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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
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第49話 ドッペルゲンガーの恩師

「賢者様はワシの後継者争いを知っていますかな?」

「詳しい話までは分かりませんが……」

 僕と教皇が話す傍らでマイヤー婦人は白けた顔でココアをすすっていた。

「ワシの孫であるジョージともう一人司教のレイン殿の二人が争っておってのぉ。信者の方々から選ばれた司教達の多数決によって次の教皇を決めることになっております。」

 レインの名前は知らないが、取りあえず頷いておく。

「まぁ、人気投票のようなもので強力な後援者が現れると、そっちに流されるのが世の常じゃ。」

「アタイの大事な教え子は客引きじゃないんだよ。」

 ココアをすする音をわざと大きくしてマイヤー婦人が横やりを入れる。

「先日、あなたの孫からも演説会に来るように言われましたが、それと関係しますか?」

 僕の質問に教皇様はこめかみを押さえて天を仰いだ。

 慎重に話す教皇様の態度から推測するように、賢者が演説会に来ることで次期教皇の選挙に有利に働く候補者がいるのだろう。信者の中には貴族もいるだろうし、貴族の間で著名な賢者が味方についていると聞けば貴族からの票を集めることは容易だ。

「自分の孫が次期教皇に選ばれるようにお願いに来たのですか?」

 核心を突かれたのか、教皇様は頭を掻いてごまかそうとした。

 次期教皇を決める選挙に現教皇様が干渉するとなれば、ましてや自分の孫の味方をするとなれば教会は大騒ぎだろう。その対策に護衛も連れずにお忍びで賢者の屋敷に訪れたのだろうが、それでもリスクが大きすぎる。

「部外者のアタイがいない方が喋りやすいなら出て行くけど?」

「いや、構わんよ。それより……ワシの孫の対立候補レイン司教の思想はご存じですか?」

 僕は首を横に振る。

「原理主義者でのぉ……」

 原理主義、と首をかしげてオウム返しする僕に教皇が説明を続ける。

「教典にある魔法を使うものは悪魔の手先という教えに立ち返るというものじゃ。」

「可笑しな連中だね。現実を見れてないよ。」

 はつらつと笑い飛ばすマイヤー婦人に教皇様は肩を落として項垂れた。

「正直……今の立場がなければワシも反対しておる。魔法のおかげで手に入れた便利な生活を手放すことはできん。」

 教皇様の言い分に僕も思わず頷いていた。

 魔法のせいで戦争の武器が作られた反面、王国中を繋ぐ蒸気機関車の動力も魔法の恩恵を受けている。戦争で憂き目に遭い、その遠因である魔法が憎い信者から支持を受けてレイン司教は次期教皇の候補に挙がっているのだろう。宗教の教えに魔法は駄目と書かれている以上、教皇様も強く否定できないことが勢力を拡大させてしまった要因の一つなのだろう。

「でも、レイン司教が支持されているのは事実でしょう?どんな選挙結果が出ても甘んじて受け入れるべきではないんですか?」

「痛いところを突きますの……賢者様。しかし、教会にとってそれは……正しいのかのぉ……?」

 自問自答するように呟きながら教皇はテーブルに突っ伏した。返事に困り果てた僕の目とマイヤー婦人の呆れた目が合った。

「アタイは最近耳が遠くてね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 要するに現教皇様の干渉に目をつむってくれるらしい。判断は僕に委ねると言うことだ。

「分かりました……。」

 僕は教皇様の前でこれ見よがしに大きなため息をつく。

「演説会に出席しましょう。その代わり、あくまでも私は中立な立場で、私が参加したことで選挙に影響を及ぼすことがないこと、その後の選挙結果に一切関与させないことを約束して下さい。それでよろしいですね?」

 目の前で火の粉が降りかかりそうのなら、先手を打って遠ざけるのが正解だ。商人名簿の件もあるし、これ以上厄介事を抱えたくない。

 それに目の前で困り果てているご老人を無視するほど僕は冷徹にはなりきれないらしい。教皇様はあくまでも宗教の未来、ひいては信者達の未来を真剣に悩んでいる姿に同情してしまった。果たして僕の選択を賢者の恩師であるマイヤー婦人はどのように判断したのだろうか?

 僕の回答に教皇様の顔色がみるみる明るくなっていった。

 


「引き受けてくれて助かるわい。」

 教皇様が席を立った。

 満足のいく返事を貰って終始上機嫌の教皇様を送り出そうと僕は側に駆け寄った。しかし、教皇様は首を横に振った。

「送迎は結構じゃ。お忍びで賢者様の所に来ておりますので。」

「それでは、玄関まで。」

 賢者と教皇がつるんでいるところを目撃されるのを避けたい気持ちは分かるが、高齢の老人を一人で帰すほど僕はまだ人の心を持ち合わせているつもりだ。マイヤー婦人をリビングに残して、僕は教皇様を玄関まで案内した。

 玄関先でナターシャとセラと僕の三人で教皇様を見送った。

 扉を閉める直前、教皇様は僕の方を振り向いて温和な笑顔でピースサインを見せた。

「後はマイヤーさんだけね!頑張りなさいよ!」

「それはどういう意味だい?ナターシャ?」

 ナターシャが僕の肩を叩くと同時に後ろから声がした。

 振り返るとそこにはマイヤー婦人が不穏な笑みを浮かべて立っていた。

「と……特に深い意味はありませんわ!ねぇ?お……お嬢様?」

 救いを求めるように僕の腕を引っ張るナターシャを余所に僕は首を縦に振るしかなかった。

「アタイももう帰るとするよ。」

「もう帰るんですか?」

「おや?帰って欲しいんじゃないのかい?」

 婦人の尾意地悪な返事に僕は苦笑いをしてごまかすしかなかった。

 マイヤー婦人は固まる僕たちを余所に靴を履き終えて僕たちに頭を下げた。

「一つ伝えておくことがある。」

 マイヤー婦人は持っていた杖で僕を指した。



「アンタはもっと周りを頼ることだね。」



「それはどういう……」

 僕の問いを遮るように婦人は言葉を続けた。

「エレナはアタイの可愛い教え子だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 従者の二人も僕と同じように困惑の表情を浮かべていた。

「騙してしまいすみません。僕はエレナの影武者をしているものです。よく気づかれましたね?」

 観念した僕にマイヤー婦人は鼻を鳴らして答えた。

「あの子なら躊躇することなく演説会への出席を断ったはずだよ。あの子は正しくあり続けようとするからね。あの子にとっては、相手が教皇だろうと正義の前には関係ないのさ。」

「エレナさんの恩師の目は誤魔化せなかったようですね。この話は……」

「誰にも言わないよ。あの子の正義は絶対的に正しい。アンタを選んだのもきっと正しいはずさ。」

 ココアがおいしかったよと言葉を残してマイヤー婦人は去って行った。

「……ったく、勘の鋭いおばさんだぜ。」

 セラがボソリと呟いた。

「誰がおばさんだって!」

 玄関の扉の向こうから婦人が怒鳴っていた。どうやら扉を閉めて暫くの間、聞き耳を立てていたらしい。婦人の地獄耳にたじろぐセラを横目に、僕は教え子にしてこの師ありな奇人だと内心毒気づいた。

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