第7話 ドッペルゲンガーの知り合い
僕はジェフと共にこぢんまりとした馬車に揺られていた。
「いやはや、賢者様がご在宅で助かりました。」
小柄で丸っこい体型の男が手綱で馬を操りながら話しかけてくる。魔法研究所の職員と名乗ってエレナの屋敷に朝早く現れたこの男、ガイズ・ライロットが僕たちを乗せて向かっているのはハイドラトラ駅だ。
「シャロン号が動かないって機関車の整備士に叩き起こされてね。」
ガイズは苛立ちを隠すことなく愚痴をこぼしていく。
「その整備士が嫌な奴でね。二言目にはお前ら魔法研究所のせいだってわめくんですよ。おら達が何をしたと言うんだか……」
「シャロン号、あの蒸気機関車は魔法研究所がトロイを研究して生み出された発明ですな。魔法研究所の所長と副所長がいれば対応できるのでは?」
ジェフは僕に解説しているんだぞと言わんばかりに目線を送ってくる。
「副所長はトロイの鉱山調査で今日の昼過ぎまで帰ってきません。所長はー…あー……そのぉー……」
露骨に喋るのを拒むガイズの様子に僕は首をかしげたが、ジェフがすかさずフォローに入る。
「夜更かしして爆睡されているのですな。あの所長さんは中々起きないことで有名ですからな。」
「そうなんですよ……。蒸気機関車を発案した人とは到底思えないですよ……。」
ガイズの愚痴を聞きながら僕は窓を覗き込んだ。
後方には昨日と変わらない賑わいを見せる市場が遠くに見えた。
そして、前方を覗き込むと昨日の夕方に見た駅が僕たちを出迎えていた。
昨日の夕方、僕がこの町に降り立った時にまさかこんな変わり果てた姿になっていようとは想像すらしていなかった。
僕は思わず自嘲の苦笑いを浮かべていた。
僕は駅の前に降り立った。
僕が今着ている紫を基調とした燕尾服の下にきつく締められたコルセットとさらしのせいで、ただ歩いているだけで腰が締め付けられる。昨日まで着ていた肌寒いけれど緩やかな旅用の古着を恋しく感じていた。
「あれ!あの時のお客さんじゃないですか!」
聞き覚えのある声に顔を上げると駅の入り口には車掌さんが出迎えてくれた。僕の忘れ物に気づいてくれて宿屋も教えてくれたあの心優しい車掌さんだった。
「覚えていますか?車掌のリーマスですよ!あんな身なりをしていたからあなたが偉い賢者様だなんて思いもしなかったよ!」
よく覚えている。あなたが紹介してくれた宿屋は大変素晴らしかった。
だが、今はそんな感謝の言葉は言えない。
僕が赤の他人である賢者として呼ばれたのだから、目の前で僕との再会を喜ぶ車掌さんがエレナと僕を勘違いしているということにしておかなければならない。
「お知り合いだったんですかい?」
魔法研究所のガイズも思わず驚きの声を上げていた。
昨日の夕方からの知り合いであることに間違いはないが、それを言ってはいけないとジェフが目で訴えてくる。
変な誤解が生じる前に手を打っておく必要がありそうだ。
「車掌さん。たぶん人違いですよ。僕……私とよく似た方だったんですね。」
「ありゃ。人違いでしたか。」
車掌さんは自分のおでこを叩くと、再度僕の顔をまじまじと覗き込んできた。
僕自身でも驚くほど似ているのだから車掌さんも不思議でたまらないのだろう。
その気持ちはよく分かる。
ただ、初めて会う女性の顔をなめ回すように見つめる車掌さんの行動は軽率だと、賢者であれば注意するべきなのだが、僕はばれやしないかが心配で気が動転してしまっていた。
「いやぁ……。本当にあのお客さんにそっくりだよ。顔だけじゃない……。声も……。」
「うぉっほん!」
ジェフが大げさに咳を払った。ナイスアシストだ。
「蒸気機関車の所まで案内してくださりますかな?」
苛立ちをこめたジェフの演技に車掌さんはその場から飛び退いた。
「失礼しました。こちらです!」
車掌さんはきびすを返して先導した。その後をガイズが追いかける。その次に僕が後を追い、一番後ろにいたジェフが僕の耳元でささやいた。
「及第点ですな。」