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与えることのできる幸福


「お昼食べ損ねたね~。」

「でもこれだけあったら結構な儲けになるぞ?定期的に獣舎も見ないとな。」

 チャドはウキウキとして言っているが、冬にこの小さな花を探して回るのは正直面倒だ。でもフルルフォーンの硬い蹄に踏み砕かれた結晶も少なからずあった為、もったいないという気持ちも大いにある。

「冬は畑の水やりもなくなるんだ。頑張れお嬢。」

 チャドは他人事のように笑ってそう言った。そうは言うが、屋敷の裏手にある畑と敷地の一番端にある獣舎とじゃ距離が違う。何よりこの国の冬は厳しいのだ。敷地内で遭難は流石にしないと信じているが、雪かきが必要な距離を考えて私はこれから訪れる冬に今からうんざりした気持ちを抱いてしまった。



「それで、その結晶どうするの?」

 夕食後のみんなの前に結晶をお披露目した。一通り光物に騒ぎ、落ち着いたところでアリエルが訪ねた。

2人分の両ポケットから取り出された結晶は中々の量があり、アーロンの見立てでは贅沢しなければ一年は働かなくても暮らせると言われた。正直、もうこの屋敷に修繕や不足の物なんてないと思っていたのだが、今日新たな課題が見つかった。


「冬までに獣舎を改装したいんだけれど、足りるかな?」

「獣舎?」

 実は今日、ボーリスが畑の手入れに行く際にバスケットを持って行った数分後、外側から数体のフルルフォーンがこちらに近づいてきたのだ。角がない事を除けばうちに自由に出入りしている鹿達と同じ見た目だった。そして、その傍らには産まれてそんなに経っていないだろう子鹿を連れていた。春は出産の季節。7体の母鹿と7体の子鹿、計14頭はもちろん招き入れた。そうすると今うちに出入りするフルルフォーンの数は26頭。これから何頭がここで冬を越すつもりなのかは分からないが、6頭用の獣舎ではあまりに狭い。その資金源に今回拾った結晶を使いたいと説明するとアーロンはなるほどと頷いた。

「十分すぎる額です。結晶の換金と業者はこちらで手配しましょう。」

「それと、移動用のソリも欲しいんだけれど。」

「ソリ?ソリとはどのようなものでしょうか?」


 一瞬「あ、やばい」と思ったが一度出した言葉は戻らない。

「ソリだったかな?ソルだったかな?忘れちゃった。雪の上を移動するための乗り物なんだけど…。」

 誤魔化すのは早々に諦めて私は適当な紙に図を描いて見せた。イメージは犬ぞり用の立って使う1人乗り用のもの。


「雪の接地面の先を上向きにマルッてしてるから雪の上を滑れるはず。ここに足を乗せて、片足で蹴って雪の上を滑って移動するの。」

「…なるほど。このスペースは運搬に使っても?」

「うん、そうそう。」


 犬ぞりなんて実際には乗ったことはおろか実物を見たことすらないが、その場所は怪我をした犬を乗せるためのスペースだったはず。見様見真似の犬ぞりの図にはブレーキはないし、先端の曲線を描いた細い木の必要性も正直分からなかったが何事もトライアンドエラーだ。


「お嬢様、このソリという乗り物……。」

 アーロンはそこまで言って言葉を飲み込んだ。

「いえ、非常に利便性の高い物になるでしょう。必ず完成させましょう。」

「今年の冬に間に合うかなぁ?」

「屋敷の改装に携わったドワーフに声をかけてみます。彼なら獣舎とソリ、両方の対応が可能なはずです。」


 アーロンの手元にあった図案を横から掻っ攫ったボーリスは顎髭を撫でながらしばらく無言で図案を眺めていた。

 チャドも横からそれを眺めていたのを見て、私はさっき言い忘れたことを思いだした。


「これ、ソリも作ったら足りなくなると思う?」

「どうでしょうね。おそらくソリの方は大してかからないと思いますが。」

「じゃあ余った結晶はチャドに上げるね。」

「……ん?!なんだって?!」


 突然声をかけられたチャドにもう一度同じことを言うと給仕していたメイドから「えー」という非難の声が上がった。

「外に藁ひいてくれたのチャドだし。その時にも結晶拾いながら作業してたでしょう?命がけの仕事全部任せちゃったのに報酬が見合ってるとは思わないけど。」

「お嬢様、戦闘ギルドの一般報酬をご存知ですか?」


 物心ついてからほぼ外へ出たことがない私に対し、愚問だ。知るわけがない。

 ただ、アーロンが言いたいことは分かった。多すぎるのだろう。


「あまり持ちすぎてもトラブルの元?」

「その通りです。」

「じゃあ采配はアーロンに任せるね。でも特別報酬だし、多めに渡してね。」

 戦闘職ではないチャドに命がけの仕事をさせてしまったのだから特別報酬は当然だろう。未だ状況について行けてないチャドに改めて感謝を伝えるとハッとして立ち上がった。

「お、お嬢!やめてくれ、そんな金が欲しくてやったことじゃないって!」

「うん。まあそうだろうけど。」

「お嬢、俺は勝手にお嬢を妹みたいに思ってんだ。妹から援助なんて受けられねえ。」

「えへ。」

「……いや、喜んでくれんのは良いけど、本当に結晶はいらねぇって。」


 妹のくだりに、にまぁっと笑った私に脱力しながらチャドに言われてしまう。ボーリスは一瞬チャドを見た後、すぐに興味をなくしてソリの図案に意識を戻した。ダメならここで何か言うだろうから構わないって事だろう。彼の師匠からのお許しが出たと判断し、私は口を開いた。


「そんなに拒否しなくても、別に自分の為だけに使わなければいいのよ。」

 アリエルが先ほどチャドがひっくり返した椅子を直し、チャドに着席を促した。アーロンの教育が既に行き届いている。


「庭師って冬は仕事が減るでしょう?私はおじいちゃんの為にスープを作ってあげることもできないから、代わりに快適な冬越えをおくらせてよ。どうせ2人でちょっといいお酒を飲んで過ごしたら冬の間に使い切るくらいしかないわ。」


 ボーリスはここでようやくまともに顔を上げた。

「それか、晩酌用のお酒は控えて貯金しておいてさ、ソリが形になったら購入資金にしてもいいんじゃない?」

「それはいいな!よしよし、チャドもらっておけ。」

「おいジジイ!」

「なんじゃ馬鹿孫。お嬢の好意を無下にしおって。お嬢にとって必要な物ならもちろん拒否するべきじゃが余った分を貰うのに何をグチグチと。助け合うのが家族じゃろう。」

「はい、多数決で決定。アーロン、お願いね。」

「かしこまりました。」


 後から知った話だが、この世界にはソリというものは存在しなかったらしい。雪用のブーツはあるが、運搬の為の陸路はほぼ閉ざされる。物流は空を飛べる魔物による空路一択になるので価格は当然上がる。冬越えの蓄えを見誤ると冬の間に貯蓄がゼロになるなんて珍しい話でもない。アーロンやボーリスはこの国の冬の厳しさを年の分だけ知っている。その中で家族を養う過酷さも。2人の目に私の書いた図案がどのように見えていたのか、何の責任も負った事のない私に分かるはずもなかった。


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