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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
凶弾と宗教
43/74

第43話 ドッペルゲンガーと愛憎

 薄暗い闇が広がる檻の中で横たわる一人の男が今日も天井の染みを数えていた。

 いや、今日とは何だろう……

 男は己を皮肉った。

 今日と言う日にちの概念が男にはなかった。

 独房に差し込むわずかな光を毎日数えていれば、時間を把握できていただろう。

 だが、男はそれすらも諦めてしまった。

 死刑が確定している彼にとってそれは何の意味もなさない行為だった。



「65番!お前に面会だ。」

 番号で呼ばれる彼の名はヴェルグ・カーティス。死刑囚だ。

 いつ死刑になるか分からない。

 65番と呼ばれるからといって先客が65人いるかすらも分からない。

 そんな俺に会いに来る物好きがまだいるらしい。

 ヴェルグは身体を起こすと、冷たい石畳の上にあぐらを掻いた。

 重厚な扉がゆっくりと音を立てて開かれる。

 


 ヴェルグは自分の目を疑った。

 長い牢獄生活の中で日の光を浴びていた頃の記憶はほとんど失われていた。

 それでも失われなかった一つの記憶が目の前に立っていた。

 それは記憶よりも少しばかりやせていて、背が伸びていた。

 


「お父さん。元気にしてた?」



 クロエが鉄格子の前に駆け寄りしゃがみ込んだ。

 ヴェルグも鉄格子の前まで這いずるように身体を動かすと、鉄格子越しに娘の頬を触った。

 温もりが右手に流れてくるのを感じると同時に、自分の左頬にも温かな感触を感じた。

 娘の右手がヴェルグの頬を優しくなでていた。

「クロエ。こんなに痩せてしまって……。すまなかった……。」

「私は平気だよ。私は……」

 クロエは静かに首を振った。

 ヴェルグは娘との間に立ちはだかる鉄格子を強く握りしめる。

 しかし、鉄格子が抜けることはない。

 鉄格子を憎く思う日が来るとは夢にも思っていなかった。

「クロエ。よく聞いてくれ……」

「なに?お父さん?」

 目の前で首をかしげる娘の姿を見てヴェルグは声を詰まらせた。



「これからはお前の好きに生きろ。良いな?」

 父親の優しく諭すような言葉に娘は静かに頷いた。

 その姿を見た父親は娘と再会できる今日という日に感謝した。

 二人の親子の目から一筋の涙がこぼれていた。




 まだ太陽が空高く昇っている頃、賢者の屋敷の前に一台の馬車が止まった。

 馬車からクロエが降り立った。

「本当にアベルジャに帰るの?」

 馬車の中から僕はクロエに尋ねた。

「うん。おばさまも心配しているだろうし、領主がいなくてアベルジャの皆も不安になっているだろうから。」

 聞けば父親から好きなように生きて良いと言われたらしいが、彼女は領民のために故郷に残ることを選んだようだ。本人が納得しているなら僕から言えることは何もない。

「ジェフに言えば帰りの手配をしてくれるはずです。気持ちが落ち着くまで屋敷でくつろいでいて下さい。」

「えーっと、賢者様。ラミィにありがとうって伝えておいて!」

「クロエ。僕も助かったよ。ありがとう。」

 クロエは僕にピースサインを出して微笑むと屋敷の呼び鈴を鳴らした。



「すみません。兵士さん。このままハイドラトラ駅まで送ってくれませんか?」

「分かりました。」

 僕のお願いに兵士は淡々と答えると、馬に鞭打った。

 馬車はエレナの屋敷から逃げるようにしてハイドラトラ駅へ向かった。

 遠ざかって行く屋敷を見つめながら僕は懐から一枚の紙を取り出した。

 それはエレナから渡された蒸気機関車シャロン号の最高級の部屋の乗車券だ。

 僕が乗ったことのある安い相部屋とは乗車券から華やかさに違いがあるのかと驚愕する。

 普段は買うことすら叶わない乗車券を眺めていると、馬車の手綱を握る兵士が僕に声をかけてきた。

「賢者様のおかげでシャロン号が改良されたそうじゃないですか。流石ですね!」

「ああ……ええ……」

 兵士の何気ない一言に嫌な記憶が呼び出されて心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 あの時はエレナの魔法のおかげで助かった。

 


 今回も、結局は()()()()()()()()()()()()()()()

 実際にエレナがトロイ鉱石の埋蔵量を調査していなければ、僕自身の力だけでソーマを追求することはできなかっただろう。



 結局、()()()()()()()()()()()()()と言うことだ。

 (愚者)の慎ましい努力もエレナ(賢者)の無類の才能の前では無駄に等しいと言うことだ。

 劇中の登場人物はデウス・エクス・マキナに敵わないくらい自然なことだ。

 


 そう割り切ることのできない自分と賢者に嫉妬する自分に嫌気がさしていた。




「ハイドラトラ駅になります。足下にはお気をつけ下さい。賢者様。」

 兵士の気遣いに感謝と罪悪感を抱きながら僕はハイドラトラ駅へ降り立った。

 シャロン号が運行できるようになった駅前には人だかりができていた。

 改良までの一週間の間、運悪く馬車を捕まえられなかった商人や貴族達が乗車券を買い求めて列をなしていた。

 その人だかりをかき分けるように僕は改札を抜けていった。

 目の前には黒く光るシャロン号が鎮座していた。改良されてから初のお披露目と言うこともあり、車庫で眠っていたあの時より光沢が増していた。僕にとっては嫌な思い出も蘇るが、どこか懐かしさを感じさせる佇まいだ。

 シャロン号の先頭の方を見ると、乗車券を見せる貴族達に部屋を案内する車掌さんの姿があった。

 久しぶりの再会に挨拶しておきたかったが、今回は隠密に乗車券に書かれた部屋に来るようエレナに指示されているのでそれは叶わない。

 車掌さんに見つかる前に僕は急いでシャロン号に乗り込んだ。

 シャロン号の廊下で荷物を大量に抱えた商人や旅行姿の貴族とすれ違いながらも、何とか目的の部屋へとたどり着いた。

 僕は素早く部屋の扉を開けた。

「ラミィ。待ってたぜ?」

 広々としたソファーにくつろぎながら、賢者エレナが僕を出迎えた。

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