その一等星の望むもの(2)
王城にあるこの場所には本はもちろんだが、記録のスペシャリストがいる。フォーマルハウトの王子権限をフルに使って目的の人物を訪ねた。
「ダータス。すまないが聞きたいことがあるんだ。」
「はいはい、今日も無能力者関係ですかな?」
腰の曲がった好々爺が俺に会釈をし、気安い態度で王子に言葉を投げかける。
「いや、今日は異世界語録の方だ。フォレストって単語、知ってるか?」
ダータスは長い眉毛の下の目を数回瞬かせてから少し黙った。
「いいえ、異世界関連では該当の単語は存在しませんな。…ただ、住民登録と屋号についての申請が最近ありましてな…。」
「そうか、礼を言う。」
「おやおや、まだその書類に目を通してもいないのに。それにそのフォレストは異世界関連ではないのに、よろしいのですかな?」
「あぁ。その書類はどこにある?あぁ、いい。自分たちで探す。」
「では、えー。どこだったかな?」
ダータスはちらりと隣の女性に視線を移すと「Gの3の棚ですよ。」と愛想のいい返答が返ってきた。どうやら内容は全て覚えていても原本の管理は管轄外らしい。
2人で礼を言って目的の書類を抜き出した。
「随分と処理が早いな。」
本来、新しい戸籍は更新分も含め1年は登録場所での保管となる。1月前の書類なら尚更、まるで隠しているかのような処理の速さに眉をひそめていると、フォーマルハウトがその原因を突き止めた。
「元貴族か…。プラスティラス家から除籍されてる。」
貴族でスキル持ちでない者は数十年ほど前までは一族の恥とされ軟禁されたりあらゆる手段で始末されたりは珍しくなかった。もちろん公にはしないが、どこの家でもやっている事だった。けれど近年ではそんな悪習も廃れたはず。過去、異世界人の英雄が功績として望んだ奴隷禁止法から国内で人の価値が尊重され始めたのだ。けれど、まだ若いフォーマルハウトは知らなかった。ヒエラルキーというものの恐ろしさを。それに愉悦を感じる者がいる限り、決してなくなりはしない悪習を。
「きちんとした手続きをされている。ご丁寧に教会で離別の契約までされているな。」
「離別の契約?」
「意図的な再会を禁じる契約だよ。違反すると違反者の名前がリストに上がって騎士団へ通報される。」
「お前、なんでそんな事知ってるんだよ。」
「ストーカー被害に参ってた時色々調べた。」
俺はフォーマルハウトの呆れた表情を無視して古語の辞書を別の棚から引っ張り出してページをめくっていく。
「イヴァリスだろ?無能力者だからってだけで冷遇されていたとは思えないよな。」
「…あぁ。」
「でも本人はその名前気に入ってるんだってさ。分相応だし、地に足がついてる感じがいいってさ。」
「は…っ、はははっ」
あぁ、もう完全に君だ。
正直に言えば朝に話を聞いた時から期待はしていたんだ。ここへの道すがら聞いた少女の話を聞けば聞くほど確信に変わって行って、でも裏切られたくなくて喜べなかった。
「八月生まれだから葉月って名前。安直でしょ?でもキラキラネームよりはいいかなって。それに、地に足の着いた感じだし。おばあちゃんになっても使いやすいでしょ?」
もう顔も、声すらもおぼろげな葉月の事を思いだす。話したことや好きだと思った仕草は思い出せるのに、レグルスの海馬には蓄積されていない記憶。もう夢でしか会えない君に焦がれなくていいと思うと泣きそうになった。
死後、転生前に会った神様に願ったことは一つだけ。来世も葉月と同じ世界に生かしてください、だった。そして親友を協力者に得て、数年。中々見つからない現状に不安を覚えた。もしかしてまだ生まれていないのでは?それとも介護が必要なほど高齢故、無能力者として名が上がらないのでは?もしや人ですらなかったらどうすればいい?
まだ国内でも王都周辺しか探していない。焦るには早すぎる。けれど王都はほぼ探し終えていた。そしてやってきた吉報に安堵すると同時にひどく腹が立った。
「この古臭い価値観の子爵が自分の娘を隠していなければもっと早く見つけ出せていたよな」
「……。」
フォーマルハウトに心中を言い当てられて黙り込む。12歳ならとっくに情報は開示されているはずだ。本来スキルチェックが行われたら国が保管する個人情報が更新される。平民も貴族も関係ない決まりだ。にもかかわらず、イヴリースの情報は更新されていなかった。金でも握らせて情報をその場で消したなら、情報改ざんの罪になりかねない。
「お前が遠征行ってる間に済ませておくよ。気合入れて行ってこい。」
「マジか…。……マジかぁ。」