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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第66話 ドッペルゲンガーの釣り餌

 マースは王都の西に位置し、王都と港町リルカシアの中間に位置している。かつては王都に向かう商人達が道中に立ち寄る休憩地として栄えていた街だったが、その面影はどこにもない。街を囲う壁は所々崩れかかっており、もはや壁を修復する財力すらないことを暗に示していた。

 領主のサヘラン・シーブルは領民に告げる。

 蒸気機関車シャロン号ができたせいだと。

 確かにシャロン号が開通して馬車を使う商人が減ったのは事実だ。しかし、領主を除いてシャロン号のせいにしている領民は誰一人としていない。

 度重なる領主の新事業の失敗。それが全てだ。

 その補填にあてがわれる税金は増していくばかりだ。重税にあえぎ苦しみ逃げ出す若い領民もいれば、残る家族のために諦めて留まる領民もいる。

 かつて訪れた炭鉱の町アベルジャよりも活気はなく、凄惨な街だ。

 僕の故郷のジュナード領の方がはるかに田舎だけど、ここまでの惨状ではなかった。

 僕の服装が珍しいからなのか、余所者である僕を物珍しげに見つめてくる。

「観光客ですら珍しいのか……」

 この街に対する感想を吐露しながら、僕は街の奥に見える屋敷に目を向けた。

 貧相な街の様子からは想像もできないほどの豪勢な屋敷にサヘラン・シーブルはいる。



「ここがサヘラン・シーブルの屋敷か……」

 僕は大きく深呼吸して高鳴る鼓動を沈めると呼び鈴を鳴らした。

 しばらくして、玄関先から一人の家政婦が出てきた。僕より一回り大きな体格で一見温厚そうに見えるが、不審者への警戒心がにじみ出たような視線がさながら歴戦の戦士のような印象を与える女性だった。

「どちら様ですか?ここに何の用でしょう?」

 警戒を緩めることなく対処する家政婦に僕は目的を告げる。



「僕の名はラミィ・クラストリア。ギルドからサヘラン・シーブル様に言伝を頂いています。面会できないでしょうか?」



 訝しむような視線を向けたまま家政婦は屋敷の方へと姿を消した。

 それからしばらくして、戻ってきた家政婦の女が玄関の扉を開けた。

「サヘラン・シーブル様から面会の許可が出ました。感謝することですね。」

「ありがとうございます!」

 相も変わらず不審者を見るような視線を向ける家政婦の女に僕は深くお辞儀した。




「ラミィ・クラストリア……。君があいつのギルドで噂に聞く……」

 新緑の髪をした男が眉間にしわを寄せながら僕のギルドカードをマジマジと見つめていた。

「これは返しておくよ。」

 そう言ってその男は僕のギルドカードを返した。

 目の前にいる男こそがサヘラン・シーブルだ。ギルド長を務める妹のネイビー・シーブルと同じ緑の髪をしていて、目元の周りに深いしわが刻み込まれていた。妹とそれほど年は離れていないにも関わらず、初老と勘違いしてしまいそうな程に老けており、常人には計り知れない気苦労があるのだろう。

 先程、僕を応接間まで案内してくれた家政婦が紅茶を出してきた。一言礼を述べると、家政婦の女は相変わらず不機嫌そうな顔で僕を一瞥してから部屋を出て行った。

「さて、私は君のことを知っている。ギルドで一騎当千の大活躍らしいじゃないか。」

 サヘランは紅茶をすすりながらその金色の瞳を僕に向けてくる。

「お褒めにあずかり光栄です。ですが、どうして僕のことをご存じなのですか?」

 ギルド支部がないこの地での依頼を受けたことは一度もないと付け加えると、サヘランの眉がピクリと動いた。

「君は私のことをどこまで知っている?」

 全部知っているが、話を合わせるため僕は首をかしげた。

 すると、サヘランは自分の妹のことをまるで自分の宝物かのように語り始めた。

 妹がギルド長であること、彼女の周りで起きた情報は逐一調べており、その過程でギルドで大活躍する僕、もとい(非凡)に化けたエレナ(賢者)が残した輝かしい功績に彼女が一目置かれていることを知ったらしい。

 勿論、僕は全て知っている内容ばかりだ。

「可愛い妹を勘当してしまったことを今でも謝りたいと思っている。できれば、もう一度やり直したいとも……」

 この懺悔の言葉も恐らく上辺だけだろう。

 この男が欲しいのは妹ではなく、妹が抱える既得権益(ギルド)だ。

 しおらしくしているが、事情を知る僕にとってはただの三文芝居だ。

「ネイビーさんにもしっかりお話しすれば真意が伝わると思いますよ。」

「是非、その機会を設けていただきたい!」

「ええ。是非とも協力しましょう!」

 話は通してみるが、即刻断られるだろう。

 サヘランと握手しながら白けた気持ちを押し殺す。

「ところで、ラミィ様はどうしてこちらに?」

 むこうから本題に移ってくれた。こいつは幸先が良い。

「先日、エレナ・アレストラ家から書状が来たかと思いますが、そちらに届いておりますか?」

「ふむ……」

 サヘランはしばらく考え込んでから、思い出したかのように手を叩いた。

「そう言えば、賢者とやら生意気な小娘から手紙が来ておりましたわ。中身も見ずに破り捨ててしまってすっかり忘れてしまったわ!」

 豪快に笑うサヘランから顔を背け、サヘランに聞かれないほど小さく舌打ちをする。

 手紙を出した本人の目の前で平然とそんなことが言えるなと毒づく。

 目の前に座っている男が手紙の差出人だと知ったらこの男は態度を改めるのだろうか……?

 今はその話に愚痴をこぼしていても仕方がない。

 手紙を読んでいないのならプランBに移ろう。

 僕は淡々と、やる気がないような態度を見せながら抑揚をつけずに話を続ける。

「その手紙には妹君のネイビー・シーブルの名前をむやみに口外しないよう忠告が書かれていたのです。もし、見ていないようであればそう伝えてほしいと……」

「むむ?お前は奴の差し金か?」

 妹の名前を出した途端、猜疑の目を向けてくる。

 僕はやれやれと言った調子で首を横に振る。

「とんでもない。ただの契約関係に過ぎませんよ。」

 僕の言葉を聞いても尚、サヘランがむける疑いの目が止むことはない。度重なる事業の失敗で世間の汚い部分を見続けてきた彼だからこそ疑うことを心得ている。

 


 確かに何度も失敗しても挑戦する心意気は尊く、否定されるものではない。

 だが、いささか愚かだ。

 


 本人も腹の底ではよく分かっているのだろう。

 妹ほどの才能はないと……。

 だが、認められない。プライドが事実を認めない。

 プライドなんか持っていない……

 妹に負けるはずがない……

 挑戦する意欲は決して馬鹿にされるものじゃない、誇らしいものだ……

 そうして自分の中で正当化し、たとえ領民から重税を巻き上げて領地が滅びる結果になってもサヘランは勝てない事業を興し続けるのだ。

「ここだけの話なんですがね……」

 賢者にやっかみを抱く僕には手に取るようにその気持ち(プライド)がわかる。

「あなたの妹さん、随分とお金にケチでして……」

 だからこそ、今度は僕に騙されろ。

 僕の言葉にサヘランが首をかしげる。

「僕をギルド本部の専属冒険者にしようとしているんですが、あの女が提示してくる報奨金がど悉くしょぼい!」

「賢者エレナもそうだ。賢者のくせに妙に貧乏くさい!これだから女は……」

 僕は自分にできる精一杯の演技で彼女たちの悪態をつく。

 さすがに良心が痛んだのか、思わず大きくため息が漏れる。

 本人に聞かれたら半殺しでは済まされそうにないが、これも作戦だと自分を正当化する。

 僕に向けられていたサヘランの猜疑の目が綻んでいた。

 僕が妹をけなしたことでサヘランは優越感に浸っているのだろう。誰も妹よりあなたの方が優れていると言っていないにも関わらず、ギルドで大活躍を果たすラミィからすれば妹なんぞ取るに足らぬ存在だとお墨付きをいただいたような錯覚に陥っているのだろう。

「ラミィ様。でしたら、この私に儲け話があります。手伝ってくれないでしょうか?」

 サヘランの自尊心をくすぐり、思考力を鈍らせるには十分だった。

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