別れ重なる巣立ちの時
「僕、先生について行くね。しばらく勉強してくる。」
夕食の席でアリエルの言った言葉に視線だけアーロンに向けると出来る執事は説明をしてくれた。
「私もそうそう屋敷を抜け出せる立場にありません。仮に宿題を出したとしてもその結果を見るのが数か月後では進行が遅すぎる。執事としての技量、マナー、スキルの扱いを叩き込むのにはその方が都合がいいのです。たくさんの人や価値観に触れれば将来の選択肢だって増えるでしょう」
それは、私が風邪をひいた日、アリエルに話した事だった。願っていたアリエルの未来が今開かれているのだ。
「そっか…。アリエル、頑張ってね!」
もちろん寂しさはあるが、アーロンはカナリア同様厳しいながらも愛情深い人だ。今までの彼の人生の中でここでの生活が安全で満ち足りていたからといって、それはアリエルの幸せの終着点にするわけにはいかないのだ。
「たくさん出来ることが増えるよ!アーロンは厳しいけど無駄な事はさせないから、きちんと言いつけを守ってね。」
「うん。立派なバ、バレットになって戻ってくるから!」
アリエルは頬を高揚させてそう言い切った。対して私は虚を突かれて返答に詰まった。呑気に「ヴァレット」と発音の訂正をしているアーロンを見る。
「お嬢様は知能が高い魔物と共存しておられる様子。この屋敷において精神感応は大きな価値があると話しました。が、もちろん外での選択肢の話も致しましたよ。」
「いいんだ!僕イヴ様好きだもん。」
思わずキュンと来る言葉に「待ってるよ」と言いそうになるがグッと飲み込んだ。
「職業はお金を稼ぐ手段でもあるから、のんびり考えてごらん?私はいつだってここにいるんだから。アリエルはいつだって会いに来ていいんだから」
もちろん見習いのうちは勝手な外出は出来ない。いちいちアーロンの許可がいるけれど、それはわざわざ言うまでもないので割愛。
アリエルは納得いかない顔をしていたが、最終的に「じゃあいろいろ見てからここに決める」と言ってこの話は終わった。
アリエルとアーロンの出発は明後日にするとの事。流石に最低限の挨拶も出来ないまま子爵家に連れて行くことは出来ないのでよく使う定型文と姿勢を叩き込みに丸一日使い、翌日の朝にここを出る。そしてクレメントの部下たちが拠点にしている街で服を一式買い、散髪をしてから帰るんだそうだ。
明日はきっと別れを惜しむ間もないだろうから、夕食後はずっとアリエルと話をしていた。「慣れないうちから毎日労働は辛いだろうからって、週一日はお休みが貰えるんだ」と話すアリエルにその日にしたい事を聞いてみた。
「僕、自分がいたスラムを探したい!そんでじいちゃんを見つけて、巻貝の看板の店でご飯を食べたい!少しなら見習い期間でもお給料出るんだって。どうせすぐに見つからないから、その間溜めておくんだ。」
「そうだよね、おじいさん心配してるよね。」
純粋な子供の発言に同じ部屋でチェスやお酒を楽しんでいた大人たちは感動に胸を詰まらせているのが視界の端に入った。アリエルのおじいさんは案外早く見つかるのではないだろうか。きっとクレメントも巻き込んでこの優秀な人たちが見つけ出してくれるだろう。
「もしおじいさん見つかったら私も会いたいな。」
「いいよ!イヴ様のごはんおいしいからここでもみんなで食べたいな、僕。」
「楽しそう!でもアーロンの許可がないと外泊は出来ないから、模範的な見習いでいないとね。」
「もはんてきって何?」
キョトンとするアリエルに後ろからアーロンが「お手本になるような、という意味です。」と意味を教えてくれた。
「取り敢えずは素直に言うこと聞いていればいいよ。」
「なんだ、そういう事か。」
アリエルはニコニコしながら頷いた。簡単とでも言いたげな軽い了承は翌日ひっくり返る事になる。




