自制心の重要性
小さな執事見習い・アリエル視点
「思っている以上にヤバくない?この家。クズばっかじゃん」
「アリエル、そういうことは心に止めなさい。沈黙こそ使用人の必須技能だと何度も言ったでしょう」
「はい先生」
この屋敷に来て数日。ここは平民が想像する嫌な貴族を絵にかいたような場所だった。家族愛がない。フェリチータお嬢様の舞踏会仮デビューが最悪の形で終わったその日から、この家は錆びた歯車のようにギシギシだ。
僕は先生に言われてこの家で行儀見習いとスキルのコントロール習得に励んでいる。と言っても今は先生のあとについて歩き、家令の仕事がどんなものかを見ているだけ。時々スキルを使って声を出さないで会話をしたりするが、それにもルールがあった。会話をしているとばれない様にする。これだけだけど、どうしても話しかけられたらそっちを見てしまったり、作業の手を不自然に止めてしまったり。反応しないというのは思った以上に難しい。でも結構楽しかったりする。内緒話というのが楽しいと僕はこの時初めて知った。
子爵一家の中で一番接する機会が多いのは旦那様だ。この人は使用人や領民の話からも、真面目な人というのは分かる。何かの功績をたてたとか、領民の生活が潤う様な政策をたてたとか、そういう事は一切ない。普通の真面目な人。それがこの家の当主エドモンド・プラスティラス。いつもため息ばかりのその人は、イヴ様を食い扶持減らしのように森へ捨てたことをどう思っているのだろうか。
僕は自分のスキルのコントロールが上手くできる様になったら彼の頭の中を覗けるのではないかと先生に聞いたら返ってきた言葉は否だった。
「確かにアリエルの精神感応は私の上位互換です。私に出来ない事も出来る様になるでしょう。ですが、同スキルを持っていない相手の考えを受け取るのは訓練を受けても簡単な事ではありません。素質があっても断念する人が多い」
「先生は出来ますか?」
「いいえ。そもそも私の精神感応は発信専門なので、相手に同スキルがないと会話は成り立ちません。今日は仕事の後、その件について授業しましょう」
僕は心の中で大いに喜んだ。ここにきてスキルの勉強は実戦で習得するスタイルだった。仕事の後の勉強はいつも教養やマナーばっかり。お陰で文字が読めるようになったのは便利だけど、正直スキルの話の方が楽しかった。
まだ社交シーズンに入る前、子爵家の領地で行ったスキル診断で僕は上から2番目の精神感応Bの診断を受けた。ちなみに先生はC。BとCの大きな違いは相手の意思を受け取れるか否か。ちなみにDは人間以外の生き物へ発信出来ないらしい。ランクの壁は大きいっぽい。
「では、同スキルを持たない相手の意思を受信するのがどうして難しいのか。それは単純に、人の思考が複雑だからです。伝えたい言葉を選んで発する言語と違って、言語にすら変換されていない情報を全て受け取ってはこちらがパンクしてしまいます。分かりますか?」
「なんとなく。じゃあこっちが相手が伝えたいことを選んで聞き取らないといけないってこと?」
「その通りです。その前に、受信したい相手に集中するのが先ですね。手当たり次第に受け取ったら倒れます。その為、相手にまず話しかけて、こちらに意識を向けさせてから伝えたい情報を絞らせるという手順が必要になります」
「だから旦那様の頭の中かすめ取るのは無理なんだ…」
「かすめ取る、という表現は控えましょう。窺うですね」
「はい、先生」
先生から言われてとり始めメモに今回の勉強内容も書き込んでいく。これで忘れても見返せるし、文字の練習にもなる。先生の下に着くようになって、大人は1つの行動でいくつもの得を得る様に動く事を学んだ。
また、時に先生は理不尽な事を言う。
「若いうちの苦労は買ってでもしろという言葉があります」
その言葉を聞いた時、苦労は何歳だってしたくないと思ったが、数日後に納得できることがあった。
「前に勤めていたお屋敷はあんなめちゃくちゃなお子様いなかったから戻りたいわ。嫌がらせが目的の相手の対処法なんて知らないもの。みんなよく平気でいられるわね」
そうお嬢様からものを投げつけられて腕に痣をつくったメイドが言っていた。先生の言っていたことがほんの少しわかった気がした。
確かに、スラムで冬を越すのと比べれば奥様とお嬢様がヒステリーなくらい大したことはないもんな。
それでも、この不愉快な奴らがイヴ様を虐げていた事実は変わらない。そんな奴らに頭を下げて仕えるのは今までのどんなつらい記憶と比べても、屈辱的だった。
「これも買ってでもするべき苦労か……」
首都を覆う曇天はイヴ様のいる森にまでつながって、同じように雪を降らせているのだろう。僕は以前あの森で話にでていたソリをひきずりながら、暖炉の薪を運んで行く。
フォレストの魔女という言葉が噂で広まっている。その噂を耳にしてから旦那様とグランツ様がじわじわと精神的に追い詰められているように感じるが、僕は知らんぷりをきめこんだ。あれだ、自業自得。




