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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第58話 愚者への講釈

 教会の奥にある小部屋はとにかく窮屈だった。

 只でさえ教会の催しに使われる物が散らかっている狭い部屋に、大人が五人も押しかけているせいで余計に狭く感じてしまう。そんな息苦しい雰囲気もあってか、僕が話を切り出した途端にレイン司教は深いため息をついた。

「先日、その話は王国騎士団の方達にもしましたよ?」

 レイン司教がコーヒーを口にするとうんざりした目で僕を見つめる。

 ジェフ曰く、そもそもこの教会にレイン司教がいると言う情報は王国騎士団からもたらされたものだ。騎士団の取り調べが終わった後にまた同じ話をされては鬱陶しいと感じるのも無理はない。

「それは分かっています。ですが、私があなたにお話を聞きたいのは別件です。」

「別件?」

 レイン司教が首をかしげる。

「ジョージ・ボルガー司教を襲った凶器、『魔銃』の出所を調査しています。」

「おいっ!賢者様!それは……!」

 僕の右隣に座っていたソフィアが慌てて割り込むがすでに手遅れだ。

「エリーゼさん。今からする魔銃の話は王国では秘密情報ですので他言無用でお願いします。」

 王国の重大情報を突然聞かされたエリーゼは呆気にとられたように口を開けたまま生返事を返してくれた。王国の秘密をペラペラ喋る僕を見てソフィアは俯き、セラは呆れた様子で窓の外を眺めていた。

「お二人は魔銃を聞いたことがありますか?」

 念のために確認するが、やはり教会関係者のレイン司教とエリーゼは当然のように首を横に振った。

「では……」

「賢者様。」

 続けようとする僕の言葉をレイン司教が遮った。

「私は今すぐにでも王都を発たなければなりませんの。用件を手短にお願いします。」

「ああ。すみません。」

 温厚そうなレイン司教が苛立ちの表情を浮かべる。

 その様子を見た僕は咳を払って言葉を続けた。



「私は魔銃を広めたのがあなたの信者ではないかと疑っています。」



 教会の小部屋に外の雨音だけが響いていた。恐る恐るレイン司教を見ると先程の苛立つ顔から一変して継ぎ接ぎされたような不自然な微笑みを浮かべていた。

「それは面白くない冗談ね。」

 エリーゼが僕を睨み付けてくる。彼女の言葉から僕に対する嫌悪感が滲み出ていた。

 だが、このような反応が来ることは分かっていたことだ。その程度で臆していては賢者の代わりは務まらない。あらかじめ用意してきた僕の邪推を司教にぶつけてみる。

「レイン司教。あなたは魔法並びにその道具を撤廃するべきと主張していますね?」

 僕の言葉にレイン司教は肯定も否定もしない。教会の原典主義の筆頭である彼女なら当然肯定すべき場面だが、恐らく僕の出方を窺っているのだろう。

「トロイ鉱石という魔法鉱石を使った殺傷武器(魔銃)が世に出回れば、多くの民はその武器を危険だと判断しますよね。その世論は魔法を使った物を排除するべきと言うあなたの主張を後押しすることになる。違いますか?」

「違いますわ。」

 レイン司教がきっぱりと否定する。

「危ないのは魔法ではなく、その武器自体でしょう?魔法を排除する活動が活発になるかもしれませんが、それは一時的な流行にすぎません。」

「一時的な流行で済むかどうかはあなたの扇動次第でしょう?教皇になったあなたを信者は信じるのですから。信者をどう動かすかもあなたの思惑次第だ。」

 彼女が所属するマリア教はハイランド王国の最大の宗派で多くの信者を抱えている。その次期教皇の地位は競争相手が倒れた今、レイン司教のものになることは間違いない。

 教皇となった彼女は当然魔法を排斥するよう信者達に働きかけるだろう。

 だが、魔法で動く蒸気機関車を始めとして、魔法が欠かせない今の生活から魔法を捨てる選択を取ることは簡単ではない。そんな信者達を突き動かす起爆剤が魔銃だ。その状況で、武器が危険と発信するか、魔法が危険と発信するかは教皇となった彼女が決めることだ。

 僕の立てた邪推に等しい筋書きを聞いても尚、レイン司教は肯定も否定もせず黙り込んでいた。

 恐らく挑発と分かっていてそれに乗るつもりはないという意思の表れだろう。

 黙秘を貫く以上、僕には彼女をシロともクロとも判断をつけられない。

 何とかして彼女の口から情報を聞き出せないものか……

「じゃあ、ウチから質問させてくれ。」

 レイン司教から言葉を引き出そうと考えあぐねいているところにセラが口を挟む。

 僕は思わずセラの方を見るが、彼女は悠然としていた。

「セラさん……」

「いいじゃん、ウチみたいな下々が崇高な司教さんと話す機会なんか滅多にないんだしさ。」

 僕の呼びかけにセラがはにかむと、目の前にいたレイン司教の顔が少し緩んでいた。

「手短にお願いしますね。」

 レイン司教の許しを確認したところでセラが質問をぶつけた。

「なんで次期教皇様ともあろうものがこんなオンボロ教会に来てるんだ?」

「オンボロって……」

 オンボロ教会を仕切るエリーゼが声を詰まらせているのを無視してセラは言葉を続ける。

「選挙活動目的ってのはそこのシスターから聞いたから知ってるけど、そもそも王都にある教会はここだけじゃない。平民が住むところにもあるし、貴族街にだってある。寧ろ平民が住んでいるところの方が信者も多いし、投票数も見込めるだろう?」

 確かに宗教に疎い僕でも疑問に感じるところだ。

 浮浪者が溢れる貧民街で高そうな法衣を着て物々しい僧兵を連れていれば狙われる危険もある。そんな危険を冒してまで信者が少ない教会に足を運ぶなら、確実に投票数が見込める教会を効率よく回った方が良いに決まっている。

「まず、選挙目的であることは否定しません。」

 レイン司教が口を開く。

「私も聖人ではないので、選挙に勝つためなら手段を選びません。そのためなら、こんな浮浪者がはびこるオンボロ教会にだって足を運びますわ。」

「へぇ、清楚っぽい見た目なのに聖人じゃないって暴露しちゃうんだ。」

 片肘を突きながらニタリと笑うセラにレイン司教が微笑み返した。

「ええ。あなたは神を信じていないでしょ?」

 レイン司教から直々に神の存在を問われたセラはシミだらけの天井を見上げて考え込んだ。

 程なくしてセラは答えた。

「そうだな……。椅子に小指をぶつけた時に神様に八つ当たりするから、ウチは神を信じてるよ。」

「それで十分ですよ。」

「レイン司教!」

 レイン司教の言葉に驚きを隠せずエリーゼの声が上ずっていた。

「信仰の価値は苦しんでいるものの心が和らげることにあると思います。魔法で激化した戦争の被害を受けた信者達が私のおかげで前を向いて生きていけるというなら、私が教皇に祭り上げられようとも気にしません。」

「祭り上げられる……?」

 僕は小さく彼女の言葉を反芻する。魔法反対を主張しているのはあくまで彼女の信者の鬱憤を押さえるためのリップサービスなのだろうか。

 僕が考え込んでいる様子は気づかれることなくレイン司教は言葉を続ける。

「ですが、心が満たされてもお腹は満たされません。」

 レイン司教は顔を上げて僕たちを見渡すと、大きく息を吐いて意思を表明した。

「信仰の役割が心を満たすことならば、教会の役割は心とお腹の両方を満たすことにあると思います。そのためには貧しきものに添い寄ることが教会に求められると思います。だから、貴族とのつながりを優先するジョージ司教のやり方に私は賛同できません。」

 彼女の言葉から発せられる強い覚悟にその場にいる誰もが引き込まれそうになっていた。

 僕も冷静な判断が求められる立場(賢者の代わり)にいなければ、きっと彼女を盲信してしまうだろう。

「あなたの講釈はよく分かりました。」

 司教のペースに飲み込まれまいと僕は一呼吸ついて再び尋ねる。

「教会が、いえ、あなたやあなたの信者が魔銃を広めたという事実はないのですね?」

 僕の質問を聞いた途端、レイン司教はわざとらしく音を立てて立ち上がった。そして、僕の方に険しい表情を向けると、直ぐさま申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「もう次の教会に移動する時間ですので、行ってもよろしいですか?賢者様?」

 二度尋ねても答えないレイン司教の姿勢に僕は一つの確証を得る。

 レイン司教は彼女の信者が魔銃を広めたかもしれないと可能性を疑っているのだろう。

 仮にレイン司教が魔銃を市中に広めた犯人だとしても、すでに入手経路も曖昧になりつつある中でシラを切り通せば、証拠不十分で逃げ切れるはずだ。それなら明確に否定するはずだ。

「ええ。捜査に協力していただきありがとうございました。」

 これ以上彼女を問い詰めても答えは出ない。そう判断した僕は部屋を出ていく司教の背中を見送った。

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