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1.国王の懊悩

 とある大陸の隅っこにある、小さな王国。

 晩秋のある夜、豪奢な国王夫妻の寝室で、モブ顔の国王フェルナンドはまんじりともせずに天蓋を見つめていた。

 隣では、大陸一の美姫と謳われる王妃クリスティーヌがすやぁと眠っている。


「それにしても、アルフォンスはなにを考えとるんじゃろうか」


 思うのは、今年18歳になる長男にして唯一の男子、王太子アルフォンスの結婚問題である。

 この近辺の国々では、世継ぎの王子はだいたい18歳で将来の王妃となる女性と婚約、20歳で結婚というのが通例である。

 フェルナンド自身も、18歳で2歳下の隣国の王女クリスティーヌと婚約し、20歳で結婚した。

 アルフォンスの姉である王女2人は既に嫁ぎ、妹である2人の王女だって、もう婚約している。


 だが、アルフォンスはいまだに婚約が決まっていない。


 まだ18歳になってはいないとはいえ、王太子の婚約といえば、あれやこれやと準備が必要だ。

 フェルナンドとクリスティーヌが将来の結婚相手の選定に入ったのはだいたい10歳の頃。

 15歳の頃にはだいぶ絞り込まれてほぼ内定となり、互いに訪問を重ねた上で婚約となったのだ。

 もう内々には決まっていないといけない。


 王族や上位貴族の家に生まれたら、生まれた瞬間、目には見えないイス取りゲームに参加させられているようなものだ。

 家系、政治・軍事的なパワーバランス、経済的な利益、文化的な要因。

 それら諸々の条件から、より有利なカードを持つ者からどんどん結婚が決まってゆき、遅れをとればとるほど苦しくなる。


 なのに、アルフォンスは近隣国の王女たちの姿絵をろくに見ようともせず、では国内の令嬢達に想い人でもいるのかと訊ねてもだんまりだ。

 もしや女性はダメというパターンなのか?と、アルフォンスの身近に仕える者や仲の良い貴公子達に遠回しに訊ねてみると、それは違いますという答えが遠回しに返ってくる。

 本人も、結婚しなければならないことは重々認識しているようなのだが、なのに暖簾に腕押し、糠に釘なのだ。


「やっぱり、あのピンク髪なんかのぅ……」


 フェルナンドは深々とため息をついた。


 社交界では、もしアルフォンスが国内から娶るのなら、シャラントン公爵令嬢ジュスティーヌ、サン・ラザール公爵令嬢カタリナのどちらかだろうという雰囲気があった。

 両家とも、令嬢への縁談は探していない様子で、王家からの話を待っていると見られている。


 ジュスティーヌは銀髪紫眼のクール系美少女。

 感情の波をあまり見せない、物静かな性格だ。

 魔法属性は火のみだが魔力は多く、ファイア・ボールを磨きに磨いて、無数の火球を放って同時コントロールしたり、直径数メートルに及ぶ大火球を作り出したりする。

 魔獣討伐にも熱心に参加していて、火力・継戦能力ともに抜きん出た、立派な戦力だ。


 カタリナは金髪碧眼の華やかな美少女。

 こちらは気が強く、言いたいことをズケズケと言うこともあるが、どこか憎めないところがあり、人が集まるタイプだ。

 魔法属性は火水風の3つ。

 高度な複合魔法も自在に打つ器用さはあるが、魔獣討伐のような荒事は令嬢がすべきことではないと、ほぼ出てこない。

 ま、野山を移動しながら天幕生活をするのが厭なのだろうと国王は見ているが。


 そこに割って入ったのが、ピンク髪蒼眼のジュリエット・フォルトレス男爵令嬢だ。

 アルフォンスと友人たちが旅先で不意に魔獣に襲われたのを光魔法で助け、それをきっかけに王都に出てきた天真爛漫な田舎娘。

 今は、宰相ノアルスイユ侯爵家に居候して、あちこちに顔を出している。

 アルフォンスは、活発なジュリエットが気に入ったらしく、あれやこれやと世話を焼いているのだ。

 ちなみにカタリナはジュリエットをガン無視しているが、ジュスティーヌは魔獣討伐で一緒になったことから仲良くなり、ジュリエットが乗馬を教え、ジュスティーヌがダンスやマナーを教えたりしているそうだ。


 本来であれば、男爵家の娘が王太子妃候補に上がることはない。

 しかし、希少な光魔法の遣い手というのは大きい。

 ノアルスイユ侯爵が本気で後ろ盾となるのなら、ジュリエットが王太子妃となることはギリギリありえる。

 だが、ジュリエットを聖女にしたがっている神殿との交渉やら、他の大貴族への根回しやらなんやら、相当面倒ではある。

 気が優しく、我を通そうとすることがめったにないアルフォンスのこと、本当はジュリエットが本命なのになかなか言い出せないのではないか。


 国王フェルナンドはもう一度寝返りを打ち、強いて眼を閉じた。


 明日は冬至。

 無事に冬を過ごせるように願う「冬越しの祭り」がある。

 手のひらに乗るくらいの小さなかぼちゃをくり抜いて中に菓子を入れ、あちこちに隠して子どもたちに探させる祭りだ。

 庶民は家族や親戚同士で祝うが、王家の場合は主だった貴族達を招き、未婚の王族・貴族にかぼちゃを探させるかたちで行う。

 既に婚約している者も参加できるが、要は舞踏会と書いて集団見合いのおまけバージョンだ。

 実際、イベントが終わったらそのまま舞踏会も行う。

 祭りのメインイベントは夜とはいえ、朝から諸々予定が入っているので、早く眠らなければならないのだが──


 不意に国王は、がばっと跳ね起きた。


 王宮の「冬越しの祭り」では、菓子だけでなく魔石のかけらや小さな細工物をかぼちゃに入れたりする。

 ならば、自分の署名が入った「誰とでも結婚できる券」をかぼちゃに入れ、それをアルフォンスに見つけさせれば、いかにもだもだ王太子といえどふんぎりをつけてくれるのではないか。

 さっさと決めてくれるのなら、こっちはジュリエットでもジュスティーヌでもカタリナでもいいのだ。


 国王はそーっと寝床を抜け出すと、書き物机を漁った。

 白紙のカードを見つけると、手早く書き込む。


「この券を見つけた者は、誰とでも結婚できる


      国王フェルナンド」


 そして、衛兵の眼を盗んで厨房に潜り込むと、くり抜かれたかぼちゃを一つ失敬して、イベントと舞踏会が行われる大広間に入った。

 既に王族用の壇も設営され、国王夫妻を中心に、アルフォンスや妹王女達、王太后が座る椅子も並んでいる。

 アルフォンスが座る椅子の下の桟、なるべく外から見えない位置にかぼちゃを仕込むと、にまにま顔でフェルナンドは寝床に戻り、今度こそすぴーと眠り落ちた。


 だが、そのすぐ後──


 だだっ広い王宮を、あてどなくうろついていた老女が大広間に入ってきた。

 国王の母親、王太后だ。

 美男だったがちゃらんぽらんだった先代国王の代わりに、実質的な摂政として長年国を動かしてきた女傑だが、引退して20年、まだらボケが進みつつある。

 最近は昼夜逆転気味で、夜中に王宮内をうろうろする癖がついてしまっていた。

 下手に声をかけると暴れることもあるので、庭園の池など危険なところに近づかない限りは、衛兵達も遠くから見守ることになっているのだが──


 王太后は、大広間に入ると王族用の壇に上がり、かつては自分が座っていた王妃の席に腰をかけた。

 茫洋とした眼で、薄暗い、がらんとした大広間を見渡す。

 その眼は、無人の大広間を見ているのか、それとも着飾った貴族たちでいっぱいの華やかな大広間の幻影を見ているのか、定かではない。


 ふとその眼が、かぼちゃの柄を織りだしたタピストリーに止まった。

 冬越しの祭りの時にだけかけられるものだ。


「ああ、祭りなのだね。

 かぼちゃは、ちゃんと用意したのかしら」


 もともと、庶民の祭りを王宮のイベントとして取り入れたのは、この王太后の発案だった。

 その記憶が蘇ってきたのか、さきほどよりもしっかりした眼で、王太后はあたりを見回した。

 手をチョキの形にし、両肘を張って目元を人差し指と中指で挟むようにびゃっと手をあてがうと、その眼が炯々と光りはじめる。

 索敵によく使われる、中距離透視魔法「サーチ&デストロイ」だ。


 巨大な暖炉。

 極東で造られ、はるばる運ばれてきた豪奢な大花瓶の中。

 壁の向こうのサロンや夜食を提供するダイニング、若い貴族たちが舞踏会を抜け出して恋をささやきあうのがお約束となっている広々としたバルコニー。


 広間の中にも、周辺にも、かぼちゃは見当たらないようだ。

 念の為、手近なところも視てみると、王太子の席の下にひとつだけかぼちゃがある。


「こんなところに、ひとつだけ?」


 両腕を下ろした王太后は気に入らぬげに小さく鼻を鳴らすと、かぼちゃを手のひらに載せて、小さく呪文を唱え始めた。

 ぽむっと煙が立って、かぼちゃが2つになる。

 複製魔法だ。

 最高難易度の魔法の一つだが、全属性持ちのチート王太后にはそれほど負担でもない。


「たくさんたくさん、かぼちゃをたくさん」


 嘘歌を歌ううちに、あっという間に小さなかぼちゃがぽこぽこ増えてしまった。

 王太后は幾度もかぼちゃを増殖させながら、広間のあちこち、そして広間に続くサロンやダイニング、バルコニーに隠していった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 皇太后様なにやってんですか(;'∀') こいつぁ当日大波乱の予感しかしない!!
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