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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第50話 ドッペルゲンガーと教皇

 二人の珍客が去って三日が経過した。この日は外出するにはこの上ない陽気だが、僕にとっては憂鬱な日だった。

「自分で参加すると表明したんだから諦めろ。あまり馬車を待たせるなよ。」

 執事のカーサスの言葉に僕は項垂れる。

 そもそも僕は神様の類いがいるとか真剣に考えたことはない。いてもいなくても今の生活に何か変化があるわけではないからだ。教皇様に頼まれて参加することとなった演説会の内容はどう考えても僕の興味を惹く話ではないのは明らかだ。

 だからといって、何も対策せずに演説会に向かうのはまずい。

 そう判断したジェフの手によって、僕は三日間宗教の勉強をさせられた。

 そのせいで、商業ギルドのギルドマスターからの依頼は未だ手つかずのままだ。

「では、お気を付けていってらっしゃいませ。」

 ジェフとカーサスが玄関の扉を開けると、目の前に一台の馬車が僕を待ち構えていた。




 王都の門を離れて馬車に揺られること四時間、ようやくマリア教会の総本山がある湖に浮かぶ都市ネストの門をくぐった。次期教皇候補の二人の演説日と言うこともあり、町は白い法衣を着た僧侶で溢れかえっていた。

「お客さん、ここがマリア教会の総本山だよ。」

 口数の少ない御者が荘厳な白亜の神殿の前で馬車を止めた。馬車の車窓から外の様子を覗うとすでに人だかりができていた。候補者の一人である教皇様の孫が神殿の入り口の前にいるのだから、当然のことだろう。

 僕は御者に頭を下げると、意を決して馬車を降りた。

 降り立つと目の前には勝利を確信したかのような笑みを浮かべる現教皇の孫、ジョージ・ボルガーが僕をハグして出迎えた。

「賢者エレナ様、ようこそお待ちしておりました。」

 僕がここに来ることを知っていたと言うことは恐らく教皇様が自分の孫に伝えたのだろう。

 後継者争いに巻き込まれたくない僕はハグを続けるジョージを引き離して釘を刺した。

「私がここに来たのは、教皇様に依頼されたからです。あなたが送った招待状をきっかけに参加した訳ではないことだけはこの場で明確に申し上げておきます。」

 ええ、と一言返事をするとジョージは含みのある微笑みを浮かべながら、自分の部下を呼びつけた。

「大事なお客様だ。メルにロウ、賢者様を神殿に案内差し上げて。」

 ジョージの部下である二人の男に連れられて僕は神殿の中へ入っていった。

 女神マリア様を模した大理石の像が僕を見下ろすように出迎えた。湖の上にある建物のためかその石造や神殿の壁の所々に苔が生えていた。

 僕を丁重に案内するジョージの部下であるメルとロウの話によると、この総本山は百年前に発見された神殿をそのまま利用しているらしい。この湖一帯が干ばつに苦しんでいた時の頃、湖が干上がっていき、この神殿が姿を現したらしい。そして、その姿を現して数日後にこの湖一帯に恵みの雨が降り、人々は干ばつによる飢饉から免れることができた。

 二人の案内人は僕を退屈させないためにそんな歴史話を語ってくれた。

「賢者様、演説が始まるまでこの部屋でお待ち下さい。」

 二人の案内人が長い廊下の途中にある客室の扉を開けた。

 促された僕がその質素な造りの部屋に入ると、そこには見慣れた姿があった。

「メルにロウよ。案内ご苦労じゃぅた。もう下がっても良いぞ。」

 二人の案内人もその姿に驚いたようで一瞬慌てふためいていたが、すぐに落ち着きを取り戻し部屋の扉を閉めた。部屋の中には現教皇様の姿があった。

「教皇様がどうしてこの部屋に?」

「ワシが招待したのじゃから、ワシがもてなして当然じゃろう?」

 ヘンリー・ボルガー教皇がキャビネットに置かれた飲み物をカップに注ぐと僕の前に差し出した。

「賢者殿は初めて見ますかな?これは紅茶じゃ。」

 カップに注がれた赤みがかった液体に教皇様が牛乳を注いでかき混ぜた。白みが少し増して芳醇な香りのする飲み物へと姿を変えた。教皇様に勧められて一口すすると、エレナの屋敷で良く出されるココアとは違うまろやかさと甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

「紅茶と言えば、エスタニア公国のものですよね?」

 僕はここぞとばかりに賢者直伝のうんちくを教皇様に披露した。

 しかし、教皇様は気まずそうな顔をして人差し指をその薄い唇の前に立てた。

「ここで紅茶が出たことは内緒にしていただけますかな?」

 エレナのうんちくによると、国同士の戦争が続いていても商人同士は国を超えた貿易を続けている。エスタニア公国の紅茶がこの場に出されても不思議ではないと思いながら、僕は教皇様の意図が読めず首をかしげた。

「エスタニア公国は魔法が栄えておる国じゃ。そんな国から来た物なんぞ、異教徒の物だと叫ぶ輩も多くてのぉ……」

「今日は王国中の信者が集まる日ですよね?そんな日によく紅茶を出せましたね。」

「ふふっ……、貴族生活で舌が肥えた賢者様を唸らせる一品はこれ位しかないと思ってのぉ。賢者様が来ると決まったその日にわざわざ取り寄せたんじゃよ。」

 含み笑いを浮かべる教皇様に僕は思わず呆れかえっていた。賢者の屋敷に護衛も連れずにお忍びで来たことと言い、魔法反対を唱える信者達も出席する演説会の日に魔法が栄えた国の嗜好品を取り寄せる事と言い、大胆というか、警戒心がなさ過ぎる。

「それより……、この神殿であなたのお孫さんが私を迎え入れましたが、どうして私がここに来ることを知っていたのですか?」

 孫のジョージには参加しないと断っているはずなので、確認の意味を込めて僕は教皇様に尋ねた。

 教皇様は白々しく口笛を吹きながら僕の疑問に答えた。

「ジョージとは家族だしのぉ。家族団らんでつい、うっかり、思わず、喋ってしまったかもしれんわい。まぁ、アイツは自分が出した招待状で賢者様を呼べたと息巻いておったがのぉ……」

 教皇様は慌てた様子で口を押さえた。僕はそれを見逃すはずもなく指摘する。

「招待状で呼んだのではなく、教皇様自身に依頼されたから私はここへ来たのですが?」

 賢者が呼ばれた事が選挙結果に影響を及ぼさないよう教皇様と取り決めをしたはずだが、教皇様の孫が賢者の立場を選挙に活用してやろうと息巻いているらしい。

「教皇ともあろうお方が約束を反故にするんですか?」

「ワシは賢者様を選挙のだしに使おうなど決して考えてはおりませんぞ。ワシの孫が勝手に判断しておるだけでのぉ……。何度も注意しているのですが、言うことを聞かない困った孫ですわい。」

 どうやら親子そろって端から賢者の立場を利用する気だったらしい。

 教皇という神聖さが崩れ去る音がした。

「しかし、私の立場を利用してジョージ司教が教皇になったとして、対立候補のレイン司教の支持者は納得しますかね?」

「分断しつつある教会をまとめるのもワシの孫の務めじゃろう。」

 教会をまとめるのはあなたの孫ではなく次期教皇の役目だ。まだ選挙結果は出ていない。

 孫に肩入れする現教皇に心の中で毒気付きながら、騙された気分を抱きながら僕は紅茶を一気に飲み干した。

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