座ってきて、


 裸足と裸足がくっ付いたりして、


 音楽の時間にちょっと離れてはいたけれど向かい合って歌ったりとか、


 それで好きになるなというのは無茶な話じゃないか。


 僕は根暗なりに頑張った。後ろ向きな性格の割に頑張った。

 話しかける努力をして、ちょっとでも面白いと思えそうな話題を出して、返事も、朝の挨拶も、欠かさないようにした。


 でもさ、嫉妬の方が強かった。

 僕と絡むということは、僕の友達とも絡むことが多くなるということだ。

 僕の友達があなたと話しているのを見て、何度も何度も悲しくなって苦しくなってムカついて、めげそうになった。


 もしかして僕じゃなくて友達のことが好きなんじゃないのかとすら思い始めた。

 いや、そもそも彼女が僕のことを好きだなんて決定的なものはなに一つとしてなかったから、

 その感情はあまりにも無神経で無頓着で、甚だしいほどの妄想でしかなかった。


 小学校高学年になった頃、僕はあなたと話さなくなった。思春期が近付いていたこともある。

 唐突に、なんだかフワッとした感覚で、女の子と話すのは男らしくないと思い始めた。


 なんにも男らしくなんてないのにね。バカバカしいほどの子供めいた思い込みである。

 男友達と遊ぶのが当たり前で、女の子と遊ぶのは女々しい。

 車や特撮物を見るのが男らしくて、有名なアニメや漫画の必殺技を口に出してケラケラ笑い合うのが普通みたいな。

 ゲームの攻略や、どこまで進んだかを日々話し合って、家に帰ったらネットに繋いで一緒に遊ぶみたいな。

 それが男らしさというか、なんとなく自分の所属するコミュニティの当たり前になっていた。


 女の子染みた趣味を持つのは恥ずかしいことみたいなのもあった。


 でも、ぬいぐるみ遊びは今でも続けているけれど。


 だから、あなたと話さなくなったのは嫌いになったからとか興味がなくなったからではなくて、

 恥ずかしかったからで、

 なによりも、なによりも、クラスが変わってから話し辛くなったからで。


 それも長引けば、気付いたら全然話さなくなっていて。

 あなたはきっと僕よりも大人びていて、とても壮大な感性を抱いていて、僕なんかじゃ手の届かない高嶺の花みたいな存在で。


 当時はそんな語彙力なんてなかったけれど一杯一杯、話しかけない理由にしてた。


 なんでだろうね。

 なんでなんだろうね。

 話せばいいだけなのに、話したがらなかった。

 そんなことしたところで、あなたの気を惹けるわけがないのに。


 けれど話しかけなくなったら、擦れ違うたびにあなたは僕に視線を送るようになった。

 いや、僕が見つめる時間が長かったんだろうか。

 長く目が合うこともあった。


 でもさ、きっとあなたは気味悪がっていたんだ。僕なんかが視線を送ったって、気持ち悪い以外の感想はきっとない。

 それをあなたの女友達や男友達を通して伝えられることはなかったから被害妄想だと言うことも、もしかしたらできるのかもしれないけれど、


 あなたが我慢していた可能性の方がずっと高いんだ。


 同じ中学に入った。きっとあなたは中学受験をするだろうと思っていたから、少し嬉しかった……あなたの当時を知らないから嬉しいと思っていいのか、分からないけれど。

 だってあなたは優等生で、僕は劣等生だ。

 それは中学でも明確だった。

 僕は数学で先生に怒られて涙を流してしまうくらいに弱々しいのに、あなたは毎日のようにその先生が受け持っている部活動に励んでいた。

 国語が得意な僕が読書感想文を書いたところで賞の一つも取れないのに、あなたは二年連続で選ばれていた。


 劣等感、劣等感、劣等感。

 激しいほどの劣等感。


 釣り合いが取れないのなんて分かっていた。高嶺の花であることも分かっていた。

 でもさ、それがなんかこう、曖昧なものではなくて現実として確実にあるものとして見せつけられるとさ、


 たまらないほどに、逃げ出したくなるよね。


 あなたの視線からも逃げ出した。

 あなたが見てきても、僕は逸らすようになった。

 そうしたら、あなたも逸らすようになった。


 多分だけど、これが諦めるタイミングなんだなって。このまま視線を交わさなくなれば、あなたの悩みの種は失せて、あなたは解放されて、僕は悩むけれど、あなたの心はスッとする。


 そうだよ。それが一番なのだ。あなたが悩んでいることが僕にとっては一番の苦しさで、あなたが悩まなくなったなら、僕が抱える悩みなんてどうだっていい。


 そう、どうだっていい。

 どうだっていい。


 消えてしまっても構わない。あなたの前からいなくなる。それがきっと幸いなのだと。


 僕は平々凡々には頑張っていたつもりだけど、それでも成績が伸び悩んで、塾通いが始まった。そこにはクラスメイトが沢山いて、高校受験の追い込みにみんなが全力を賭していた。


 なんでだろう。

 僕はその景色がとても苦痛だった。苦痛というかなんというか、虚しかった。


 だってさ、僕は僕なりに一生懸命に勉強してきたつもりだったんだ。

 なのに、

 僕の知らないところでクラスメイトはこんな風に勉強していたんだなって。

 そう思ったら僕の存在ってたまらないくらいに滑稽で、僕の学力も自分で笑えてくるくらいにボロボロで。


 なんとなく、

 なんとなくで選んだ高校の受験に合格して、なんとなく友達と喜んだ。あなたの結果がどうだったのかは知らないけれど。


 中学の卒業式。きっとあなたに話しかける最後のチャンスだ。

 そう、最後のチャンスなのだと自分に言い聞かせた。


 なのに僕は、最後のチャンスすら無下にした。

 帰り道、僕はあなたのずっと後ろを歩いていた。


 偶然だ。帰るタイミングが重なっただけ。本当の本当に、帰るタイミングが重なっただけだった。


 でも、

 それは、凄まじいくらいの気味悪くて、さながらストーカーで、いやストーカーに間違いなくて、


 僕はなんて惨めな人間なんだろうと、足元を見て歩いていた。


 あなたは前を向いて歩いていたのかどうか知らないけれど。


 僕の家をあなたが知っているように、あなたの家も僕は知っていた。中学校になってから、あなたの家の前を通るのが帰り道の一つになっていて、友達と一緒に帰る際にはその道をよく使っていた。

 卒業式のときに、その道を使う理由なんてどこにもなかったんだけど、最後のチャンスに期待していたんだろう。無下にしたけど。


 あなたは自分の家の玄関で、僕のことを見つめていた。もしかしたら玄関の扉が開くそのときまで、ただただ待っていただけに過ぎなくて、僕になんて視線の一つも向けていなかったのかもしれないけれど、

 僕はその道を通るときに、ずっと視線を感じていたんだ。


 なにかを言えばいい。なにかを言えば、楽になる。


 なのに僕は、そのまま通り過ぎた。なんにも言わずに、通り過ぎた。


 ああ、本当に僕は駄目な人間だ。

 そう思ったけれど、


 話しかけてこないクセに目線だけ合わせてきて、偶然だったけどストーカーみたいに後ろをトボトボと歩く男のことなんて、あなたが好きになるわけがない。

 全部、妄想だ。

 くだらないほどに、崩壊した妄想だ。


 だから、妄想には従えない。そう言い聞かせた。

 ただ自己防衛だ。怖がっただけだ。

 あなたに素直にその口から「嫌い」と言われたら、立ち直れなかったから、有耶無耶な方がいいと手前勝手に思ったからだ。


 この頃から夢に悩まされるようになった。

 夢の中であなたが微笑んでくる。

 そんな風に微笑んでくれたことなんて、もう何年も前のことなのに。


 忘れよう、忘れよう、忘れよう。

 忘れたい、忘れたい、忘れたい。


 なのに、なんであなたは夢に出てくるのか。

 忘れたいのに、記憶の片隅からフッと湧いて出てくる。


 僕とあなたはそんなにも親密な関係でもなかったはずなのに、

 夢の中のあなたはずっと優しくて、目を覚ますたびに全て夢だったのだと現実を突きつけられて気が狂いそうになった。


 高校生になって、スマホを新しくした。

 高校生活は、まぁ、特になんにもなくて、新しくしたスマホで色んなゲームを遊んだ。まぁ、課金なんかも少しばかりはしたけれど、それで得られるリターンが少なかったからあんまり熱心にはやらなかった。

 それよりも据え置きのゲームや携帯ゲーム機に夢中になった。ひょっとしたら小学生や中学生の頃より夢中だったかもしれない。世界には色んなゲームがあって、色んな世界が広がっている。眩暈を覚えるほどに、色んな世界観があって、色んな物語性があって、人間性があった。


 小説も読み始めた。ライトノベルだけど。

 現実ではない創作の世界に夢中になった。実を言うと小学生の頃から、あれやこれやと書き続けていた。拙い文章で、なんとなくの勢いで、続きを書く気力が尽きて最後まで書き上げた作品なんて一つもなかったのに。

 一杯書いて、一杯書いて、一杯その世界に耽った。本を読んで、物語を書いて、アニメや漫画やゲームに刺激されたら、また物語を書いて、


 それの繰り返し。その繰り返しで、僕は出来ていった。


 賞には何回か送ったんだけど、やっぱり駄目だったよね。根暗な僕が書く作品は、情緒の欠片もない。情景すら作者の僕以外、思い浮かばない。

 でも、それが楽しかった。自分の物語で、自分のキャラクターが、頭の中で動いている、喋っている。


 こんなに楽しいことが他にあるのかと。


 ひたすらに、ただひたすらに物書きに耽った。人間性が欠けていったけど。

 いや、人間としてはまともだったけど真面目じゃなくなった。物書きばかりに熱中して、勉強に付いて行けなくなった。なのに、勉強しようともせず宿題すらまともに手を付けなくなった。俗に言う落第生である。最近の言葉で言えば真面目系クズ。真面目そうなのに勉強ができないし、人間関係は壊れているし、バイトもせずに家でぐうたらしている。熱中していることは未来に繋がりそうもない物書きと読書だけ。


 いつになったら真面目になるのか分からない。両親にすら呆れられた。


 だから、どんどんと反発するようになった。


 世間を斜めに見て、

 大人を見下して、

 未成年の特権を利用して、


 ほら、世界ってこんなもんなんだよ。


 そんな風に考え込んで、こんな世界よりも自分の作り上げた世界の方が面白いに決まっている。そう決め付けて、なにもかもシャットアウトして、抱え込んでいた全てが零れ落ちていた。


 特別じゃない。僕は、どこにでもいる普通の人間なのだ。

 手遅れになった頃に僕は自分自身をそう思うようになった。


 なんの変哲もない人生なのだ。こんな人間は他にも幾らでもいる。幻想の世界に惹かれて、自分なりに物語を書き始めた人なんて、それこそ幾らでも。


 普遍的な人間だった。人間関係と学力は終わっているけれど。相変わらず、夢に悩まされ続けているけれど。


 ひょっとすると、現実逃避だったのかもしれない。

 あなたとの初恋が忘れられない現実が苦しいから、物書きに心頭してしまったのかもしれない。いや、別にあなたのせいにしているわけではないけれど。


 終わっている学力で勉強を始めても、どうにもならない。


 実を言うと、終わっている学力でも、割とどうにかなるくらいには世の中の大学の門戸は広いのだけれど。でも、その門戸の広い大学に入っても、社会に出るときの自らの実績になり得ない。


 だから、僕なりに勉強して、馬鹿なりに勉強して、なんかどうせ駄目だろうなと思いながらも大学受験に及んだ。


 共通テスト。昔はセンター試験と呼んでいたらしい。なにが変わったのかさっぱり分からないけど、まぁ、なんか変わったんだろう。出題傾向とかかな? 知らないけど。


 その共通テストの結果は散々で、まぁ当たり前だよなーとか思いながら帰り支度をして、あーやっと解放されたなんて思いながら僕は帰路に着いた。


 何事も経験だと思ったし、将来、ここでの経験を文章にする機会があるかもしれない。そんな程度の、軽い気持ちで受けた。親の金が使われているのに、本当に暢気なものだ。真面目に見えて学力が終わっているから、自分のために親がどれくらい苦心しているかも分かっていなかったのかもしれない。


 帰り道、駅へと向かうその後ろには沢山の受験生がいて、ああだこうだと問題や解答について語り合っていたけれど、私鉄利用者は少なかった。乗車賃が高いからなのか、それとも最寄り駅ではないからか。どちらにしても都合が悪い人の方が多かったのだろう。


 駅に着く頃には気付いていた。


 あなたは僕の後ろを歩いていた。


 あなたのことは片時も忘れたことはない。見間違えるはずもない。あなたと僕は改札口を抜けて、駅のホームで電車を待った。


 どれぐらい待っただろう。極めて短い時間だったかもしれないし、ちょっと長い時間だったかもしれない。でもそのときに僕は言い表すことのできないほどの感情が渦巻いていた。


 話しかけるべきなのだろうか。

 僕のことを忘れているのなら、忘れたままであった方がよくて、話しかけて思い出してしまったらきっと、きっと受験に響く。


 そう、話しかけないのが幸いなのだ。


 電車が駅のホームに滑り込んでくる。けたたましい音を奏でながらドアが開き、同じ車両に乗る。二人、同じ方向を眺め、発進した電車は揺れる。

 なんで、隣で立っているのだろう。ああそうか、ドアが近いからか。降りるときにドアが近い方がいいもんな。

 それこそ想い出に苦しまないように努めた。彼女のことを考えないように、書いていた途中の物語のことだけを考えた。なんの自慢にもならないし、他人にとってはなんの価値もない様々な物語の、その結末を思い出しながら思い描きながら、やっぱり文章を書くのは楽しいななんて思っていたら電車は駅に停車した。

 あなたは僕より先に降りて、僕はあなたを追うように降りて、なにかこう微妙な距離感のまま改札口を抜けた。


 ああ、なんで僕はこんなにも悩んでいるのだろう。

 なんでこんなにも苦しいのだろう。


 あなたのことを考えるだけで、信じられないほどに胸が苦しく、そして感情が抑え切れない。


 声を掛ける。

 たったそれだけのことがどうしてできないのか。

 本当の本当に、自分というものが分からなくなる。


 スマホゲームの2%や4%、3%や6%のガチャには可能性を見出して10連分しかなくても挑戦するクセに、現実の数%の恋の可能性には飛び込みもしない。0%だと思い詰めて、手すら伸ばさない。


 傷付くのが怖いから。スマホゲームなら、出なくて傷付いても放り出すことができるから。現実は傷付いても放り出すことができないから。


 でも、

 怯えなくていいじゃないか。

 僕は妄想の世界の住人だ。妄想の世界でしか生きられない。

 それぐらい、沢山の世界を書いてきた。全部、自己満足だけど。


 前向きな主人公も書いた。全部、根暗な僕の想像に過ぎないけれど。


 現実に傷付いたなら、妄想に逃げ込もう。だって高校に入学してからずっと僕はそうして来たじゃないか。


「待って!」


 裏返った声が、響く。

 時が止まったような気がした。その場にいた全員が僕の方に視線を向けて、一瞬の内にそれらの視線が外れていく。


 あなたは立ち止まって、振り返って、僕に近付いてくる。


「ずっと待ってた」

 あなたは頭を、おでこを、僕の胸元に押し付けながら呟く。

「あのときも、あのときも、あのときも、ずっと、ずっと待ってた!」

 あなたは僕に訴えてくる。

「なんで今になって」

 あなたは僕を恨むように言う。

「私のことを無視し続けてきたのに……!」

 あなたは苦しそうに僕に言う。

「なんで今日は、無視しなかったの……? そうしてきたから、きっと、そうなんだろうな、って」


 分からない。

 多分、自棄になっていた。

 ガチャがどうとか考えていた。

 冷静になればなるほど、その思考回路が信じられないほど現実的じゃないことだと実感してくる。


「逃げないでよ?」

 なにを言っているのか分からない。

「もう、逃げたりしないでしょ?」


 どうだろう。僕は真面目に見えてクズだし、人間関係は壊れているし学力終わっているし。根暗で陰気で、よく辛いことから逃げ出すし。妄想の中でしか生きられないとか思っているし。


 でも、どこにでもいる普通の人ではある。


「多分」

 男らしくない言葉が出た。いや、ひょっとするともっと男らしくない言葉を吐いたかもしれない。そのとき、なんという返事をしたのか僕は憶えていない。


 でもその日の内に僕はあなたとスマホで連絡先を交換し、なんならその日までインストールすらしていなかったトークアプリをインストールして、そっちの登録も交換も終わらせていた。


 なんとなく現実に戻れたのは家に帰って、母親の作った晩御飯を食べて、自室で横になってからだ。


 あなたは僕に散々な愚痴を書き殴った。昔の僕が憶えていないようなことが羅列されていって、変な声が出そうになったほどだ。


 けれど僕はあなたに未だに聞けていないし、あなたも僕に聞いていないことがある。


 視線を送っていた僕のことをあなたはどう思っていたのか、あなたが向けていた視線を僕がどう思っていたのか。


 きっと、僕もあなたもまだ怖れている。


 あの奇妙な目線の重ね合いは、どう考えても異常だったから。

 互いに互いが、どう思われていたんだろうと怯えている。


 聞く時ではないんだろう。


 聞くべき時が来るのかも分からないけれど、


 今はとりあえず、


 そう、とりあえず、


 この関係で満足している。


 満足したせいで、大学入試は散々だったし、なんなら就職活動も酷い有様だったけど、


 あなたはなんでか知らないけど僕に見切りを付けることもなく、


 今日も僕を見つめ続けてくれている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ