2.「誰とでも結婚できる券」、華麗にゲットですわ!
さて、翌日の夜。
予定通り、豪奢なシャンデリアが燦然と輝く大広間に貴族たちが集まってきた。
頃合いを見て、国王夫妻、王太子と王女、王太后ら国王一家が登壇する。
国王は集まった数百名ほどの貴族たちを見渡して、ほっとした。
ジュスティーヌもカタリナもジュリエットも来ている。
これなら、アルフォンスが誰を選んでも大丈夫だ。
国王が「今年は一風変わったものも入れておるので楽しみにしてほしい」となにやらほのめかしつつ簡単なスピーチをし、侍従の合図でかぼちゃ探しが始まった。
「アルフォンス、このあたりもちゃんと探してみなさい。
案外、手近に隠してあるかもしれん」
国王は、席を立ったアルフォンスに声をかけた。
そのへんとかそのへんとか、とアルフォンスの椅子の下を指す。
アルフォンスは素直に椅子の下を覗き込んだ。
「さすがに、こんなところにはありませんよ」
アルフォンスは笑いながら、妹達に手を貸して壇を降り、婚約者達に引き渡す。
「ほへ!?」
国王は慌てて椅子の下を覗き込んだ。
確かに、なにもない。
もしかして、手分けしてかぼちゃを隠した従僕達が、別の場所に移したのか。
「ま、まずい。
儂の『誰とでも結婚できる券』がががが……!」
国王の背中を冷や汗が伝った。
「あなた、なんですの?」
王妃がいぶかしげに首を傾げる。
早くもうつらうつらと船を漕いでいる王太后に聴こえぬよう、国王は王妃に身を寄せて声を潜めた。
「いや、アルフォンスが煮え切らんので、『誰とでも結婚できる券』を作って、かぼちゃに入れ、あれの椅子の下に置いておいたんだが、見当たらんのだ」
は?と王妃はのけぞった。
「子供の『肩たたき券』じゃあるまいに、どうしてそんなことを!
結婚は、あの子のタイミングに任せればよいと、申し上げたではないですか」
「いやいやいやいや、もうとっくに婚約内定して約定書の取り決めが終わっていないといけない時期ではないか。
それに、シャラントンとサン・ラザールをいつまでも待たせるわけにはいかん!
このままでは、うちからの話を待っているうちに、ジュスティーヌもカタリナも適齢期を過ぎてしまうではないか」
「でも、あなた」
国王夫妻が小声で揉めているうちにも、王子王女、未婚の若手貴族が散りながら、かぼちゃを探している。
既婚者達は、のんびりご歓談タイムだ。
「まままままずい!
王太子妃にふさわしくないような令嬢があの券を手に入れてしまうかもしれん!」
アルフォンスは気が優しすぎるところはあるが、大陸の皇族王族の間でもベスト3入りは確定のイケメン王太子なのだ。
将来の王妃となるには家格や品格が足りずとも、全力で王太子妃の座をゲットしに突っ込んでくる令嬢がいてもおかしくはない。
「でも、国王が署名したものを、そうそう取り消すわけには……」
あうあうしている国王夫妻をよそに、あちこちで「あったぞ!」「ありましたわ!」と歓声が上がり始めた。
「せめて、空気を読んでくれる者が拾ってくれ!
あとは婚約者に改めてプロポーズし直すハートウォーミング展開とか!」
全力で国王は祈る。
なんなら王妃も祈った。
だが──
「なにこれ、『誰とでも結婚できる』って、どういうこと?」
「え、わたくしのもよ!」
「私のもだ。陛下の署名がある!」
「なにそれ? わたくしのは王室印のミニミニどら焼きよ」
ざわめきが徐々に広がって、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
国王はあっけにとられた。
自分が作ったのは1枚だけなのに、どういうことだ。
「キタキタキタキター!」
「祭りだ! いや、もともと祭りだが、祭りだ!祭りだ!!」
テンションぶち上がった貴公子達が、意中の令嬢を探して人混みをかき分けはじめた。
宰相ノアルスイユの次男、そして騎士団長サン・フォンの三男が、声高にジュリエットの名を呼びはじめ、すぐに、お互いに気づいて、足の引っ張り合いをはじめる。
あっちでもこっちでも求婚が始まって、大騒ぎだ。
「『誰とでも結婚できる券』、華麗にゲットですわ!」
混乱の中、つかつかとカタリナが進み出てくると、高々とカードを掲げた。
そのまま、アルフォンスをびしいっと指差す。
「王太子アルフォンス殿下!
そろそろ観念して、わたくしと結婚しなさい!」
「「「「「は!?」」」」」
あまりに雄々しすぎる、上から目線のプロポーズに、皆、腰を抜かす。
母親のサン・ラザール公爵夫人がくらくらっとよろめいて、慌てて公爵が抱きとめた。
「え? え? え?」
アルフォンスは、挙動不審に視線を泳がせて後ずさりする。
構わず、ずいずいとアルフォンスに迫るカタリナの行く手を、ひょろりとした貴公子が阻んだ。
アッシャー辺境伯の跡取り、エルンスト・アッシャー子爵だ。
「レレレレレディ、カタリナ。
ちょちょちょちょ、ちょっと、お待ちくだ……さい!」
通称「沼の貴公子」。
辺境伯家は歴史ある名家だが、領地は沼地が多く、開発がなかなか進まない上、水生昆虫に媒介された風土病に苦しめられ、魔獣も跳梁跋扈しがちな僻地。
領地こそ広大だが、繁栄しているとは言い難い。
領のイメージがあまり良くない上、当人も、鼻先まで伸びた、見ているだけで鬱陶しくなる暗緑色の髪や、いつも自信なさげな内気な態度。
大貴族の嫡男なのに、妙なあだ名をつけられてしまった貴公子だ。
良家とはいえ、嫁ぎたがる令嬢がなかなか見つからないのか、たしかもう24歳なのに婚約もしていない。
とはいえ、刻苦勉励して土木工学を修めた彼は、沼地の一部の土地改良に成功し、今後、領は発展していくのではないかと言われているが──
「わわわわたしも、そのカードを見つけました。
わ、わたしと! けけけけ結婚!してください!」
「はぁ!? なんですのいきなり!」
渾身のプロポーズを邪魔されたカタリナが片眉を上げる。
エルンストは、がくがく震えながらもカタリナの前で片膝を突いた。