第39話 ドッペルゲンガーの疑念
「ところで、ソーマ様。一つお伺いしたいことがあるのですが?」
「何だよ?」
怪訝そうな顔をしてソーマが僕を睨み付けていた。
「今回の事件の中で坑道に三つ目の入り口があることが分かりました。ソーマ様はこのことを知らなかったのですか?」
「いいや。ここ一月は王都とかあちこちに飛んでいたし、シャロン号が運行停止になって今日までここに足止めもされてたし……」
「では、あの三つ目の入り口はここ一月で新しく作られたもので、あなたは知らなかったと?」
「ああ……!そうだぜ!」
ソーマは僕の言質を取るような質問に戸惑いを感じているようだった。
「国王陛下!」
僕はガウス王の方を向いた。
呼ばれたガウス王は僕の方を一見した。
「今日はとある人物を連れて来ております。その者をお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。」
ガウス王は警戒する様子もなく即答する。
「入ってきてください。」
僕は王室の扉に向かって呼びかける。
すると、扉がゆっくりと開かれて一人の少女が顔を出した。
ガウス王の姿を見るやいなや一礼して僕の側まで駆け寄った。
その少女の姿を見たスヴェンの眉がピクリと動いた。
「賢者様。失礼ですが、そちらの少女は?」
スヴェンを少女が睨み付ける。
「彼女はクロエ・カーティス。あなたが買い取ったアベルジャのかつての領主であり、死刑囚ヴェルグ・カーティスの娘です。」
その言葉を聞いた瞬間、ソーマは後ろへ飛び退いた。
「陛下!囚人の娘ですよ!汚らわしい者を神聖な王城に入れても良いのですか!」
ソーマの顔を赤くして、ソーマは憤慨した様子でガウス王に進言した。
「俺の炭鉱で働いてる卑しき炭鉱婦ですよ!さっさとつまみ出してください!」
ソーマは汚い者を見るような目でクロエを指さす。
だが、ソーマはクロエの瞳の奥に燃える憎悪に気づいていないようだ。
今にも飛びかかりそうなクロエの肩に僕はそっと手を乗せた。
彼女と目が合った。
僕が首を横に振ると、彼女の瞳から憎悪が消えすぐに冷静さを取り戻してくれた。
「ソーマ様。私の客人に対して失礼ではないですか?」
僕がソーマに釘を刺しても尚、ソーマは賤しき者が神聖な王城に侵入したと騒ぎ続けていた。
「彼女には証言しに来ていただいただけです。」
僕の話を聞かず一方的にわめき続けるソーマを無視して国王に進言した。
わめき続けるソーマに国王も辟易しているのか、国王は僕の方を見て頷いた。
「三つ目の坑道の入り口はいつできたものですか?」
僕がクロエに尋ねた。
「今から三月前です。」
クロエの返答に静寂が訪れた。
今まで喚き続けていたソーマも口を開けたまま僕を見つめていた。
「あの入り口は三月前にできていた。これが何を意味すると思いますか?」
僕はゆっくりとソーマを指さす。
「あなたは国王陛下に虚偽の報告をしたということです!」
僕は言葉を続ける。
「トロイ鉱石は王国の繁栄を左右する資源です。そのため、王国に籍を置く全ての炭鉱運営者は年に一度炭鉱の埋蔵量、炭鉱の開拓状況を王国に報告する義務が法律で定められています。」
僕が発言の真意に気づいたのか、ソーマの顔がみるみる青くなっていく。
「あなたは三つ目の入り口がすでに開拓されているにも関わらず、二つしか入り口がない炭鉱の見取り図を一月前に報告しています。これはどういうことでしょうか?」
僕の指摘にソーマは振り絞るようにゆっくりと反論する。
「いや……。ここ三月ほど忙しくて、確認を怠っていたんだよ……。」
「では、アルス国務長官がこの王室で見取り図を見せたとき、なぜ指摘しなかったのですか?」
「あ……、あの時は気が動転していて全く気づかなかったんだ……」
三つ目の入り口を報告しなかったことに過失は認めるが、故意ではないと言うことらしい。
王国の法律には炭鉱に関する報告内容をいつでも訂正できると書いてあるので、故意でないのならソーマが報告した見取り図は法律的に一切問題がないということになる。
しかし、見取り図を見た時、三つ目の入り口を指摘しなかったことに問題はある。
テリー騎士団長が「入り口が二つしかない」と明言していたにも関わらず、あの至近距離で聞こえていませんでしたというのは流石に無理がある。
僕は更にたたみかけていく。
「そう言えば、アベルジャであなたが金に困っていると噂になっているそうですね?」
「おいおい……。賢者様!まさかそんな噂話を信じるんですか?」
「本当よ!ブツブツ呟いていたじゃない!」
僕の追求にクロエが加勢する。
ソーマは思わず頭をかきむしっていた。
「金に困っていた時期はあったかもしれないけど、今は金には困ってませんから!」
ソーマは迷惑そうな顔をして国王を見つめるも、国王はそれに反応することもなく、ただ座して一言も言葉を発しない。
その様子を見てソーマは明らかに苛立っていた。
国王が何を考えているのか分からないのはどうやら僕だけではなかったようだ。
「賢者様。」
僕とソーマの口論を一人の男が遮った。
それはソーマの父にして鉱石王スヴェンであった。
「賢者様は何が言いたいのですかな?」
スヴェンはそう言うと、ソーマの頭を杖で叩いた。
「いてぇ!とーちゃん!何すんだよ!」
「ソーマは私の三人の子どもの中で末っ子。その中で特に出来が悪いのは重々承知です。」
何の前触れもなく馬鹿呼ばわりする父親にソーマは唖然としていた。
「国王陛下に報告する書類を確認しなかった。テリー騎士団長が二つしか入り口がないと発言していたにも関わらず訂正をしなかった。それでも、愚図な息子のことです。意図せずして愚かなことをしてしまったのでしょう。」
スヴェンは持っていた杖で床を叩いた。
カツーンと乾いた音が王室に響き渡った。
「しかし、私はソーマの父親です。息子に何かしらの嫌疑がかけられて決して良い気分はしません。」
スヴェンの言葉にソーマは何度も首を縦に振っていた。
「はっきりさせていただきたい!息子が何をしたというのですか?」
スヴェンが僕に詰め寄る。
ふと足下を見るとクロエと目が合った。
その目は僕に勇気を出せと覚悟を決めろと訴えていた。
相手は国の文明を掌握する鉱石王の息子。
コルラシア家が息を吹きかければ、アレストラ家はことごとく吹き飛ばされてしまうだろう。
それ程までに圧倒的な権力差があると言っても過言ではない。
「僕は……」
かすれた声では相手には届かない。
僕はつばを飲み込む。
「私は……」
「ソーマ・コルラシアが今回の炭鉱籠城の首謀者だと考えています。」