山に火事あり結界に穴あり
メリアキリサが窓の外で飛んでいる。耳を澄ますとビビビビビと警戒音のようなものまで出していた。
もしや自分は何かやらかしたんではないかと内心怯えながら窓を開けて室内から外を窺う。この屋敷は外壁の結界の他に建物にも結界が張ってある。建物の結界は外壁のものと違って一回一回許可を出さないと入る事は出来ない作りになっているとクレメントが言っていた。安全地帯からうかがうと、遠くの森が燃えているのが見えた。
「や、山火事?!」
私がそれに気づいたとたんメリアキリサの警戒音が止んだのでこの異変を伝えるためのものだったようだ。
とはいえ、私に出来ることなど何もない。屋敷の外に出たところで火を消す手段が私にはない。魔物のエサになるだけだろう。それでも何かを訴えるメリアキリサに従って外へ飛び出した。
「え?な、なに…?」
胸元の飾り紐を引っ張られ、言われるがままついて行く。その場に近づくにつれてメリアキリサの警戒音が大量に鳴っている事に気付き、外灯の灯りに照らされた侵入者に目を凝らした。
頭を抱えて小さく丸まっているのでほとんど情報がないが、その大きささから子供であることが推測できた。そして私はそんな子供をこの屋敷に招き入れた事がない。どうやって入り込んだのか分からないが、恐怖にガタガタ震えて失禁までしているその子供が脅威になるとは思えなかった。
「みんな、ちょっと落ち着いて?」
声をかけると静かになったメリアキリサはそれでも巣に帰っていく事はなかった。警戒音が止んだことで子供は恐る恐る顔をあげた。
「こんばんは。私はこの屋敷の主人です。あなた、どうやってこの屋敷に入ってきたの?」
子供はカタカタ震え、歯の根がかみ合わない所為で会話が出来ない様だった。よく見るとひどく汚れていて清潔とは言えない臭いが鼻をつく。
「…お風呂、入る?温まったら震えも収まるかも。」
「た、助けて…っ」
もしかして、私が怖いんだろうか?自分で予想しておきながらちょっとショックをうけた。無能力者で引きこもりの少女なんてこの世界の最弱だぞ…。
でもこの子からしたら魔物を従える魔女に見えてもおかしくはない。そうだ、それって元を辿れば怖いのは魔物という事ではないか。
何とか自分に言い聞かせて、出来るだけ優しい声で再度話しかけてみる。
「大丈夫。何も怖い事はしないわ。あれだけの山火事があったら明日の朝には騎士団も来るでしょうし、そうしたらあなたの事も保護してもらうから。ね?」
納得したのかは分からないが、のろのろと起き上がったその子を風呂場へ誘導し本日2度目のお風呂に入る事になった。子供は男の子だった。
「イヴリース様は人間なのです?」
「そうよ。この屋敷の魔道具のおかげで生活出来ているの。」
「へぇ~。神様じゃないんだ。…です。」
少年はアリエルと名乗った。前世で見た映画の人魚姫を想像し、勝手に女の子だと思って服を脱がしたら男の子だった。相手は子供だが、一応自分は寝間着のまま彼の身体を洗ってあげる。
アリエルはどこかのスラムにいたらしい。が、人攫いに会ってこの魔物の森に連れてこられ、檻の中に監禁されていたのだとか。頑丈な檻のおかげで魔物の爪や牙からは守られたが、火や毒を飛ばす魔物が現れたらと思うと恐ろしくて眠る事も出来なかったという。
それでも小さな体に限界が来て、気を失うように眠ってしまい、目が覚めたら大乱闘が起こっていたそうだ。敵か味方か分からない誰かが檻のカギを壊した瞬間、隙をついて逃げ出し、我武者羅に走った結果ここにたどり着いたという。
「そういえば、どうやって結界の中に入ったの?」
「結界?何それです?」
「…えっと、丁寧に話さなくてもいいよ?私も礼儀には疎いから。」
「黒ローブの男たちは敬語で話さないと殴ったから…。」
頭を5回洗い綺麗にしてから身体に移る。体は3回も洗えばようやく泡が立ってきた。それで遊ぶアリエルの旅がそんなに壮絶なものだとは、この場面だけ見た人にはきっと予想できないだろう。
どうやら結界はアリエルに作用しなかった事が判明した。これはクレメントに相談しなければなるまい。




