害獣対策も忘れずに
翌日、アーロンとアリエルは図書室へ、カナリア率いるメイド達はアトリエ予定の空き部屋へ、そしてボーリスとチャド、私の3人は獣対策に向かう。正門と正面に接するの3辺のアイアンフェンスに一定間隔で唐辛子をぶら下げ、裏へ移動。この時すでに唐辛子は3つしか手元に残っていないので同じ対応は望めない。
「裏の3面はどうするの?何か植える?」
「いや、臭いの強い植物は避けた方がいいじゃろ。」
足元に寄ってきたエルブエルバに足を止め、興奮した様子の2人に話しかけるとボーリスが答えた。私もしゃがみこんで苔人形たちと遊びながら話を聞く姿勢をとる。
「フルルホーンは猪ほどではないが鼻が利くからの。出入りが出来なくなっては可哀想じゃて。」
「なるほど。あ、」
バスケットに入れていた残った唐辛子をエルブエルバに取られて思わず声を上げてしまった。
「あああ…。最後の3つ…。」
その3つをみんなで一口ずつ食べては他の個体に回していく森の妖精に私はがくりとうなだれた。食糧庫の唐辛子を全て持ってきた自分がうかつだったのだから仕方ない。複雑な気持ちで顔を上げると庭師の2人は食い入るようにエルブエルバ達を見ていた。瞬きなどしてなるものかと言わんばかりの凝視に少し怖気づきながらも彼らに習ってエルブエルバ達を観察すると、一番最初に唐辛子を食べた個体が地面に両手を付けた。つけたというより、突っ込んだというべきか。柔らかそうな手が、掘る動作もなく地面に潜り込むのは見ていて奇妙だったが、瞬間、もっと凄い事が起こった。
「わあっ!」
「おお!」
「…これは凄い。奇跡じゃ…。」
エルブエルバの両手の下からもりもりと土がうごめき、そこから一本の小さな苗木が生えてきた。急成長ぶりに一歩退く私とは裏腹にチャドは前のめりに、ボーリスは変わらず微動だにせずに眺めていた。
「あ、これ唐辛子か。貰っていいの?ありがとう。」
「……」
「お嬢は肝が据わっとるの。はっはっは。」
赤々と実ったそれを採取するのは帰り道で行うことにした。バスケットの中は何故か乗り込んできたエルブエルバでいっぱいだったが、それを落ちないように注意しながら一緒に目的地まで連れていく事に。
「喋らないのになんか騒がしい奴らだな。」
「どうやって意思疎通してるんだろうね?」
籠の中では下を覗き込んだり遠くを見る仕草をしてはしゃぐエルブエルバで満員だった。上から見ると歪なまりもに見えなくもない。
さて、まず敷地の裏側にも一応フェンスはある。ここから私有地ですよと主張している程度のもので、羊が夢の世界で飛び越えていくのを連想させる形。高さは一応大人の胸当たりで、その柵に寄り添うように敷地側に背の高い木が生えている。ボーリスはこの間隔で植わっているならキツネやハクビシンはともかくクマや猪は入らないだろうとお墨付きをもらった。さて、問題は獣舎の近く。今はフルルフォーンの縄張りと化している広場だけだ。放牧場と外との仕切りはほぼフリーと言っても差し支えない。火事の際フルルフォーンたちは正門とここから中へ入れたのだ。ここにも柵は一応あるが、この馬柵にどれほどの効果があるだろうか。ちなみにフルルフォーンたちは助走なしで飛び越えて入ってきていたが、おそらく魔物だからできたことだと思う。流石にそこまで低くないと思うが、いかんせん、野生の鹿なんて奈良の観光地でしか見たことない私には判断がつかなかった。ちなみに一応両開きのゲートもあって、片方はフルルフォーン一頭が出入りできる程度に半開きで固定している。足跡をみるとここから出入りしている個体もいるようだった。
「やはり唐辛子はやめていた方がいいな。」
チャドの言葉に顔を上げると、こちらを窺う数体のフルルフォーンたちがいた。皆今までにない程距離をとっていて、その視線はバスケットに固定されている。
「残り香だけであんなに嫌がるのね…。そんなに臭うかな?」
今はエルブエルバで満ちているそこに鼻を近づけるが、雨上がりにする土と草の香りしか感じられなかった。顔を近づけた私に反応した数体に引っ付かれた所為でバスケットというよりエルブエルバの匂いを嗅いでいる様なものだったけど。
「あとは自分たちより強い動物の縄張りだと思わせれば遠ざけられるが…。熊のフンなんて入手する伝手がないからな。」
「でもそれも臭いでの対策でしょう?フルルフォーンは嫌がらないかな?」
「草食でも魔物だからな。」
「じゃあ、フルルフォーンのフンは?魔獣だし、使えないかな?」
「試してみるか。」
そして私が獣舎からフルルフォーンのにおいが染みついた藁と落ちているフンをかき集め、チャドが一輪車で外に撒いていく。ボーリスは獣舎にいたフルルフォーンの誘導と新しい藁の準備をしてくれ、気づけば時刻は夕方になっていた。
チャドと私のポケットにはフルルフォーンの角から落ちた結晶化した花でいっぱいになっていて、見つけるたびにいちいち拾っていたから余計に時間がかかった事はこの際置いておく。
ボーリスは畑の世話の為に途中で抜けていたので注意してくれる人がいなかったことも要因の一つだった。




