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悲劇の幕開け

クレメント視点

 今から数十年前、私は前プラスティラス子爵にスカウトされる形で今の職についた。


 14歳の私は善と悪の判別が曖昧で、好奇心のままに動く知識欲の僕だった。

 ある日魔王と呼ばれる存在の発生原因について調べ上げ、それを教授に提出したら大騒ぎになった。皆が私を天才と称え、出資したいと学園に申し出が殺到した。生きる事にも研究するにも金はかかる。そのころには既に実家と縁を切っていた私は喜んでその申し出を受けようと言うところで、前プラスティラス子爵、タイタス・プラスティラスが待ったをかけた。


「この子に力を与えすぎるのは危ない。良識を持った大人が見ていてやらねば。」

 結果として、学園から帰る場所が一人暮らしのアパートメントから子爵家に変わった。


 今だから言えることだが、あの頃旦那様に見つけていただいた事は人生の僥倖だったように思う。

魔王発生の原因は仕組み自体は単純な呪術だった。が、古いものはそれだけで力を蓄える。結果数千年単位の力を持ってしまったのだが、私はその事実に正直落胆した。もっと凄い術式が隠されていると思っていたからだ。人の怨念と時間の長さで力を蓄えるものなんて興味の範疇外だった。けれど、もし期待通りのモノだったら試さずにいられただろうか。その問いに、はっきり否と言えないだけの曖昧さが当時の私には確かにあって、それを見抜いてくれたのは旦那様だけだった。


 そうして子爵家で生活するうちにあちこちに燻る人間関係の火種が見え始めた。

 旦那様の妻、オリーヴは男爵家の出だった。下位貴族の出でありながら、プラチナブロンドにルビーの様な瞳、顔の造形も相まって社交界で彼女はファッションリーダーの様な扱いを受けていた。イヴリースの外見は彼女の血を濃く引いている事は明らかで、そしてこれが後の不幸の原因となる。


 数年後、跡取りのエドモンドが伯爵家のターニャと結婚した。ターニャとオリーヴの仲は日を重ねるごとに悪くなっていった。始まりは些細な事だったのだろう。ひっかかりを覚えながらもお互いに気を使っていたように見えたが、早3ヵ月程で使用人内にも派閥が出来るほど険悪なものになった。

 

 最終的に「元男爵令嬢で現義母」と「元伯爵令嬢で現嫁」というかたちでバチバチにやりあっていた。


 それは女の使用人にとっては悩みの種でも、男の使用人からしたら笑いの種でしかなかった。我関せずを決め込む者もいたが、かけ事のネタにするくらいの心の余裕はあったのだ。ターニャが妊娠するまでは。


 第一子は男児だった。グランツと名付けられたその子は父親に似ていたし、跡取り問題が早々に解決したことでオリーヴも何の小言も言わなかった。


 そして2年後、イヴリースが産まれた。これに喜んだのはオリーヴだった。魔力が全く感じられないのが些か気にかかったが、赤子ならそういう事もあるという医師の話にすぐ気にしなくなった。自分の面影とタイタスの瞳を持った娘だ。女の子に恵まれなかったオリーヴはイヴリースを溺愛した。その頃、タイタスは病に臥せっていたが、イヴリースを連れていくと食事をいつもより多めに食べた。ただ、イヴリースの名を呼ぶとき、少し切ない顔をしていた。


 ターニャはオリーヴが嫌いだった。オリーヴの機嫌がいいだけでむしゃくしゃするのだ。自分が産んだ娘を好き勝手連れまわす事も気に入らない。大人しく抱かれている娘すらもストレスの原因となり、伯爵令嬢として優秀だったターニャは自分の娘に、とるに足らない「葉っぱ」からなぞらえて名を付けた。


 男爵令嬢であり、勉学より社交に勤しんだオリーヴは古語の知識が乏しかった。寝たきりの祖父と、子育てに我関せずな父親には止めることも出来ず、イヴリースの名はこうして受理された。


 そしてイヴリースが2歳になっても魔力適正値が全く測れない事にオリーヴは気づき、ターニャにそのことを話すが、3人目を妊娠していたターニャは一切耳をかさなかった。

「その子を育てていたのはお義母様ではありませんか。問題が発覚したらそれだけ私に言われても困ります。」

「…あなた、何言ってるの?自分の子供でしょう?!」

「忌々しい娘。隔世遺伝なんて…。まるで呪いだわ。」


 そこで、オリーヴは自分とターニャの仲違いが罪のない子供にまで害を及ぼしている事を知った。


「エドモンド様の瞳は角度によっては緑の中に炎の赤が灯ります。けれどその子はただの緑色。ふふふっ。大丈夫よ、次は上手に産んであげますからね。」


 大きく膨らんだ腹を撫でながらうっとりとターニャはささやいた。


 オリーヴはターニャの事が一気に恐ろしくなった。貴族というのはどうしても家に縛られる生き物だ。それでも、自分も政略結婚だったが夫と子供を愛したし、ターニャもエドモンドを慕っているように見えた。であれば、自分が腹を痛めて産んだ子供なら尚更愛おしく思うはずだろう。当たり前にそう思っていたが、そういえば、オリーヴが連れていない時でもターニャがイヴリースを抱き上げているところを見たことがない。大体使用人が面倒見ていた。


「あ、あぁ…。何てこと…。」

 フラフラと部屋を後にし、重たくなったイヴリースを抱きしめるオリーヴはその足で夫の元へ向かい全て打ち明けた。タイタスは自分の信頼できる使用人を数人呼びつけ、自分たち亡き後にイヴリースの事を見てやってくれと頭を下げた。


 その中に、若き日のクレメントがいた。


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