第68話 ドッペルゲンガーと兄妹
「あなたに私の護衛を依頼する理由はそこにあります。」
山賊に備えて護衛を雇うなら、ギルドで優秀な冒険者として扱われている僕を雇う必要がない。ギルドでたむろしている冒険者を何人か捕まえれば事足りるし、安上がりだ。
「オストワルドは私たち貴族の間では有名な地上げ屋でしてな。あらゆる土地を買い占めては貴族に押し売りしている商人気質の強い男です。」
僕の故郷のジュナード領も今はオストワルドの所有物となっているのはよく知っている。僕はうなずきながらサヘランの次の言葉を引き出していく。
「ところで、ラミィ様は土地の購入制度についてご存じですかな?」
エレナの私室にある本でちらりと見たが、詳しくは覚えていない。それに、冒険者の身分となっている僕が王国の土地の売買制度を熟知しているのはおかしな話だろう。
首を横に振る僕の姿を見てサヘランは説明を続ける。
「基本的に王国内の土地で領主が統治していない土地はすべて王国のものです。荒地も含めてすべて国王陛下の所有物となります。しかし、そのまま持ち続けても国の発展にはなりません。土地は誰かが開拓して、有効に活用することで真価を発揮します。」
サヘランの説明に僕はうなずきながら耳を傾ける。
「王国が主体となって開拓することもありますが、基本的は競売にかけられます。王国で開拓すると維持費がかかりますから、誰かが買ってくれて発展させてくれた方が王国としては有益なのです。」
そして、サヘランは人差し指を立てる。
「その土地の中で特に安い土地を的確に買い漁っているのがオストワルドです。」
僕はサヘランの言葉にうなずきながら言葉を返した。
「サヘラン様は随分と詳しいんですね。」
「今から三年前に土地売買に手を出していましたからね。その時に私をだまし、出し抜いていったのがオストワルドだった。」
さすが幅広い事業に手を出して失敗しているだけのことはある。
失敗を繰り返しても人脈は失われていないようだ。
「奴の土地売買に関するセンスは天才的だった。まるで次にどの土地が売りに出されるか把握しているかのように土地を購入していった。」
サヘランは静かに紅茶をすすると、応接間の天井を見上げた。
「悔しかった……。だからこそ、私は奴の才能の秘訣を知りたかった。だから、私は奴が今まで買ってきた土地を全て調べました。ジュナード領、アベルジャ、ドルム……これらの共通点が分かりますか?」
僕は首を横に振って答えると、サヘランは大きなため息をつきながら答えた。
「全てハイランド王国とエスタニア公国の襲撃で更地にされた土地ばかりでした。」
衝撃的な事実に言葉が出てこない。
しばらくしているとサヘランが苦笑をこぼしていた。
「まるで襲撃に会う土地が始めから分かりきっているかのようでしょう?三回連続なら偶々かもしれませんが、それが五回も続けば偶然では片づけられなくなる。」
そして、サヘランは失笑する。
「そのことを聞いたら血相を変えましてね。その後は何事もないかのように振舞っていましたが、裏があることくらいすぐに見抜けましたよ。」
失笑を続けるサヘランに僕が疑問を投げる。
「サヘラン様のお命を狙おうとしている奴がいて、その者に誘導されていることも知りながら、それでもなお魔銃を求めるのですか?」
殺される可能性が高いと知りながらも、なぜ危険な橋を渡ろうとするのか……?
彼を突き動かす原動力を僕は尋ねた。
「稼ぐなら今しかないんだ!命が惜しくて商人などやっていられるか!」
頼む……
サヘランは鬼気迫る表情で僕を一目見ると頭を下げた。わなわなと肩を震わせて頭を下げて頼み込む姿勢を目の当たりにしても、僕の心が揺れ動くことはなかった。
むしろ、あまりのプライドの高さに不憫とすら感じていた。
「分かりました。」
この言葉はサヘランに向けた言葉ではない。僕自身に向けた言葉だ。
『優れた冒険者はなぜ優れているのか……?』
かつてギルドで一緒に仕事をしていた戦士が酒の場で僕に投げかけた質問だ。酒の場でほとんど酔いつぶれていた戦士は管を巻きながらこう呟いた。
『依頼を難なくこなすからじゃない……。生きて帰ってくるからだ』
優秀な冒険者なら命を投げ捨てることが前提となるような依頼をそもそも受けないし、密輸という犯罪を幇助する真似はない。
本来ならこの場で丁重に断るのが正解だろう。
ただ、今の僕は非凡な冒険者のラミィだ。
ネイビーが持つ商人名簿のためなら受けざるを得ないと覚悟を決めた僕の言葉を聞いて、サヘランは希望に満ちた随喜の表情を向けてくる。
「ただし、この護衛に絶対がないことをご理解ください。それと、僕一人でサヘラン様を護衛できないので、サヘラン様の方でできる限り人を集めていただけないでしょうか?」
「分かりました。では、本日から五日後になりますが、よろしくお願いいたします。」
歓喜の涙を浮かべて僕に握手を求めてくるサヘランの手を握り返した。苦労を重ねた痕が残るしわだらけの彼の手は熱気を帯びていた。