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無邪気はいつしか邪気となる

フェリチータ視点

 レグルス様とのお話し中にやってきたお兄様と無理やりダンスを踊ってからは不満ばかりが募る舞踏会だった。帰りの馬車の中では、わたくしが一番ご機嫌斜めなはずなのに、家族全員ピリピリした空気をだすし。


 そして屋敷について開口一番、お父様が怖い顔でお母様を叱責された。


「これがお前のいう完璧な娘か」

「……も、申し訳ありません」


 お父様はこちらに視線の1つも寄越さなかったが、わたくしの事で怒っている事は理解が出来た。深いため息を吐いてご自分の部屋に戻られるお父様を見送ってからわたくしはお母様に疑問を投げかける。


「何故お父様はお怒りなのですか?」

 

 その問いに、母は疲れ切った顔を上げないまま答えた。


「フェル、あなたマナーの授業はちゃんと受けているのでしょう。何故そんな質問が出来るの」

「だ、だってお母様。公爵家と仲良くなったらこの家の為にもなるではないですか!それに、わたくしが多少無礼を働いたってデビュー前の娘がはしゃいでしまったで済まされますし、女の愛嬌はこういう時こそ使うべきでしょう?」


 わたくしがそう言い終わるより前に、お母さまは髪飾りを引き抜いて壁に叩き付けた。


「愛嬌より先に礼儀作法を身につけなさい!!!」

「ひっ」

「常識もわきまえないならただの無礼者です!あぁ、なんでこんな事に…」


 お母様は侍女に付き添われて部屋へ行ってしまわれた。私はソファーに座って袖のボタンを外しているお兄様に近寄って慰めてもらおうと声をかけた。


「お兄様…」


 何も言ってくれない。段々腹が立ってわたくしは自分の首飾りを外して床にたたきつけた。


「どうしてあの時邪魔をしたのよ!!!」


 そうだ。あの時もう少し粘っていれば、きっとレグルス様はダンスに誘ってくれたはず。だって私はまだ子供だし、あの会場で誰より可愛かった。もっとちやほやされるべきなのに、王子様なんてこっちを一度も見なかった。

 腹の虫がおさまらない。髪飾りもイヤリングも全て外して床にたたきつけ、その場にうずくまって泣きわめいても、誰も駆け寄ってはくれない。お母様にはメイドが駆け寄ってくれたのに!!!


 しばらくして、段々泣きつかれて嗚咽しか出せなくなってきてようやくお兄様は口を開いた。


「今日の舞踏会は散々だった。馬鹿な妹は礼儀を弁えず公爵家の次男に声をかけ、その上、横の王族には挨拶もなし。流通のかなめと言っていいリンドバーグ侯爵にケンカを売るわ、オリファント殿の許可もなく名前を呼ぶわ、挙句イヴリースの話までベラベラと…」

「な、何よ!本当の事じゃない!頭のおかしい使用人の事を話題に出したくらい」

「イヴリースは正真正銘お前の姉だよ」

「……は?」


 兄はこちらを見下しながら、続けた。


「頭がおかしいのはお母様だ。実の娘が義理の母親に見た目が似てるからって魔の森へ放り投げた。この家は子殺しが支配する家なんだよ」

「何を言っているの?あんなドブネズミ、わたくしの姉なわけないじゃない」

「お前も俺も同罪だけどな。…おばあさまの肖像画を見たら一目瞭然なのに、都合の悪いことは見ないふりか。お前は正真正銘、俺の妹だよ」


 兄の目が気に入らない。イヴリースがこの家を出て行ってからあの目でわたくしを見る者が増えた。使用人の何人かがあの目をするのだ。お母様はわたくしが勉強をしたくないと主張するようになったらあの目をするようになった。お父様に関しては、こっちを見てもくれない。お父様の無関心はイヴリースをいじめていた時は都合よかったけど、あのドブネズミがいなくなったのだからもっと構ってくれてもいいのに。相変わらずいない者のように扱われている。


 こういう時、イヴリースをいじめて発散していたストレスのやり場が分からない。


 お兄様が優しくしてくれないならもう用はない。自分の部屋に駆け込んで枕を振り下ろした。


「そもそも!いじめはして良いのに勉強はしなきゃダメっておかしいでしょう!常識人ぶって!こんな家族もういらない!!いらない!いらない!いらない!いらない!!あーーーーー!!!!」


 自分の部屋に飛び込んでお母様の矛盾を大声で叫んでも鬱憤は晴れない。その時ふと、壁に飾りのように張り付いているメイドに視線が行った。


「あんた達、わたくしがこんなにひどい目に遭っているのに慰めもせずに何をしているの?ダメなメイド!イヴリースと一緒!!」


 どうすればいいか教えてやってもメイドは動かない。イヴリースがいれば頭から水をかけてやってそのまま石畳のキッチンに放り出してやるのに。


 そこまで考えて、ふと気づく。別にイヴリースである必要はないではないか。


 今は空の、洗顔用の小さい器を手に取ってメイドに向かって投げつけた。腕力が足りなくて顔には当たらなかったが腹部に突然たたきつけられた陶器の器に悲鳴が上がる。


「そもそも、レグルス様がわたくしをダンスに誘わなかったのもお前たちがわたくしをもっと可愛くしなかったせいじゃない。役立たず!!!」


 手元にあるものを手当たり次第にメイドに投げつけるとそいつらはバタバタと部屋から逃げて行った。胸がスッとする。


 スッキリしたら前向きな考えが出来る様になる。


そうよ。こんな家族、捨ててしまおう。


長男のお兄様はこの家に一生縛り付けられるが、わたくしはお嫁に行けばここから出られる。子爵家より上の家柄がいい。下位の貴族に嫁いでうだうだ腐っていったお母様みたいにはならない。


目標はおばあさまよ。おばあさまはお母様の話によると酷い女だったようだけど、お友達とのお茶会で話題に上がるおばあさまは当時のファッションリーダーだった。キラキラしていて、多少学がなくても人からは尊敬と羨望を向けられていた。


「わたくしは可愛いのだから、いくらでも幸せになれるわ!!!」


 そうと決まれば、高位の貴族にお手紙を出していこう。レグルス様は絶対譲れないけど、候補は多いに越したことない。侯爵以上じゃなきゃわたくしにふさわしくないので年齢も考慮すると人数は限られるが、明日は手紙を書いて過ごそう。


 そう決めたら眠気が襲ってきた。寝支度を整えるメイドがいない事にイラッとする。ドレスを脱がないと寝られないのに、何をしているのよ!!!


 せっかく気持ちが上向きになったの職務怠慢のメイドの所為でまたイライラしちゃう。


 ベッド横のハンドベルを乱暴に鳴らして一番最初に扉を開いたメイドに叩き付けてやる物を探して目を走らせ、わたくしはその瞬間をウキウキしながら待つのだった。


10歳でも貴族的な外交や女の見せ方は教わっていて、でも根本では10歳らしい自分の都合優先なところが出てしまう、そんな如何にも‘快楽に勝てない妖精’感をフェリチータには出したかった。

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