第56話 ドッペルゲンガーと古びた教会
「また面倒くさい話を丸投げしてきたな。国王の奴、賢者を便利屋とでも勘違いしてんじゃねーの?」
王城で起きたことを一通り聞いたセラがパスタをすすりながら毒づいた。
国王達に断られた後、サヘランに会う口実を作る当初の目的を果たせず、屋敷に戻ってきた僕は従者達と昼食をとりながら今後の作戦会議を立てることにした。
「カーサスさんは魔銃の出所って何処だと思います?」
パスタを一口すすり終えたカーサスは興味がなさそうにフォークを回しながら答えた。
「王国の魔法研究所で作れないってことは外から、それこそ、ナターシャの言う通りエスタニア公国から持ち出されたんじゃないのか?」
やはりそう考えるのが自然だろう。
やはり商人名簿が必要なのだろうか……。
僕が最後の一口で食べ終えると、ジェフが口元をナプキンで拭いながら手を上げた。
「他の可能性を否定するのは良くないかと思います。」
「他の……可能性?」
その場にいる全員がお互いの顔を見合わせた。ジェフは咳を払って話を続けた。
「一つ目はハイランド王国で誰かが作ったという可能性ですな。トロイ鉱石の加工技術さえあれば魔銃を作ること自体は可能ですから、王国の魔法研究所以外に密かに研究をしているところがあるかもしれません。」
僕の頭の中にオストワルド卿とスヴェン伯爵の嫌みな顔が思い浮かんだ。
いずれも土地売り、鉱石王と潤沢な資金を持っており、世界中の優秀な魔法使いを集める金もあるだろう。特に鉱石王のスヴェン伯爵はトロイ鉱石を簡単に手に入れられる立場で、世捨て人みたいな男だ。興味本位で凶器を作りましたと言われても違和感がない。
「もう一つは商人の手によってエストニア公国から密輸された場合ですな。」
「密輸?船で運んできているんじゃないですか?」
僕の質問にジェフは首を横に振りながら言葉を続ける。
「ハイランド王国とエスタニア公国の国境は二つあります。一つはラミィ殿もご存じの港町リルカシアを通る海路ですな。」
僕はジェフの講釈に静かに頷いて答える。
「そして、もう一つはペテルゼウス山脈を超えるオラストベリア峡谷を通る陸路になります。」
「峡谷?いかにも険しそうな道ですけど……」
ペテルゼウス山脈と言えばトロイ鉱石が採れる王国と公国の国境ともなっている山脈だ。さぞかし岩肌がむき出しになった険しい道を想像していたが、ジェフの話によるとどうやら違うらしい。
「実際はただの山道です。ちょっとした雑木林になっていて山賊に遭遇する場合もありますので、商人達が滅多に使うことはありません。」
「そっちの陸路はギルドが管理していないってことか?」
セラの答えにジェフが手を叩いて頷く。
それくらい分かるとぼやきながら僕の方を向いた。
「それで?ラミィはどうするの?」
セラの指摘に僕は頭を悩ませる。
アテにしていたアルス国務長官もガウス王もサヘランに自分で会いに行けの一点張りで断られてしまった。依然として、賢者エレナがサヘランに会いに行く動機が見当たらないままだ。
ギルド長のサヘラン・シーブルの兄だと言いふらすのは止めてくださいと素直にお願いしても門前払いされるのが関の山だ。妹を勘当したのは事実だとしても、兄であることは嘘ではないし、家族の問題に首を突っ込むほど賢者に権力は無い。
適当な用件をでっち上げて会いに行くこともできなくはないが、嘘がばれてしまったときのリスクが余りにも大きすぎる。最悪、賢者との面会を一生拒否されるかもしれない。
頭を悩ませる僕にカーサスが声をかける。
「とりあえず、教皇様の孫の襲撃に魔銃が使われたのは事実だろ?」
カーサスの確認するような言葉に僕は肯定する。
「その事件で怪しい奴を手当たり次第探りを入れるのはどうだ?もしかしたら芋づる式で魔銃を渡した奴の正体が分かるかもしれないだろ?」
「地道ですけど、それしかないようですね。」
僕はため息をつきながら席を立った。それを見た従者達が昼食の片付けに入った。
「みなさん、相談に乗っていただいてありがとうございます。」
「暇な時なら話くらい聞いてやるよ。」
僕が頭を下げて礼を述べると、いそいそとテーブルの上を片付けるセラの笑い声だけがリビングに響いた。
「まぁ、確かに……暇なときなら話を聞くとは言ったけどよ……」
セラが恨めしそうに僕を見つめる。
今朝の王都は霧が濃い。紫の外套を身に纏った僕と従者のセラは今、王都の外れにある貧民街を歩いていた。貴族街に立ち並ぶ白色の屋敷とは対照的に灰色の土壁でできた薄汚れた住宅が並んでいた。通りのあちこちには煤が生えたような浮浪者やボロボロの革靴を持って募金をせがむ少年の姿があった。浮浪者達は見慣れない僕たちの姿を一目見るだけですぐに視線を地面に戻した。恐らく紫色の地味な外套のおかげで僕たちが金を持っているようには見えないのだろう。
それに僕は旅人だし、セラは元奴隷だ。
貧民街の歩き方は十分に心がけている。
一つ、地元民のように堂々と振る舞うこと。一つ、世間を嘆くようなため息をつくこと。一つ、地面に視線を落として周りと目を合わせないこと。
これを守っているおかげで乞食たちも貴族らしくない僕たちに不用意に近寄ることはなかった。
道中ずっと文句を垂れ流すセラを僕はなだめすかした。
「ジェフさんが暇を出したのだから仕方がないじゃないですか。僕の責任じゃないですよ。」
「くそぉ……、あの時、余計なことを言ったのがまずかったな。」
セラが愚痴をこぼし続ける。
従者達との作戦会議を終えた後、僕はジョージ・ボルガーを襲撃する動機がある人物を考えた。わずか数刻で思いついた人物の居所を特定するようジェフに依頼すると、それからわずか一週間後にその人物が王都の貧民街に来ることが判明したのだ。
「セラさん、着きましたよ。」
「ここにいるのかい?司教さんは?」
貧民街の中心にひっそりと佇む教会があった。所々壁にヒビが入った建物だが、その入り口には綺麗な白い法衣を着た僧侶が二人立っていた。僧侶達の手には銀製のメイスが握られていた。貧民街では見かけない高価な物で祈りを捧げるための杖ではないことは誰の目から見ても明らかだった。
恐らく戦闘用に特化された杖だろう。
いかにも門番のように佇む二人の僧侶がみすぼらしい教会の中にやんごとなき人物がいることを示していた。
教会に入ろうとすると二人の僧侶が僕たちを引き留めた。
「申し訳ないが、お引き取り願いたい。」
黙して通そうとしない僧侶達の前に僕は外套を脱いで答えた。
「私は賢者エレナ・アレストラ。レイン・マーカス司教と話がしたい。」
僕の言葉に僧侶達は慌てた様子で待つように僕たちに指示すると、一人が教会の中に入っていった。そして、すぐに教会から顔を出すと僧侶達は僕たちを中に招き入れた。