弱者の楽園
さらに翌日、その日の午後は蜜からハニーポットへ蜜を移しているところでベルが鳴った。騎士団と子爵家使用人の誰かなら一度許可を出しているので勝手に入ってくるだろう。私は今この蜜樽の便利さにうっとりしていたい。そして蜂蜜を使ったケーキを作ってティータイムにはちょっと贅沢に紅茶を楽しんだ。
彼らは毎日ドアベルを鳴らした。もう相手にする気がなかった私は柵の向こうから愛想を振るワンちゃんを見る様な気持ちで時々手を振る以外の対応はしなかったが、それでも彼らは諦めずドアベルを鳴らした。
「あんた、午前中はいつも決まったことしてるのな。」
その日はヒューバート1人で獣舎側にいた。正門のドアベルがたった今鳴ったから彼らとは別行動なんだろう。
私はいつも通り最低限の掃除を済ませて取り出した藁から花の結晶を拾っていた。藁の中にはフンも紛れているので出来るだけ丁寧に拾ってポケットへ入れていく。
「なあ、フォレストさん、あれもあんたのとこのフルルフォーンか?」
言われて顔を上げると酷い怪我を負った女鹿と既に保護してる子鹿より更に小さいフルルフォーンがよろよろと歩いてきていた。
「え、どうしたの?!2頭とも入って!」
許可を出したら入ってきた2頭に急いで餌箱から果物を与え、水もバケツに組んできてやると必死に貪った。女鹿の酷いけがは広範囲。おそらくやけどだろう。
「ゆっくり休んで。みんな、いじめちゃダメよ!」
先に移住してきたフルルフォーン達にくぎを刺してから急いで家へむかった。薬箱から塗り薬を選び、鎮静作用のある飲み薬も抱えて持っていく。一度キッチンへ行って果物ナイフとそこにある果物を籠ごと掴む。確か火傷に効くはずと、玄関でアロエの立派な葉を切り落とし、全速力で走り出した。一匹のメリアキリサが並走してきたが、一瞥だけして走る事に集中した。
「ねえ!お願い入れて!私とルーサーで治せるから!」
私がフルルフォーンの傍らにしゃがみこんだのを見たマージェリーが叫んだ。
塗り薬の蓋を開け、フルルフォーンに近づけるといやいやと立ち上がろうとするので、急いでキャップを閉めた。
「ごめんごめんっ、これは?」
今度は飲み薬を顔の前に近づける。今度は興味なさそうな様子だ。先ほど慌てて逃げようとしたのが傷に響いたのかフウフウと粗く息を吐いていた。
他のフルルフォーンが果物の籠を漁りに近づいてきたが、そこから洋ナシをとって後は放置。あの洋ナシっぽいものはやっぱり洋ナシだった。追熟させたらトロッとした果実になっていたのだ。四分の一に切ってその柔らかい実に薬をねじ込んでからその実を与える。他のフルルフォーン達が籠の中身を食べている様子を見てから女鹿は私の手から洋ナシを薬ごと食べきった。もどす様子もないし、もっともっとと残りの洋ナシを催促してくる。薬が効いたわけではなく、他のフルルフォーンに食べつくされるのを心配したのだろう。素晴らしい生存本能。
「ねえ!あなたフルルフォーンを独占したいだけなんじゃないの?!」
「おい、やめろ…っ」
「じゃなかったら何で治せるルーサーを入れないよ!この独裁者!!!」
文字通りの外野が酷く騒いでいる。アロエの中心に皮と平行になるように刃を滑らせて一番傷が酷い場所に実を張り付けていく。
「……足りないな。」
「ねえ!聞いてるの?!何でそんなに私たちを嫌がるのよ!!」
「クレア!」
「うるさい!あんな風に囲われちゃ、テイムなんてできる訳ないじゃない!」
視線を巡らせてもいつもはあちこちにいるエルブエルバが一匹も見当たらない。ビビビと髪に隠れているメリアキリサが小さく警戒音を出す。
「分かってる。入れないよ。」
傷ついたフルルフォーンは獣舎の一角に誘導して横たわらせた。子鹿も母鹿に寄り添って横になったのを確認して追加のアロエを採取し、同じ手当を繰り返した。アロエを使い切ってから包帯で固定し獣舎を出る。
今日は果物パトロールはしなくていいや。ため息をついて薬や果物ナイフやらを片しているところに、今度は静かな声が飛んできた。
「なあ、うちのテイマーの目論見はさておきさ、もう少しこっちを頼ってくれてもいいんじゃねぇの。」
ダリルと名乗った魔導師が静かに問いかけてきた。顔を上げると全員ではないが敵意の様なものを数名、顔に浮かべている。
四面楚歌という言葉が脳裏をよぎり、諦めのため息をついた。もう潮時だろう。




