第41話 ドッペルゲンガーの嘆願
「ソーマ・コルラシア殿。少しお伺いしたいのですが?」
アルスがゆっくりと僕の方へと歩いてくる。
「今、賢者と大事な話をしているんだけど?」
「すぐに終わりますから……」
勝ち誇った笑みを浮かべながら僕を一瞥すると、ソーマはアルスの側に近寄った。
近寄るソーマを見てアルスは胸元から徐ろに一枚の便箋を取り出した。
見覚えのある便箋から一枚の羊皮紙を取り出すと、アルス国務長官はそれに軽く目を通した。
「ソーマ殿。先月報告していただいたアベルジャ鉱山の推定埋蔵量はいくらでしたか?」
「確か……1200万じゃなかったかな?」
「120万ですよね?」
その場にいた僕以外の全員が驚きの声を上げる。
鉱山に疎い素人の僕にはトロイ鉱石120万がどの位の量なのかいまいち想像がつかなかった。
「後三年も持つかどうか怪しいほど、埋蔵量が少ないじゃないですか?それに数値が一桁違うのですが、まさか虚偽報告ではないですよね?」
アルスの指摘に返事ができずにいるソーマを見て、アルスは確認するように話を続けた。
「トロイ鉱石の埋蔵量を見積もるために土魔法使いに依頼する必要があるのはご存じですよね?」
「いやぁ―……、俺が雇った土魔法が間違えたのかなぁ……」
「数字を一桁間違えて報告する魔法使いがいたとしたら、それはもはやただの詐欺師では?その詐欺師の名前を教えていただければ逮捕しましょうか?」
「俺がうっかり0を一つ多く書いてしまったのかもしれませんねぇ……。いやぁー……、わざとじゃないんですよぉ……ほんとに……俺って家族の中じゃあ愚図だし……」
明らかに慌てふためくソーマにアルス国務長官がとどめを刺す。
「では、120万が正しいということでよろしいですか?」
ソーマからの返事はない。
事情を知らないアルスは固まっているソーマに首をかしげていた。
だが、ソーマの背後にいる僕たちから見れば、ソーマの反応は当然だ。
その数値を認めてしまった場合、少なくともあと三年で廃坑になってしまう鉱山を抱えていて、収入源を失うという動機があることを認めてしまうことを意味するからだ。
トロイ鉱石の埋蔵量が残りわずかしかない。
残りわずかの鉱石を高く売りつけたいなぁ……。
新しい鉱脈が見つかることに賭けて掘り進めるためのまとまった軍資金が欲しいなぁ……。
王国から補償金がもらえないだろうか……。
そんな欲望が、僕の推測通りの動機があることをまさに認めてしまうことになる。
前門の虎、後門の狼とはまさにこのことだ。
「だいたい……!その数字はどこの誰が出したんだ!」
ソーマはアルス国務長官に声を荒げた。
アルスはわめき散らす若造にめんどくさそうな顔をしながら、ソーマの背後を指さした。
ソーマはアルスの指さす方を振り向いた。
ソーマと僕の目が合った。
「この国で右に並ぶ者がいない土魔法使いである賢者エレナ様による試算です。」
ソーマが口を開けながら肩を震わせていた。ただでさえ青かった顔が更に真っ青になっていく。
アルスがソーマの肩を叩いた。
「良かったですね。ハイドランド王国の最高峰の土魔法使いエレナ様に無料で埋蔵量を見積もっていただいて。普通はあり得ませんよ。」
アルスはソーマの横を通り過ぎるとガウス王の前で跪いた。
「ガウス国王陛下。賢者エレナ様の報告を中断させてしまい申し訳ございません。エレナ様も大変申し訳ございません。報告の続きをお願いします。」
「その必要はない。」
ガウス国王は小さく呟いた。アルス国務長官は不思議そうに首をかしげていた。
「愚か者!」
乾いた音が王室に響いた。
振り返るとスヴェンがソーマを手のひらでひっぱたいていた。
ソーマは赤くなった頬を右手で押さえて、父親を見ていた。
開いた瞳孔でソーマが見つめるスヴェンの顔は僕が立つ方から窺い知ることはできないが、スヴェンの背中越しから怒気を発しているのは明らかだった。
「どういうつもりだ!」
「とーちゃん……!許してよぉ……!」
スヴェンは持っていた杖で狂ったように何度もソーマの頭を叩いた。
「この……!愚か者……!」
杖を振り回す父親を目の前にしてソーマは両腕を掲げて杖を受け止めひたすらに許しを請うていた。
「スヴェン・コルラシア!」
王の呼びかけにも応じず、スヴェンはただソーマに杖を振り下ろしていた。
「スヴェン・コルラシア伯爵!」
二度目の王の呼びかけでようやく我に返ったのか、スヴェンの動きが止まった。
振り上げた杖を下ろすと、スヴェンは国王の方を振り向いた。
「ソーマ・コルラシア。」
国王の呼びかけにソーマはすっかり萎縮して背筋を伸ばしていた。
「炭鉱の埋蔵量並びに炭鉱の見取り図について虚偽の報告があった。そして、籠城騒動について狂言の疑いがある。この二つは紛れもない事実だ。」
国王の言葉にソーマは俯いた。
「まず、炭鉱調査の件については王国の方から調査団を派遣し、再調査を実施する。そして、籠城騒動についてはこれから王国騎士団の取り調べと屋敷の家宅捜索を受けてもらう。取り調べを受けている間は騎士団の監視付きで王都に滞在してもらう。異論はないな?」
ソーマが籠城騒動を裏で指示していた状況証拠だけでは、さすがに裁判にかけることは難しい。
今後、王国騎士団が調査しても物的証拠が出ない可能性もあるが、見取り図と埋蔵量の二つも虚偽報告していた事実はうっかりでは済まないだろう。
僕にできるのはここまでだ。
それ以上の追求は……それこそ、賢者くらいにしかできないだろう。
「国王陛下……」
うなだれていたスヴェンが顔を上げる。
「少し……息子と話す時間をいただきたい。空き部屋をお借りすることはできないだろうか?」
スヴェンは隣で泣きべそをかいている息子を一瞥した。
「アルス国務長官。二人を客室に案内してくれないか?」
頷いたガウス国王の言葉を聞いてアルスは二人を客室へと連れて行った。
二人の親子と国務長官が王室の扉を閉めた。
「賢者エレナよ。二人きりで話をしたい。その娘を退室させてくれないか?」
僕は国王の方を見上げた。
「国王陛下。一つお願いがあります。」
ガウス国王は僕の真意を探るかのような眼差しで僕を見下ろしていた。
彼女が故郷を離れてまで王都に来た理由……
それを叶える機会はここを持って他はない。
「クロエ・カーティスにヴェルグ・カーティス死刑囚との面会許可をいただけますか?」
ガウス国王は僕の嘆願を黙って聞いていた。
国王の全てを見透かすような視線を僕は見つめ返していた。
幾ばくかの沈黙の時が続いた。
国王から小さなため息が漏れた。
「良いだろう……。法務大臣には俺の方から伝えておく。」
「やった!」
クロエが国王の言葉を聞いて歓喜の声を上げた。
「小さな客人よ。」
王に呼びかけられクロエは喜ぶのを止めて国王の方に居直った。
「この度は情報提供をしていただき感謝する。その感謝の証として面会を許可しよう。」
穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる国王にクロエも明るい笑顔を浮かべて頭を下げた。
厳かな出で立ちのガウス国王陛下には似合わない振る舞いに僕も笑みを浮かべる。
その後、戻ってきたアルス国務長官にクロエを客間に案内するように国王が命じると、アルスの手に引っ張られてクロエは王室を去って行った。
王室には僕と国王しか残っていない。
そう言えば、僕と二人だけの話とか何だろう……
あれ?国王陛下と二人きりで喋るの……?
貴族でもない家なき子の僕が……?
鼓動が早くなるのが嫌でも分かる。
「と……ところで、お話ってなんでしょうか?国王陛下……?」
明らかに声が上ずっているのが自分でも分かる。
落ち着くよう自身に言い聞かせるが、心臓の鳴る音は大きくなるばかりだ。
国王は僕の緊張を見透かしたかのように不敵な笑みを浮かべていた。
「よくやったな。ラミィ・クラストリア。」
国王陛下が僕の本当の名前を呼んでいた。
「何を言って……」
「もういいんだよ。」
僕の言い訳を遮るように女性の声が王室に響き渡った。
その声は王が座る玉座の後ろから発せられていた。
そこから一人の女性が顔を出した。
僕と同じ顔をしたその女性は……
賢者エレナ・アレストラだった。