愚かな妖精のワルツ 2
フェリチータの序章、その2。
あと数話、森から離れた場所の冬の話が続きます。
貴族社会において暗黙の了解というのは数えきれないほど存在する。爵位が上の者に下のものが紹介者を連れずに声をかけることは無礼とされるのもその内のひとつ。時にそういった無礼をわざと働きその場の人たちに顔を覚えてもらうという手を使う者もいるが、いわゆる炎上商法はリスクが高い。よほど功績をたてなければ「やはり只者ではなかった」という評価は与えられない。
「ご挨拶申し上げます。わたくし、フェリチータ・プラスティラスと申します」
寄りにも寄って、王太子である我が親友が隣にいるときに声をかけてきた。腹の中の黒い感情が歪んだ笑い声を上げるが、それを隠して困った表情をつくるに止める。
「ごきげんよう。社交界は初めてのようですね」
言外にマナーの至らなさを指摘するが、全く響いていない。いや、それ以前に明らかにデビュタント前の年齢である少女が出席している事に思考を巡らせる。近年、慣らしと称してデビュタント前の子供を早めに出席させることが増えてきていた。暗黙のルールとして、主催者が身内や親交の深い仲であり、且つ子供は保護者の傍を離れない事なのだが…。
話しかけてくる相手も悪かった。主催者との仲がどれだけよかろうが、絶縁もやむなしの無礼である。ため息を飲み込む俺をしり目にフォルは黙ってワインに口をつけていた。笑いを隠しているのがバレバレだ。
「ええ、わたくし初めての舞踏会で、まさかこんなに素敵な人がいらっしゃるなんて夢の様で…!あの、ですから、……ね?」
「……」
首を傾げて困った顔をキープ。プラスティラス婦人を確認すると顔を真っ青にしてこちらを窺っている。本当は駆け寄って特攻かました娘を回収したいのだろうが、当然会話に割って入るなど不可能。子爵とその長男は我々を紹介出来る知人を探すのに忙しそうだ。
多少は頭の回る父兄が回収に来る間、可愛い(馬鹿な)妖精の相手をするのも悪くない。
気持ちを切り替える為に新しいワインを給仕から受け取り、彼女へ渡す。
「どうぞ。ジェグマ産のブドウを使ったワインです」
ダンス前に飲み物を渡す行為は言外にお断りを告げるものだが、フェリチータ嬢は気づかずに受け取って思わせぶりな視線を送ってくる。
「ん゛、失礼。わたくし、この味苦手ですわ」
その言葉に周りの目は公爵家とジェグマ領を統治しているリンドバーグ侯爵の顔色を窺う。が、やはり彼女だけは気づかない。
「それはそれは。ところで、プラスティラス子爵令嬢の御兄弟はどちらかな」
「あ、兄があちらに」
「御兄弟はお兄様だけ?」
「ええ。2人兄妹ですの」
「あれ?プラスティラス家にはもう一人令嬢がいなかったか…?記憶違いかな」
俺のその言葉にフェリチータはおかしそうに笑って言った。
「レグルス様ったら、プラスティラス家の娘はわたくしだけですわ」
おかしそうに笑いながらこちらに触れようと伸びる手を一歩引いて避けた。そこでようやく俺に拒絶されたことに気付いたフェリチータは羞恥心を誤魔化すように話し出す。
「あ、で、ですが、以前おかしな娘が我が家にはいまして…」
「おかしな娘?」
「えぇ!頭のおかしな使用人です。自分をこの家の娘だなんて勘違いしていた娘がいて大変だったのです!」
たった一口のワインで酔ったのか、拒絶された羞恥心を払しょくさせるためか、フェリチータの声量は増し、その分周りの音は引いて行く。
こちらが質問をすることで興味をひいたと勘違いした10歳の少女はどんどん饒舌になっていった。彼女の父兄はまだ来ない。
「何故そのような勘違いをしてしまったのでしょうか?その娘は今は?」
「解雇いたしましたわ!わざわざその娘に付き合って、神殿に行ったりしてプラスティラス家から除名したって事にして。そうでもしないとずっと居付いてしまいかねなかったのです」
「その娘の名は?」
「イヴリース・プラスティラ……、あら。嫌だわ、わたくしったら、あの女の家名は何だったかしら?」
不愉快極まりない。深く吐いた息にフェリチータはこちらを向いた。無礼を重ねる娘によって静まり返った会場に、空気を入れ替えるかのようなワルツが流れた。
さて、先ほどの暗黙の了解には例外がある。男が女性にダンスの誘いを行うときだけ、下位の者から声をかけることが許されるのだ。不作法な一人の娘の所為でおかしな空気を払しょくしようとした主催者の意図を知り、参加者はどんどん会場の真ん中で踊り出す。フェリチータはまだかまだかとこちらをチラチラ見ているが、それも終わりの時間だ。彼女の兄のグランツ・プラスティラスが妹にワルツを申し込みに来た。
「殿下、並びにオリファント様。失礼いたします。妹の社会勉強にワルツを踊ってきてもよろしいでしょうか」
「ああ。好きにすればいい」
綺麗な礼を一つして、フェリチータの腕を力任せに掴んで引きずる様にグランツはワルツの渦へ消えて行った。
「いやぁ~。やっばいな。夫人は娘に何を教育してるんだ?」
「縁を切っててくれて助かったな。あれと親戚付き合いは御免だ」
「確かに」
空笑いをしながら、俺たちも適当な相手と踊らないといけないので相手を物色する。こういう時、同じく休暇をとった女騎士を見つけると安心する。一曲踊って、お互いに大変だねと言い合って、解散。そして翌日屋敷に届いた子爵家からの謝罪の手紙を暖炉の中にくべて終わらせた。誤算だったのは、フェリチータからその後もラブレターが届くようになったことだろうか。イヴリースを虐げた事を除いても10歳の女児に手を出す気にはなれないので、そっちも届くたび開けずに暖炉にくべている。




