第42話 本物の画策
「エレナさん……!どうしてここに……?」
動揺して上ずった声のままの僕を余所にガウス国王とエレナは何やら耳打ちをしていた。
「確かに……ここまでお前に似ているとは思わなかったよ……」
「フフフ……そうだろ、そうだろ?」
ガウス国王はそう呟くと、玉座から立ち上がった。
そして、エレナを引き連れて僕の元へ歩いてきた。
近づいてくる国王を目の前にして気づけば僕は跪いていた。
本能的な反応なのだろうか、頭が上げられない。
床の無機質な模様を見つめる視線の先に国王の物と思われる高級そうな革靴が映った。
「そんなにかしこまらなくても良いって!」
エレナのかけ声に合わせて僕の身体が持ち上げられる。
目と鼻の先には威厳のある黒いあごひげを蓄えた国王ガウス・ハイランドの姿があった。
どうやら夢ではないらしい……
現実逃避をしようと努める僕を尻目に王は右手を差し出した。
「エレナから成り代わりの作戦を聞いている。協力してくれて感謝する。ラミィ。」
唖然としていると、横からエレナが僕を小突いた。
「ほら!ガウスが握手を求めてるぞ!」
その一言で我に返った僕は差し出された王の右手を握り返した。
僕の手より一回り大きい王の手は岩のようなゴツゴツした感触だった。
固い熱の籠もった握手を終えると、ガウス王が切り出した。
「お前を試すようなまねをしてすまなかった。」
「試すって……?」
「あー……。それはアタシから説明するよ。」
だいぶ素のしゃべり方に近くなっているエレナが頭を掻きながら説明を始めた。
「アタシが成り代わる計画をこいつに話したんだけどさ……こいつがラミィの実力を知りたいとか言い出してさ……。」
国王陛下をこいつ呼ばわりする行為は不敬罪に問われるような気がするが、国王は少しも気にしていないらしい。賢者として長い付き合いがあるから許されているのだろう。
「ちょうどその時に、コルラシア親子と籠城が起きたと言う話で揉めていたんだよ。それで、実力を試すにはちょうど良い機会だとか言い出して……」
「ソーマとか言うクソガキの目を見て狂言だとすぐに分かった。だから、俺の騎士団を派遣する気が微塵も起きなくてよ。それで実力試しという名目でお前を送り出したってわけだ。」
不敵な笑みを浮かべるガウス王に僕は適当な相づちを打つしかなかった。
つまり、国王陛下に僕の実力を試されていたというわけか……。
何とか坑道の爆破が防げたから良かったものの、もし失敗していたらどうするつもりだったのだろうか……。
それとも、国王陛下の身分になると下々の命も数字でしか見ていないのだろうか……。
僕は憤然として国王を睨んだ。
しかし、国王もエレナも僕の表情の変化に気づく様子もなく話を続けていた。
「この短期間で埋蔵量をよく調べられたな。」
国王の指摘に僕はすぐさまエレナの方を向いた。
「アルス国務長官が取り出したあの羊皮紙は今朝、ジェフから僕に渡された便箋に入っていましたよね?」
遠目で見てもエレナの目が泳いでいるのが分かる。
「さては、あの便箋を僕に渡すようジェフに指示したのはあなたですね!それにあなたが埋蔵量を試算したと言うことは、アベルジャにいたと言うことですよね!」
「そりゃそうよ!鉱石王に喧嘩売って、アタシの家が取り壊しになったらどうするのよ!」
「アベルジャにいたのなら手伝ってくれても良かったのでは?」
「アンタがアベルジャに来るより前に来たんだよ!手伝えるわけないじゃん!」
ガウス国王がわざとらしく咳を吐いた。
口論になりかけていた僕とエレナは国王の方を振り向いた。
「お前の実力を試すために、無用な手出しをしないように俺がエレナに頼んでいたのだ。すまなかったな。」
ガウス国王は天を仰いだ。
「民の命がかかっているにも関わらず、実力試しと言う私的な目的でお前を送り出したことは申し訳ないと思っている。だが……」
「戦争を終わらせる王としての使命を中途半端な者に任せるわけにはいかない。」
その言葉には一国の王としての重みがあった。
僕は思わず息をのんだ。
隣に立つエレナも真剣な眼差しで王と僕を見つめた。
「エレナ。お前は何か掴んだのか?」
王はエレナの方を振り向いた。
「まだ掴んじゃいないけど、掴めそうなんだ。」
エレナの言葉に思わず僕も国王様も首をかしげる。
すると、エレナが不気味な微笑みを浮かべながら僕を見た。
嫌な予感がして後ずさりしそうになるが、エレナはしっかりと僕の腕を力強く掴んでいた。
「アタシとデートしない?」
エレナは口角を上げて満面の笑みを浮かべていた。
ここは王城にある客間の一つ。
会議用のテーブルが部屋の中央に置かれ、壁には国中から集められた風景画が飾られている。
その部屋に二人の親子がいた。
親は王城の中庭で訓練している王国騎士団を眺めており、子どもは目を赤く腫らしてテーブルの前に縮こまって座っていた。
「全く出来の悪い息子を持ったものだ。」
親のスヴェン・コルラシアはカーテンを閉めて部屋の中央へと歩いて行った。
「三人の息子達に私の鉱山の運営を一任して五年は経過しただろうが、最初の脱落者はやはりお前だったな。実につまらない結果だな。」
スヴェンは息子であるソーマの真後ろで見下ろすように立っていた。
「賢者殿は状況証拠しか集めることはできなかった。物的証拠がないのだからもっと堂々としていれば良かったものを……」
「とーちゃん……。俺には……無理だよ……。兄ちゃんや姉貴と違ってそんな胆力持ち合わせてないし……。」
ソーマはテーブルを見下ろしたまま弱音を吐く。
息子の弱音を聞いて父親は納得したかのように頷いた。
「埋蔵量が少ない鉱山をお前に託した私の目に狂いはなかったな。」
父親の言葉を聞いてソーマは瞬時に振り返った。
困惑した息子の顔を見てスヴェンはせせら笑う。
「私が自分の持っている鉱山の埋蔵量を把握していないとでも高をくくっていたか?それとも、息子達に与えた土地の価値がピッタリ同じものだと楽観していたか?それとも、親が可愛い息子を助けてくれるとでも夢見ていたか?」
スヴェンは杖を地面に叩きつけた。
その轟音にソーマは肩を震わせた。
「社会を学べ!競争をなめるな!現実を見ろ!甘ったれるな!」
座ったまま震えている息子に背を向けてスヴェンは窓の外を見た。
「どうせ今回の狂言はお前が考えたことではないのだろう?」
ソーマは驚愕の表情を浮かべて父の背中を見た。
「気づかないとでも思ったか?これでも私はお前の親だぞ?」
スヴェンは再びソーマの方へ向き直った。
「誰の入れ知恵だ?クフフ……、暇を持て余した私の好奇心が久しぶりに疼いておるわ……。」
スヴェン・コルラシアは口角をつり上げて微笑んでいた。