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優しい大人の保護

クレメント視点



「その後の奥様…、オリーヴ様の行動は見ていて苦しいものでした。ターニャ様へ今までの謝罪を繰り返し、息子へ自分の子供に少しでも関心を向けるように説得する日々。そして、フェリチータ様がおしゃべり出来るようになったとき、知ってしまったのです。イヴリースという名づけの意味を。」



 子供ならだれでも一度は聞いたことのある問いかけを、母親に目一杯甘えながらフェリチータは問いかけた。

「おかたま、ヘイチータってどおしてちゅけたの?」

「フェリチータというのはね有名な妖精の名前なのよ。」

「おにーたまは?」

「グランツは栄誉。そうね、人から尊敬されるような人になってほしいという願いでつけたわ。」

「ねーたまは?」


 ちょうど、祖父の見舞いの席だった。最近はオリーヴが下手に出ている事もあり、子供たちの前ではお互いに取り繕えていた。が、ターニャの歪んだ笑みを見てオリーヴは嫌な予感を感じた。

「お薬にもならない、何の役にも立たない雑草(葉っぱ)の事よ。」


 オリーヴは、静かに涙を流した。


 夫の悲し気な瞳の訳を。

 いつだか聞いた『ただの緑』という言葉の裏を。

 何故、気づけなかったのか…。


 愛しい夫の若草色を馬鹿にされた怒り、愛する孫への憐み、見て見ぬふりを続ける息子への苛立ち、何より自分の愚かしさにオリーヴは崩れ落ちた。



「その後、床に臥せった奥様は年を越す前に亡くなり、旦那様も後を追うように亡くなりました。」


 長くなった昔語りの後には沈黙が場を満たした。

フォーマルハウトが小さく「納得がいきました。」と口にしてその沈黙は破られる。

「実は以前ここに来たあと、彼女の事を調べたのです。旧貴族の思想を持っているから捨てられたのだという事は分かっていました。けれど、魔力値の測れない赤子のうちに何故そんな名をつけたのか、謎だったので…」

「そうですか。ちなみに、我々使用人はイヴへの干渉は禁止されています。破れば仕置きの後、解雇でしょうね。」


 流石のターニャも自分より力の強い男相手に仕置きも何もないだろうが、ばれた時可哀想なのはメイド達だ。鞭で打たれるのは避けられないだろう。


「それで、クレメント・フロイスともあろう人が何故そのような暴挙を許したのですか。」

 ロイドの瞳は怒りに燃えていた。イヴリースが祖父母の庇護を失ってから始まった使用人生活とその扱いを話したら血管が千切れそうだ。

 優しい兄は弟の健康を慮って余計な事は言わないことにした。


「そうですね、私が人間として欠落している事を除けば、楽しそうだったからでしょうか。」

「…まさかっ」

「イヴがです。行動を制限されているはずなのに、いつの間にか味方を、仲間を作っていくんです。そして、誰が見ても不幸な生活の中で楽しそうに笑って過ごしているんです。」


 道端に咲く小さな花を愛でる人間の感覚が全く理解できなかった。が、もしかしたらこういう感覚なのかもしれないと、当時は思ったものだった。

 哀れで惨めで、自分が不幸な事は兄妹との対応の差で知っているだろうに、誰にも助けを求めない悲しいくらいに強い少女。


「何より、エドモンドは貴族としては優秀な男です。もう少しだらしなかったら貶めるのは簡単だったんですがね。」


 おちゃらけていう事で悲愴を振り切った。


「子爵家との確執は理解した。それで、先ほど言っていた地獄とは結局何のことだ?」

 アルベルトの瞳は静かにクレメントに注がれていた。普段からこういう顔をしていれば学がないなどと見当違いな嘲笑も受けないだろうにと思いながら、話を続ける。


「ヘクター・リドリーに目をつけられたかも知れないんですよ。」

「そ、れは…。」

「まぁ、確かに美少女だしな…。」

「何?だれ?」


 フォーマルハウトは気まずそうに上官へ視線を向け、アルベルトは顎をさすりながらうなっている。ロイドはヘクターの名が出た瞬間からポカンとして反応がない。仕方ないのでアリエルの問いに、出来るだけ優しい言葉を選んでヘクターについて話した。


「リドリー侯爵は恋愛相手に求める条件は美しい人間である事だけなんです。性別、身分、年の差の全てが侯爵にとっては大した問題ではないのですよ。」

「…え?男なのに男を好きになれるの?」

 幼いアリエルには小児性愛より同性愛の方が衝撃が強いらしい。まあ、大人の恋愛に付随する行為を知らなければそれも仕方のない事かもしれない。


「英雄色を好むといいますが、彼もまた貴族としては優秀な男なんですよね。そして爵位が侯爵ともなれば大抵の望んだ相手を手に入れることが出来る。」

 彼は一見するとジェントルマンなので基本は相手の同意を得る形をとり囲い込む。が、それが出来ない場合、外堀を埋めたり金にものを言わせたりも平気でする。犯罪にならないギリギリで事を進めるため、検挙し辛いのだ。


「ターニャ様はイヴをとにかく人の目に触れさせないようにしていましたが、リドリー侯爵は子爵家へ来た際に偶然彼女を目にしたようでして。皮肉な事に、ターニャ様の軟禁がイヴを救っていたんですよ。けれど、社交に疎いターニャ様がリドリー侯爵の裏の顔に気付いたら、イヴをどう扱うか保証が出来なかった。」

「それで、この屋敷か…。」

「はい。子爵家のイヴリース排斥と、我々のイヴの保護が都合よく同じ対応で解決することが出来たので、乗っかりました。」


 もちろん、イヴリースに一生ここで暮らさせるつもりはない。ヘクターは58歳。寿命が尽きるにはまだ長そうだが、せめてさっさと寝たきりになってくれないだろうかと思いながらも他の方法を模索している最中である。


「こちらの要求はイヴを表舞台に立たせないことです。それさえ守っていただければ特にいう事はありません。」


 話を締めくくると、ロイドは深いため息を吐いた。

「ここに、邪教の連中が隠れていないと保証できますか?」


 頭が固いくせに、精いっぱい妥協している姿にほんの少し申し訳ない気持ちで「もちろん。」と答えた。


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