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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第74話 ドッペルゲンガーへの隠し事

 朝早くということもあり、誰とも出会うことなく屋敷前に散らかっていた汚物を流し終えた。体に染みついた臭いをとるためにまだ寝ている他の従者たちを起こさないように軽く水浴びを済ませる。

「あら?今、帰って来たの?」

 水浴びを終えてエレナの私室へ向かう僕たちの前方からナターシャが駆け寄ってきた。いつもの給仕姿のナターシャに僕とジェフは平穏を装いながら返事をする。僕の方は若干疲労を隠せていないが、ジェフに至ってはいつもと変わらない対応をしていた。従者としての経歴の長さを感じさせる対応だった。

 一通り喋りこんだ僕とジェフは朝食の準備に向かうナターシャを見送り、そのままエレナの私室へと向かった。

「臭いに気付かれましたかな?」

 エレナの私室に鍵をかけた僕の背後でジェフがとぼけていた。

「あれをずっと一人で片づけていたんですか?」

「老いぼれの日課ですから気にしないでください。」

「老いぼれにさせる仕事じゃないですよ!」

 平静を装い続けるジェフに歩み寄りながら怒鳴りつける。

「話の続きです。どうして私兵は何も対策しないのですか?」

 貴族街を巡回する私兵の任務は街の平穏、景観を維持することだ。何か揉め事やトラブルがあれば対応に当たらなければならない。

 確かに人様の屋敷で起こっている問題に無断で割り込んでいけるほど私兵たちに強制力があるわけではない。だが、貴族街の通りに汚物が落ちていたとなれば、何らかの報告が僕に届いてしかるべきだ。僕がこの屋敷に来てから三月経つが、その報告がこれまで一度もないというのは私兵の怠慢と言わざるを得ない。

「直接私兵が訪れたこともありませんし、まさかジェフさんが私兵からの忠告の手紙を処分していたんですか?」

 ジェフは首を横に振り否定する。

「では、どうして私兵がこの屋敷に訪れないのですか?」

「ラミィ殿はこの屋敷に初めて来た時、私兵に何か忠告されましたかな?」

 僕は即座に首を横に振った。

 私兵と顔を合わせたが、それでも何も言ってこなかった。

 あの時は隣にエレナがいたから、みすぼらしい姿の僕を見ても何も忠告しなかったのだろうと勝手に思っていたが、別な事情があるらしい。

 眉間にしわを寄せながら理由を考えているとジェフが僕に答えをくれた。

「アレストラ家は忌み嫌われております。」

「それは……王国の執政を担っていれば当然じゃないですか?」

 国王陛下に政治の助言を施すことができる賢者、国王陛下に一番近くて常に国王陛下から守られる賢者が皆に好かれる理由はない。周りからの嫉妬の目は想像をはるかに超えるものだろう。

 ジェフは首を横に振るも、黙り込んだまま僕の質問に答えようとしない。

 否定したということはそれ以外の何かがこの家にはあるということだ。

 ただ()()()()()()のではなく()()()()()()()()だ。

 アレストラ家に事件や犯罪が一枚嚙んでいないとそのような物騒な言葉は出てこないはずだが、その理由を絶対教えてくれないのだろう。時折垣間見える貴族特有の秘密主義に辟易しながら僕は話題を変えることにした。

「エレナさんが戦争を牛耳る人物を探してから、あのような嫌がらせをたびたび受けていたんですよね。」

 僕は確認をとるように言葉を続ける。

「相手は賢者本人じゃなくてその周りにも危害を及ぼす人物とあなたは知っていた。例えば、セラさんが襲われるような事態も起こりえると想定していたんですか?」

 僕の言葉にジェフはついに観念したかのように頷いた。

「襲われるかもしれない可能性を全く考慮しないでセラさんやナターシャさん、カーサスさんにジェフさんを外に連れ出した責任は確かに僕にあります。」

 ジェフも他の従者たちを外に連れ出すことを容認していたが、今さらそこを責めるつもりもない。ジェフがもっと早くに話していれば、セラが襲われることもなかったと責めるつもりもない。

 僕が気にかけているのはそこではない。

「どうして今まで一人で抱え込んでいたんですか?」

 ジェフは僕の質問に黙り込んだままだが、答えなんて想像がつく。

「主の歩みを止めさせるわけにはいかない。」

 きっとそう思っているんだろう。だからこそ、はっきりと言っておかなくてはならない。

正しいことをする人(賢者エレナ)はここにはいません。何が正しいかなんて僕にもジェフさんにも分かりません。正しいことはきっとエレナだけが知っているのでしょう。」

 ここにいるのは賢者ではなく、愚者。一人では何も考えられない、何もできない愚か者だ。

「皆で考えて、話し合って、それでようやく僕たちは賢者と対等になれるんです。」

 エレナは言っていた。

 賢者一人だけに任せきりな王国が不安だと。

 賢者が入れ替わって三か月経っても、王国はまだ滅んでいない。

 きっと誰かが話し合って決めた方針に則って今日も国は動いている。

 それこそがきっと賢者がいなくても大丈夫だという証拠に他ならない。

「どうか無理をして一人で抱え込まないでください。」

 僕はジェフに頭を下げた。それはお願いだった。

 僕のような一の情報で十を理解できない愚図にはとにかく十の情報が欲しいのだ。ただでさえ賢者の代わりという難しい仕事なのに、従者のわずかな心情の変化に気付くなんて僕には到底不可能だ。

 だからこそ、教えてほしい。

 だからこそ、僕は頭を下げて皆にお願いするしかない。

 すぐさま顔を上げると、ジェフは皮肉るような笑みを僕に浮かべていた。

「あなたがそれを言いますかね?」

「僕はジェフさんと違って我慢強くないですからね。弱音を吐くのも人一倍早いんですよ。」

 その時、私室の扉がノックされる。

「おい。ラミィ、ジェフさん、朝飯できたぞ。」

 セラの呼びかけに僕の腹が大きなうねりを上げた。

「今朝のことは皆さんに報告します。良いですよね?」

 僕は腹の音が盛大に鳴ったのを誤魔化そうと急ぎ足で私室の扉に向かった。

「構いませんが、食後にしてくれませんかな?」

 僕の背後でジェフの呆れるようなため息が聞こえていた。

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