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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第73話 ドッペルゲンガーへの報復

「君がカーサスの言っていた賢者さんかい?どこかで喧嘩でもしてきたのかい?」

 ぼさぼさ頭の褐色肌の男が僕を気遣うように穏やかな声をかけてくる。先ほどまで暗殺者に重い一発をもらい、市場で買った閃光玉で視界を奪われている隙に逃げ出した僕にまともな返事をする余裕はなかった。荒れる呼吸を整えようとする僕を見かねたのか、その男は僕に一杯の水を差しだしてくれた。

 僕はむせることも構わず水を一気に流し込んだ。それを見た男がクスリと笑っていた。

「今日はここに泊めてもらうことはできますか?」

「厄介事にならないなら良いよ。」

 少し考えた素振りを見せた後、その男は僕が泊まるのを了承してくれた。

 今も外で僕のことを探し回っている暗殺者から身を隠せることに安堵のため息をつく。朝にもなれば流石に捜索をあきらめるだろう。みすぼらしい格好をして屋敷に戻ればたぶん鉢合わせることはないと高を括っていた。

「それで?僕の魔法道具を見に来たんだろう?」

 ここはカーサスが教えてくれた、市場を西に抜けた先の路地裏にひっそりと佇む魔法道具店だ。

 魔法道具は埋め込まれたトロイ鉱石に魔力を注ぎ込むことで効果を発揮する。しかし、魔力を注ぎ込むことすらできない僕には魔法道具を扱うことはできない。ところが、そんな僕にでも扱うことができる魔法道具も存在している。市場にある装飾店を五軒ほど回ったところでようやく見つけ出すことができる閃光玉のようにレアな道具だが、この店はその道具を中心に取り扱っている変わったお店だ。

「自分の身を守れる道具とかありますか?えっと……その……」

「店長のガストンだ。よろしく。」

 ガストンが差し出した手を握り返して僕はゆっくりと立ち上がった。すっかり夜も更けカンテラの明かりを頼りに僕は狭い店の中を歩き回る。仄かな明かりに照らされた閃光玉に割れた瞬間に激流を放出する水晶や熱風を吸収する指輪を物色し、僕の傍についている店長が一つずつ魔法道具を説明してくれる。

「ところで、賢者さん。お金は持ち合わせていますかい?」

 店長の何気ない一言に僕は財布の中身を確認すると、数枚の銅貨と一枚の銀貨だけが寂しい財布の中で光っていた。シャロン号の乗車代に加え市場での予想外の出費が痛かった。

「屋敷にあるんですけど、後払いでもいいですか?カーサスさんにお願いしようと思います。」

「構わないよ。賢者さんも景気が良くないみたいだね。」

 中々のお人好しだと本音が漏れそうになる。

 そのまま持ち逃げされる可能性もあるのに、よほどカーサスのことを信用しているのだろう。

「ちなみに、カーサスさんとはどういう関係なんですか?」

 僕の何気ない一言に、穏やかな笑みを浮かべていたガストンの頬がピクリと動きしばらく固まっていた。

「ただの友達だよ……飲み友達だ。」

 狼狽を隠そうとしているのは火を見るより明らかだ。

 だが、ここに泊めてもらう以上、機嫌を損ねるのは良くない。

 余計な詮索はしないで後でカーサスさんに聞いておこうと心に留めた。



 明朝。

 市場に店を構える商人たちが増える時間を狙って僕はこそこそと屋敷に戻った。買い込んだ魔法道具をガストンからもらった風呂敷に包みこんで、店舗を構える場所を探す商人のふりをしながら市場を抜けていく。

 商人しか出歩いていない市場に僕を捜索する不審な影はない。

 だが、それでも安心はできない。

 エレナの屋敷の前で待ち構えられたらどうしようもない。

 どうやって待ち伏せしている相手にバレずに、かつ屋敷内にいる従者たちに気付いてもらえるのか、裏手の柵をどう乗り越えるべきかと悶々と考えているうちに気付けば市場を抜けていた。

 馬車で通り過ぎる王都の用水路にかかったレンガ橋を渡り終えると、レンガ造りの小さな住宅ばかりの風景が白い壁の屋敷が立ち並ぶ煌びやかな風景に変わる。

 貴族街にさしかかり、視野が開けた街並みに不審な人影はない。

 念には念を入れて植え込みに隠れながら進んでいくと、すっかり見慣れた屋敷の姿があった。

「なんだ、これ……」

 思わず言葉が漏れる。

 確かに屋敷の姿は変わらない。

 だが、屋敷の門前の光景は異様なものだった。

 汚泥、糞尿、廃棄物……

 あらゆる汚物が屋敷の前に投げ捨てられていた。

 汚物が漂わせる悪臭に思わず鼻をつまみ再び目を向けると、門前に一人の老人の姿があった。両手に握られた箒と桶を地面に置くと、桶にたまった水を汚物に浴びせる。

「ジェフさん!」

 門前で掃除をしている老人に僕は声をかける。

 かすれた小さな声だったが、ジェフは僕が潜む茂みに視線を送っていた。

「周りに人影はありません。大丈夫ですぞ!」

 何とか僕の存在に気づいてもらえたようで、ジェフは箒を持ったまま屋敷のあたりを見渡すとサムズアップで答えてくれた。安全を確認してもらったところで僕はジェフに詰め寄る。

「……いつもこんなことがあったのですか?」

「たまに……ですな。」

 ジェフが大きなため息をつく。

「ですが、私にとってはもう日課です。ハハハ……」

 ジェフは力なく笑う。

「エレナさんが活動を始めてからですか……?」

 ジェフは静かに頷く。

 あくまでも何事もないかのような素振りで受け答えするジェフの顔は一切晴れない。

 余りにも姑息な報復に沸々と怒りが湧いてくる。

「貴族街には私兵がいたでしょう!彼らは一体何をしているのですか?街の不審者を追い出すのが仕事でしょう!」

「目の前のごみを片付けるのが先決です。よろしければ、お手伝いできますかな?」

 思わず声を荒げる僕を宥めるかのような声でジェフは提案する。

 目の前に差し出された箒を握りしめると、僕とジェフは朝早くから汚物の処理に勤しんだ。


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