帰らないでと言えるはずもなく
「クレメント。アーロンが来たよ。
アリエル、こちら子爵家の執事長、アーロン・ビケット様。スキルの先生だよ。」
「…こ、こんちは。アリエルです。えっと、ども…。」
「お初にお目にかかります。アーロン・ビケットと申します。お嬢様が大変お世話になっております。
それからお嬢様、私めに様付けなど…」
「でも私今平民だし。アーロンの方が立場が上だし、間違いじゃないでしょ?」
そもそもメイドや執事とは貴族の行儀見習いや家督を継がない第2子以降の子供が就く職だ。屋敷内で働く者で今の私より立場が下の人間は存在しない。外仕事で馬丁や庭師とは同位と言えなくもないが、年下はいないし、手に職がある人の横に並べるとも思っていない。
私とアーロンのそんなやり取りを聞いていたボーリスは声高々に笑った。
「ぶわはははっ!アーロン破れたり!これでお嬢はワシの孫娘決定じゃ!」
「何を世迷言を。私が今まで控えていたのは子爵家の御令嬢だったからに他なりません。むしろここからです。」
ボーリスはフンッと鼻を鳴らして庭へ出て行ってしまった。この二人、何気に仲が悪いんだよな。
「お嬢様、カナリアは母親として受け入れられたのに、私が爺ではご不満ですか?」
「え?いやいや不満とかじゃなくて…っ。アリエルは初対面だし、子爵家の執事長相手に失礼があったらいけないでしょ?」
「私と彼の上下関係はこちらにお任せください。お嬢様は今までどおり、アーロン、もしくは爺と呼んでくださればいいのです。」
いや、今まで爺なんて呼んだことないんだけれど。
と、まさかそんな事言えるわけもない。話の流れ的に、どうやらボーリスとの不仲の要因の一つに私が含まれているらしいし…。
「じゃあ、おじい様?」
「大旦那様に怒られそうです。爺と呼んでください」
「爺…?」
品を保ちながら満面の笑みって出来るんだな~。と思いながらリビングから退室する2人を見送り私は遠い目をしてしまう。
「まさに初孫を可愛がる両家の爺そのままですね。」
「ジジイって言わないでよ。せめてジイって言って。」
「失礼。」
全然心の篭ってない謝罪を口にし、クレメントは立ち上がった。なんだかみんなせわしないな。
「それではイヴ、私は一度子爵家に戻ります。」
「え?!急だね?」
「アーロンが来たのならアリエルを任せられます。結界の設定も済みましたし、流石に各長が抜け過ぎですしね。」
「そっか。でもすぐまた来るでしょ?」
「いえ、しばらくは引継ぎに本腰入れるので、次に来るのは来年の春以降ですかね。」
「来年の春って、今は秋の2の月だから…、半年も先だよ?!」
この国に夏はなく、春秋冬を4か月ずつで割った12か月で一年になる。日本のように2月は28日間というわけではないが、1年は365日なので分かりやすい。
ともあれ、今の私に重要なのは日本とこの世界との共通点ではなく、クレメントである。
「半年何てすぐですよ。みんななんだかんだ言って頻繁に来ていますし、寂しくないでしょう。」
「でも、冬は雪が積もるから早々来れなくなるし、それに新しい料理にも挑戦しようと思ってて、クレメントが来なかったらみんな食べちゃうよ?」
「では春まで楽しみにとっておきます。」
「冬だからおいしいんだもん。」
鍋は冬だ。私は譲らないぞとクレメントを見据えるとにっこり笑って返された。
「では、次の冬に。」
ショックでもう何も言えなかった。漫画だったら『ガーン』というオノマトペがついていただろう。なのにクレメントは前言撤回をせずにあっさり帰って行った。
いつものように頭を撫でられたあと額にキスをくれたけど、そんなもんじゃこのショックは癒されない。
お見送りをしてそのままフラフラと庭へ出るとボーリスが花壇に座ってナッツを食べているところに遭遇した。
「お、見つかってしまったな。お嬢も食べるか?」
「う、うぅ~っ」
「おお、よしよしどうした。」
甘えた全開で手を伸ばすとボーリスは膝に広げていたナッツを避けて受け止めてくれる。私の為に開けられた膝に突っ伏してクレメントの愚痴を言うとボーリスは全面的に私の見方をしてくれた。でも分かってるのだ。本当は、最近の外出も無理を通してくれてたことを。他のみんなにも、無理をさせている。だから、もう大丈夫と言ってあげなければいけない。
「よしよし、お嬢は12歳だもんなぁ。大人でも一人は寂しいもんだ。よしよし。」
「でも、もう泣くのこれっきりにするね。」
「ん?泣きたいときに泣けばいいと思うがね。」
「ううん。ちゃんと大人になる。」
「そうか、それは寂しいなぁ。大人でもたまには泣くもんだ。たまには泣いてもいいと思うがなぁ。」
孫離れ出来ないおじいちゃんの言葉に思わず笑ってしまった。受け止めてくれる人がいると子供だってすぐに笑顔にもなれるけど、自分の中で消化できるのが大人だと思う。脱泣き虫を掲げ、ボーリスが分けてくれたナッツを隣に座っておいしくいただいた。




