小さな騎士と救世主
雨に打たれながら外を走り回っていた事が原因で風をひいた。あの日、アリエルが目を覚まして寝室まで私を探しに来た時、酷い高熱を出していたと翌日目を覚ましてから聞かされた。そして私は意識がないにもかかわらず、ずっと頭痛で泣きじゃくっていたという。恥ずかし過ぎる。
「今日もゆっくり休むこと。はい、切って来たよ。」
「ありがとー。」
アリエルは私が動けない間、水を飲ませたりキッチンにあった野菜や果物を食べさせたりと世話を焼いてくれた。丸1日寝て大分よくなったのだが、アリエルはベッドから出してはくれなかった。
果物を剥くことに慣れていないのがわかる歪な梨を食べながら、アリエルは食事をどうしていたのか聞いてみた。食糧庫はこの家を建設した際、盗難防止の為か入り口が分かりづらくなっている。教えなければたどり着けないだろう。けれどキッチンには食糧庫から持って来たが余った物や、移動が面倒で数日中に使い切れる分の少量の材料しかない。今食べている梨はアリエルにパンスープを出したあとでデザートにしようと思っていたものだと思う。
「敷地内の木に生ってた果物と、畑の野菜食べちゃった。…ごめん」
「ううん!食べるために実らせたものだもん。お腹すかせてないならよかったよ。」
「うん。」
ちょっと照れたような顔でモジモジしているアリエルの頭を撫でた。可愛いなぁと思った。これが前世の弟だったら頭に手を乗せた瞬間に野良猫の如く振り払って逃げ出すところだ。
馬小屋の方には人の手が入った自然の空間があったことを思い出す。実際に自分で歩いたことがなかったが、果物の木があったのか。知らなかった。
「そういえばアリエルっていくつなの?自分のいた場所は分かる?」
「小さいときから一緒にいたじいちゃんは8歳だっていってた。ここより暑いところ。あ、巻貝の看板のある飯屋の近く。」
なるほど、全然分からない。けれど、移動距離が長かったことや気温の差などを考えると国内ではないように思える。
「僕、別に帰れなくてもいいからさ、イヴリース様と一緒にいたいな。」
「そっか。でもここは静かすぎるから、大人にも相談してみようよ。アリエルにとって一番良い事を一緒に考えてもらおう?」
「……イヴリース様も一緒に?」
「もちろん。私の家族の様な人たちが近いうちに来るから。優しい人たちだから、安心して。」
アリエルは素直にうなずき、それからも庭に出た時驚いたことなどを話してくれた。正午くらいに来客を告げるベルが鳴るまで、私たちはそうしてのんびりすごした。
「ゲッ、またあいつらだ!」
「また?昨日も来たの?」
窓から外を眺めると以前見た者と同じ制服の集団が揃っていた。アリエルの嫌そうな表情に疑問を持ちながら訪ねると鼻の頭に皺をよせたまま話した。
「昨日もこのくらいの時間に来たよ。僕を連れてきた奴らの仲間がここにいるかもしれないから調べさせろっていうから、そんな奴いないって追い返した。あいつらこの屋敷に入れないんだ。きっと悪者だからだよ!」
話から推測するに、騎士団は複数人いる集団の事件の捜査に来たらしい。もしかして先日の火事もその騒ぎが原因なんだろうか。
アリエルは結界に干渉されずに入れたが故に何か勘違いしている事も発覚したので修正しておく。
「この結界は本来私の許可がなければ良い人も悪い人も、大人も子供も入れないはずなのよ。」
「でも僕は入れた。あいつらと危ない魔物は入れないんだから、この結界は賢いんだよ。」
結界に意思があるいう子供らしい発想をほほえましく感じる。まだ少しふらつく身体をアリエルが支えようと手を貸してくれるので、その心に甘えて一緒に外へ出た。寝間着にガウンを羽織っただけの格好だが、そこはご容赦願おう。
「あ、お姉さま方。こんにちは。」
先日より人数は多いが知っている顔ぶれもいた。こちらに会釈を返して何も言わないのは騎士団としての規則があるのだろう。
「昨日もいらしたと聞きました。すみません、こんな格好で。」
「イヴリース・フォレスト嬢。失礼ながらあなたの事を調べさせていただいた。」
「はぁ。」
「あなたの生みの親であるターニャ・プラスティラス子爵婦人は厳格なコーネル信者である事から、ウェスペルリニウス教との関わりが薄い事が分かった。…が、それでも調査しないわけにはいかないのだ。改めさせてもらいたい。」
コーネル教はこの国の国教だ。コーネル神に仕える6柱の使徒のいずれかを崇める場合も一纏めにコーネル教と呼ばれている。
まさかこんなところで母親に救われるとは思わなかった。が、その母親に捨てられたという事も調べればわかる事だ。そうなったら私はますます疑わしいと思われそうだ。
本来私は人との関わりを断絶するためにこの森へ追いやられたのに、国に仕える騎士団に内情を探られては困るのではないだろうか。主に子爵家が。その結果として私に良くしてくれる使用人のみんなに迷惑がかかる可能性は大きい。
と、そこまで考えたはいいが、熱で回らない頭では解決策など出てこない。そんな私を助けようとアリエルが一歩前へ出た。
「あんたら騎士様なのに熱でフラフラな女の子に気遣ってもくれないの?昨日言ったじゃん!あいつらに誘拐された僕をイヴリース様が助けてくれたんだって。被害にあった僕が言ってるんだから間違いないでしょ!もう帰ってよ!」
「いや、そうは言うがね。この広い屋敷に隠れる場所なんていくらでもあるだろう?君が遭遇していないだけで、悪者がいてもおかしくはないんだよ?」
「いないったら!帰ってよ!」
アリエルは駄々を捏ねる様に騎士団に噛みついた。どうも私を気遣っての事だけではないように見える。が、子供を根気よく宥める騎士団と頑固なアリエルの攻防は予想外の人の登場で幕を閉じた。
「おやおや、揃いも揃って何をしているんです。」
「クレメント!!」
私が呼びかけるとにっこり笑って馬から降りた子爵家お抱えの魔導師長は道を開ける騎士団には目もくれずに敷地内へ入ってきた。
「イヴ、具合が悪いんですか?」
「ちょっと雨の中バタバタしちゃって、風邪ひいちゃったの。詳しくは後で話すね。でねクレメント、」
「そうですね。あとでゆっくり聞きますから、ベッドで休んでください。」
珍しく言葉を遮られ、ひょいっと抱えられて運ばれた。他の面々には相変わらず目もくれない。相手は騎士団だぞ、と目で訴える。
「大丈夫ですよ。見知った仲です。話は私が聞いておきますから、とにかく休んでください。」
「うん。ありがとう。」
「後でカリンのはちみつ漬けを持って来ますね。」
馬は適当な木に繋ぎ、私は寝室へ運ばれベッドに横たえられた。おでこを優しくなでられながらうなずく。クレメントはアリエルを連れて騎士団の対応に向かって行った。
お父さんみたいな対応にくすぐったくて隠し笑いを零しながら、私は安心して眠りにつく事ができた。




