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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第63話 ドッペルゲンガーの映し鏡

 貴族街の一角に質素な煉瓦造りの建物がひっそりと佇んでいる。表札や看板を掲げているわけでもないその外見からそれが病院だと気づける者は誰一人としていないだろう。

「念押ししますが、この建物の在処は他言無用でお願いします。」

 アルス国務長官の忠告に僕は素直に頷く。

 他言無用と言われた建物は王都病院セルレグアが秘密裏に運営している病院だ。

 王都病院セルレグアは貴族以外の立ち入りを禁止している。

 裕福な貴族の仕事柄、弱者から妬まれて命を狙われるケースも多い。人殺しのような輩が入ってきて院内で面倒事を起こされては困ると言う院長の思惑もあって、貴族以下の平民を立ち入り禁止にしているそうだ。

 だが、それでは貴族が貴族の命を狙う術を阻止することができない。

 そこで、貴族に狙われるような要人を中心とした病院が極秘裏に建設された。

 そのため、病院であることを伏せるように徹底的にカモフラージュされていた。

 建物の中は王都病院とは打って変わって明かりの数も少なく、受付の姿すらそこにはない。

 入り組んだ廊下と階段をアルス国務長官は迷うことなく突き進んでいく。その後を僕は追いかけたが、その道中で医者の一人ですら会わないのだから無人の建物と勘違いしてしまうだろう。

 やがて一つの扉の前にたどり着いた。

 アルスが扉をノックして中に入ると、ベッドの上に横たわるジョージ・ボルガー司教の姿が見えた。ベッドに覆われて身体を確認することはできないが、物静かな病室に司教の静かな寝息が響いていた。

「アルス国務長官、賢者エレナ様。面会時間は十分だけとします。よろしいですね?」

 ジョージ司教の隣に座る影の薄い医者の男がぼそりと呟くと、ふらりと病室の外へと出て行った。

「賢者殿、私も外に出た方がよろしいですか?」

 アルスの気遣いに僕は首を縦に振って甘える。

「くれぐれも余計なことは言わないようにお願いしますよ。」

 一言呟くとアルス国務長官も医者の後を追うように病室から退室した。

「ンフフ……これはこれは……賢者様。ご機嫌麗しゅう。」

「お久しぶりです。身体の方はどうですか?」

「まだ右肩が上がりきらないよ。」

 ベッドから起き上がったジョージ司教は自虐的な笑みを浮かべて右肩から脇腹にかけて何重にも巻かれている包帯を指差した。以前会った時から比べると顔色はまだ優れない様子だ。

「面会時間が十分だけなので手短に行きたいのですが、撃たれた時にあなたは何をしていました?」

「僕は執務室で書類整理をしていました。あれはちょうど本棚を整理していたときですね。背後からいきなり撃たれましてね。」

「その時に犯人の顔は見ていない?」

 ジョージ司教は首を横に振って僕の質問に答える。

 ここでも手がかりは望み薄か……。

 半ば諦め気味だが、時間の限り情報を聞き出すことにする。

「では、撃たれた時に何か覚えてはいないですか?どんなことでも良いのですが……」

 ジョージは長いため息をつくと小さく呟く。

「修道女……。」

「修道女?シスターのことですか?」

「ああ。倒れる直前、撃った奴の足下だけは見えた。あれは修道女の服装だった。」

 ジョージ司教の言葉に僕は王都の貧民街のシスターを思い出す。司教の服が白色で修道女の服は紺色だ。だからといって、レイン司教が無実だと証明された訳ではない。男が修道女の服を着て犯行に及んだとしてもあり得ない話ではない。

「お役に立てずに申し訳ない……。」

 ジョージ司教が僕に頭を下げてくる。

 犯人を特定する手がかりがないのはジョージ司教自身がよく理解しているのだろう。前に会った時に見せた自信家な様子から一転して随分と落ち込んでいるようだった。

「今の僕は哀れでしょう?」

 僕の顔を見つめながらジョージ司教は呟く。顔に出ていたのかと痛感する。

「これで次期教皇はレイン司教に決定だ。そして、僕は貴族達への償いをしなくてはいけない。」

「償い?」

 首をかしげる僕にジョージ司教が呆れた顔をして僕を睨む。

「ご存じでしょう?僕が宗教を政治に関与させようと動いていたことを。」

 政教分離……いつしかレイン司教がジョージ司教を批判した言葉だ。レイン司教は貴族と強いつながりを持つことで平民の声を黙殺してしまうのではないかと危惧していた。

「賢者様は教会の運営費用をどうまかなっているかご存じですか?」

「お布施とか寄付金とかですか?」

 僕の答えにジョージ司教が頷く。

「平民二割、貴族八割。金額の量にしてそれ位の大差が開いています。」

 考えれば至極当然の結果だろう。

 僕の故郷でも募金で信者が忙しなく声をかけていたが、払っている者を見たことすらない。

 貧しい平民が百人募金したとしても裕福な貴族一人が払う額に及ばないのは当然だ。

「そう……。すでに教会は貴族なしでは生きられない状態だ。貴族の機嫌次第で教会はいともたやすく消し飛んでしまう……」

 歯ぎしり音を立ててジョージ司教は更に言葉を続ける。

「だからこそ!」

 そして、ベッドに拳を打ち立てる。

「だからこそ、生き残るために政治に、議会に関与しておく必要があったのだ!貴族の間で大きな権力を持てば教会は永遠のものになるはずだったのに……!」

 ジョージ司教の激昂と共にしばし静寂が訪れた。荒げた呼吸を整える音だけが響いていた。

「僕……私から答えることは何もありません。」

 僕の言葉にジョージ司教が顔を上げる。

「ただ一つ言えることがあるとするなら、きっとレイン司教もあなたも正しいのでしょう。貧しい民の救いの声に耳を傾けることも、耳を傾けるのに金が必要なのもどちらもきっと正しい。後は信者がどちらを選ぶかじゃないですか?」

 「分かっているさ……だが……」

 そう言ってジョージ司教は右肩を押さえる。

 怪我があるからできない。

 ジョージ司教が言いたいのはそういうことだろう。



 その姿はまさに今の僕そのものだった。

 


 だからこそ、僕は彼に声をかけた。

「諦めるんですか?」

 自分に言い聞かせるように声をかけた。

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