第8話 ドッペルゲンガーへの期待
車掌さんの案内に従って駅の構内を通り抜けて線路に降り立った。線路に敷き詰められた小石に足を取られながら進んでいくと、大きなレンガ造りの倉庫が見えた。そのガレージが大きく開かれており、そこには昨日まで汽笛を鳴らして走っていたあの蒸気機関車シャロン号が朝日に照らされていた。
「発車まで後二時間しかないぞぉ!」
突然、男の野太い怒号が響き渡る。
「そんなことを言われましてもぉ……」
白衣を着た人たちのざわつく声が車庫の入り口まで響いていた。
これから起こるであろうことを想像すると憂鬱で足が止まってしまうが、背後からジェフに押されて進まざるを得ない。そして、とうとうその白衣を着た集団と目が合ってしまった。
「ああ!エレナ様だ!助かった!」
白衣を着た魔法研究所の職員の人たちが次々に安堵の声を上げて僕の方に近寄ってきた。
職員達は希望に満ちた目で僕を見つめてくる。
何もできない偽物の僕を期待の目で見つめてくる現実に僕は思わず目を背けた。
「早速ですけど、エレナ様の魔法でトロイに熱エネルギーを与えてください。」
そんなことできるわけがないと叫びたかった。
言い訳、いや理屈を考えろと自分に強く言い聞かせる。
ジェフの方をちらりと見る。これまで助け船を出してくれたジェフは考え事をしているかのように腕を組んで黙り込んでいる。
魔法研究所の職員達は相も変わらず羨望の眼差しで僕を見つめてくる。
混沌が頭の中を支配した。
考えすぎると不審に思われてしまうかもしれない……。
ジェフが目を光らせている以上、僕の正体を安易にバラすべきではない……。
僕はエレナ、偉大なる魔法使い……賢者様だったらどう答える……。
考えた末に僕は一言ひねり出した。
「ぼく……私にはできません。」
その場にいた職員達が一斉に固まる。あこがれの賢者様から不可能という言葉が出てきたのだから当然の反応だ。だが、問題はないはずだ。
「トロイに熱エネルギーを与えるには炎の魔法が必要でしょう。」
職員達が一様に頷いた。
「扱える魔法の属性は一人につき一種類だけ。それは賢者と言われても同じです。私は土の魔法使いだから炎の魔法は使えません。」
賢者と謳われるエレナにこの法則が当てはまるかは僕には分からない。
だが、職員達が納得した様子で頷いているのでもう十分だ。ジェフの方を振り返ると、両腕を組みながら右手で小さく親指を立てていた。どうやら僕のことを試していたらしい。意地の悪い従者だ。
「では、どうすれば動くのですか?」
職員の一人が声を上げる。
それは専門家であるあなたたちが考えてほしいと丸投げしたくなる。
だが、この場で一番の専門家は恐らく賢者と勘違いされている僕なのだろう。
「とりあえず……もう一度炎の魔力を投入してくれませんか?」
これが蒸気機関車のことも魔法のことも何も知らない僕が出せる精一杯の答えだ。
「賢者様も私たちを疑っているのですか?」
いかにも気の強そうな女性職員が不満げに僕を睨み付けてきた。辟易している僕とその女性との間にガイズが割り込むと、ガイズが女性職員を説得し始めた。
「まぁまぁ、エリー君。賢者様がそう言うんだし、今は文句を言う時間も惜しいでしょ。試しにやってみようじゃないか。」
「分かりました。所長代理のガイズさんが言うなら指示に従います。」
そして、女性職員が僕を再び睨み付けてくる。
「ただし!それでも何も変わらなかったら私たちのせいじゃないってことですからね!」
女性職員がわざとらしく大きな足音を立てて蒸気機関車の方へ戻ると、その後を追うように職員達の集団が流れていった。