第6話 ドッペルゲンガーへの来客
「それでは、エレナお嬢様に変装するにあたり、少し確認しましょう。」
ジェフは頭を掻いて記憶をたどるように語り始めた。
「まず、お嬢様は自分のことを私、相手のことをあなたと言います。私たちのように親しい間柄の場合は名前の方で呼びます。」
僕は普段自分のことを僕と呼ぶし、他人のことは名前で呼ぶように心がけている。あなたとかお前、貴様呼ばわりを不快に思う人もいるからだ。
しかし、根本的な問題はそういうことではない。
「ちょっと待ってください!」
矢継ぎ早に説明しようとするジェフを制止した。
「エレナさんは土の魔法使いで、国の政治に関わる賢者様ですよね?僕は魔法の才能はありませんし、政治などやったことはありませんよ。」
僕の至極当然とも言える指摘にジェフは頭を抱えてため息をつく。
「私もその点を危惧しているのですが……」
前置きをつけてジェフは語り出した。
「お嬢様は自分に頼りすぎているハイドランド王国の現状を危惧されているようなのです。だから、身代わりになる人に特別な才能や経験は不要だとおっしゃっています。」
経験・資格不問と書かれた商人の護衛依頼を受けて、山賊の囮にされた苦い記憶がよみがえる。
「政治については少しずつ覚えていってもらいます。」
ジェフは部屋の隅に置かれた本棚を指さした。その本棚には分厚い本がいくつにも並べられており、歴史・政治・法律・経済などの文字が書かれていた。
「薬草の種類を覚えるのと同じです。」
当たり前のように言ってくるジェフに呆れかえりながらも、僕は次の話題に移ることにした。
「魔法はどうするんですか?僕に魔法の才能は何も無いですよ。」
「ごまかしてください。」
簡単でしょうと言わんばかりのジェフの一言に僕はがっくりと肩を落とした。
「心配無用です。しばらくは私があなたと同行してフォローに入ります。」
「密談のように従者が立ち入れない場合はどうするんですか?」
「ごまかしてください。ああ、そうだ!報酬の話がまだでしたな。」
大げさに話題を切り替えようとするジェフに僕は天を仰いだ。
紅茶を飲み終えた僕はジェフに屋敷の中を案内されていた。
ジェフ曰く、
「家の間取りと従者の名前は知っておいた方が良いでしょう。」
とのことだった。
ジェフに連れられて長い廊下を歩いていると、屋敷の中庭で銀髪のオールバックの男が一本の木の前に梯子を持って立っていた。その男は僕が覗いている二階の窓を一瞬だけ振り返ると、何事もなかったかのように梯子を立てかけた。
「あの人は?」
「従者のカーサス・ホラインです。私の次にこの家に長く従えております。酒好きですが、酔いのひどい男でしてね。酒癖のせいでこの家に迷惑をかけたくないという忠義心でお酒を控える我慢強い方です。」
その酒好きのカーサスは枝切りはさみを取り出して、慣れた手つきで枝を切り分け始めた。
「危ないですよ。植木屋でも呼んだらどうですか?」
僕の心配にジェフは無言で窓の外を眺めていた。
「私も何度もカーサス君に提案していますが、彼がそれを拒んでおりましてね。」
「それはなぜです?」
そう問いかけた瞬間、玄関の方から呼び鈴がけたたましく鳴り響いた。
「来客ですか?」
「いえ。今日はその予定は無いはずですが……」
すぐさま階下の方からナターシャが走ってきた。
「お嬢様!魔法研究所の方です。」
僕とジェフはお互いに顔を見合わせた。