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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第54話 ドッペルゲンガーと魔銃

「そこで何をしている!オストワルド卿。」

「げげっ!あの声は国務長官!どやされる前に逃げ出しちゃいましょう!それでは!」

 上ずった声を上げてオストワルドは足早にその場から逃げ出した。

「ちょっと……!」

 追いかけようとしたが、走り去るオストワルドの影はすでに王城の廊下の遙か向こう側にあった。背後を振り向くと不機嫌そうな顔でアルス国務長官が立っていた。

「賢者殿。王がお呼びです。」

「王が……?」

 呟く僕を余所にアルスは付き人のナターシャの方を睨んでいた。

「な……なんですか?」

 突然睨まれ慌てるナターシャの問いにアルスが答える。

「賢者殿。今回の件も他言無用でお願いしたいのですが、彼女を同席させますか?」

 アルスに尋ねられ、僕はナターシャの方を向く。

 せっかく王城に来てもらったわけだし、力になってもらいたい。

 ナターシャも気持ちは同じのようだった。

 僕の思いに答えるように静かに頷く彼女を見て、僕はアルスの説得に取りかかった。



「この先に国王陛下がいらっしゃるのね……」

「大丈夫だよ。気さくな方だから。」

 王室の扉の前に立つナターシャの細い首筋から一滴の汗が流れていた。呼吸も荒くなっているナターシャの緊張を和らげようといつものトーンで声をかける。

「国王陛下の御前ですから、くれぐれも言葉遣いや態度にはご注意ください。」

 アルスが僕の言葉に反応したかのように釘を刺した。

 緊張を解そうという意図を読めないくらいまじめな人だと思わず感心した。

「あっ!エレナおねーちゃん!」

 王室の扉を開けるなり少年が僕の懐に飛び込んできた。少年が僕の胸に顔を埋めてくる。左右に揺れる少年の短髪が僕の下顎をこすりくすぐったくなる。そんな感慨に耽る暇もなく向けられる視線に気づいて振り返ると、ナターシャが軽蔑した視線を送っていた。

「お久しぶりですね。モルさ……モル。」

 僕は慌ててモル魔法研究所の所長である少年を引きはがした。

 そして顔を上げると玉座の手前に四つの人影が佇んでいた。

 一人は王国騎士団の鎧を身に纏った清廉な深紅の髪をした女性、もう一人はりりしい眉毛の武人然とした王国騎士団長のテリー、真っ黒なあごひげを蓄えたガウス国王に、老眼鏡をかけた法衣の老人……教皇様の姿があった。



「賢者エレナ。良い時に来た。」

 開口一番に呼ばれた僕はモルに引っ張られながら国王の前へ進んだ。ガウス国王はエレナといた時には見せなかった険しい顔をしていた。

 それは国王だけではない。モルを除く全員が深刻な面持ちで突っ立っていた。

「ヘンリー・ボルガー教皇。事件についてご説明を願えないだろうか?」

「事件……?」

 嫌な予感に思わず僕の口から言葉が漏れ出していた。

 教皇の方を見ると申し訳なさそうな瞳で僕を見つめていた。

「ワシの孫のジョージは知っているかの?」

 僕と隣にいたナターシャが当然のように頷く。



「何者かに襲撃された……」



 教皇様の身体がワナワナと震えていた。

 次期教皇として期待し、可愛がってきた孫が襲われたとなれば心穏やかではいられないだろう。

「それで、容態は……?」

 震えたまま僕の問いかけに答えられない教皇様の姿に、僕は国王に進言した。

「ヘンリー教皇を少し休ませた方が良いのでは?」

 国王は頷くと、テリー騎士団長に命令して教皇を客室へ案内した。

 騎士団長の命令で駆けつけた兵士達に支えられて立ち去る教皇の背中には一人の老人の哀愁が漂っていた。

 王室の扉が閉じて教皇様の姿が見えなくなったのを確認すると、アルスが一枚の羊皮紙を片手に事件の全容を語り始めた。

「昨日の深夜、ヘンリー・ボルガー教皇の孫で次期教皇の座を争うジョージ・ボルガー司教が自室で肩から血を流して倒れているのを側近の方が発見しました。その後、教会が運営する病院に搬送されて一命は取り留めたが、意識が戻っていないとのことです。」

 生存していると聞いて僕とナターシャがそっと胸をなで下ろす。

 そこに割り込んできたのは深紅の髪をした王国騎士団の女性だった。

「今回の事件の被害者は教会の関係者と言うことですよね?そうなると、私たちの調査も慎重にならざるを得ないと推測されますが、私たち王国騎士団を呼び出したのはその忠告のためですか?」

 素っ気ない態度で喋る女性にテリー騎士団長が窘める。

「カレン!いくら教皇の孫とはいえ、このハイランド王国の国民なのだ。それに、第二第三の事件を引き起こしてしまう可能性もある。我々は一刻も早く犯人を捕まえなければならんのだ!」

 騎士団長の言葉にカレンは口を尖らせながら黙り込んだ。

「だが、その忠告のためだけではない。」

 王の言葉に全員が振り向く。

 そして、王は目線でアルスに合図を送るとアルスは懐から何かを取り出した。

「これは……?」

 カレンはアルスが取り出した物をまじまじと見つめる。それは鉄筒に木製の取手が付いた、アルス国務長官の細長い手のひらに乗るような大きさの物だ。

「犯行に使われた凶器と思われる物です。市中では魔銃と呼ばれています。」

「魔銃……」

 そこにいる誰もが聞いたことがないその言葉を反芻した。

「じゃあ、僕から説明するね!」

 ただ一人、幼い魔法研究所所長のモルだけが無邪気に声を上げた。アルスの手から勢いよく取り上げると慣れた手つきで魔銃をばらしていった。そしてポケットから団栗のような小さな粒を取り出した。

「この粒は薬莢と呼ばれていてトロイ鉱石を加工して作った物なんだ。それをここに詰めて……」

 モルが魔銃に薬莢を込めながら説明を続ける。

「後はこれで取手の引き金を引けば魔銃に仕込まれたトロイ鉱石が着火してさっきの粒が発射されるよ。魔法の才能が無くても使えるのがポイントだね!」

 そして、その魔銃をアルスに手渡した。

「モル所長から指摘があった通り、これは誰でも使えるのが厄介なところです。」

「それで、その威力はどれほどだ?」

 テリー騎士団長が猜疑的な視線をアルスに送る。彼の部下であるカレンもまた同じような目を向けていた。確かにあんな手のひらサイズの代物にそれ程までの威力があるとは思えない。

 周りが向けてくる疑いの目に辟易したのか、アルスは静かにため息をついた。

「国王陛下。試し撃ちをしてもよろしいでしょうか?」

「うむ、ぜひ私もこの目で見てみたい。テリー騎士団長、古くて使わなくなった鎧があれば王室に持ってきて欲しい。」

 国王の指示と共にテリーとカレンが王室を後にする。

 騎士団がいなくなったのを見計らったかのように国王は口にした。

「賢者エレナにはこの魔銃の出所を探って欲しい。」

「出所?」

 僕の呟きにアルスが答える。

「最近、この魔銃が市中に出回っているのは事実だが、地方貴族から話を聞くだけに留まっている。この魔銃もとある地方貴族から押収した物で、市中からの回収はまだできていないのが現状だ。」

「で、でも……そんな話を聞いたことないし、魔法研究所の発明品とかじゃないんですか?」

 ナターシャの疑問にモルが首を横に振って答えた。

「僕の知る限りじゃ、魔法研究所の技術で作れる物ではないよ。」

「じゃあ、エスタニア公国から入ってきたとか……?」

 ナターシャの指摘に国王からため息が漏れる。

 国王の心情を読み取れずにいる僕たちの様子を見てアルスが答える。

「もしあなたの言葉が事実なら、我が国との戦力差は予想より大きいと言う最悪な状態です。この魔銃さえあれば、兵士に求められてきた屈強な肉体など必要が無いし、力なき国民でも兵士になり得る。」

「そんなに強力なのですか?」

 僕が尋ねた瞬間、王室の扉が開かれた。

 鎧を担いだ騎士団長が兵士達を一斉に引き連れて戻ってきたのだ。

「テリー騎士団長。その兵士達は一体……?」

「魔銃の危険性を騎士団で共有しておくのがベストだと思いまして、連れてきました。」

 勝手な判断をする騎士団長に困惑した顔でアルスは国王の方を見た。

「見学なら構わん。しっかりと目に焼き付けておけ。」

 王の許可が下りてぞろぞろと兵士達が王室に入り込むと、鎧を組み立てて簡素な的を作り上げる。

「私の後ろに下がっていてください。」

 魔銃を的に向けるアルスの言葉を聞いて兵士達が一斉に回り込む。

 王室にいる人々が固唾をのんで魔銃なる武器を見つめていた。

 


 鋭く乾いた音が響いた。

 次の瞬間、鉄がひしゃげる鈍い音が静まりかえった王室に轟いた。

 鎧に大きな穴が空いていた。

 


 これを一般国民が持つようになったら……、街中で犯人が乱射したときに善良な国民を守り抜くことができるのか……、敵国がこれを量産していたら勝てるのか……

 各々が各々の立場で最悪の想像を膨らませて絶句する。

 その中でただ一人、ガウス王が声を上げる。

「諸君、今その目で見たとおりだ!次期教皇の候補であるジョージ・ボルガーを襲撃した犯人はこれを持っている。教会相手に神経を使う調査に乗り出すことになるが、国民の安全を最優先に調査をするんだ!分かったな!」

 国王の号令に兵士達の忠誠の声が轟いた。

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