第34話 ドッペルゲンガーの成り代わり
「時間だな……」
坑道内の広場にいた山賊達が武器を持って徐ろに立ち上がった。
「ちょっと!どこにいくつもり!」
作業員の一人の少女が立ち上がった。山賊達の視線がその少女に注がれた。
どこか気品が残る顔立ちだが、その黒髪は坑道の土煙ですっかりばさついていた。
「お前達を解放することにした。」
山賊の言葉に作業員達からどよめきが湧上がった。
「どうして?」
その少女は山賊の意図を測りかねているような顔をして山賊を睨み付けた。
「残念ながら王国はヴェルグ様を引き渡すつもりはないらしい。すなわち、それは俺たちの作戦は失敗を意味する。」
山賊のリーダー格は芝居がかった素振りで両腕を大きく広げる。
「そこでだ!お前達をここに置いて、俺たちは逃げることにする!」
作業員達からどよめきが起こる。その光景をリーダー格の男は不気味な笑みを浮かべて眺めていた。
「いいか?お前達はここにいろ!兵士達がお前達を助けに来るまでな!」
リーダー格の男の怒号に作業員達のどよめきは瞬時に消え去った。
「リーダー!外にいる兵士達の数を確認しました。二つの入り口を固めているようです。」
坑道の広場に五人の山賊が流れ込んできた。五人の見張り達の報告を受けて山賊達は深く頷いた。
「よし……。ここを出発するぞ。」
山賊達は武器と食料を担ぐとぞろぞろと広場を後にした。
作業員達は彼らが出て行く後ろ姿を呆然と立ち尽くして見送った。
先程声を上げた少女は山賊が出て行った坑道を覗き込んだ。
そして、作業員達に手を上げて声をかけた。
「皆!行くわよ!」
振り上げた手には緑色に輝くペンダントが握られていた。
テントの真反対に位置する入り口から闇夜に紛れて山賊達が抜け出していた。
「お疲れ様です。」
山賊のリーダー格の男が仲間の人数を数えている背後の暗闇から声がする。
山賊のリーダー格の男は思わずたじろいだが、正体に気づくとすぐに落ち着きを取り戻し、懐から明かりが灯っていないランプを取り出した。
「これに炎の魔力を付与して坑道に繋いであるランプに取り付けろ。炎の魔力がランプを伝って作業員達がいる広場に仕掛けた爆弾が作動する。」
山賊がランプを手渡すと、男は手慣れた様子で炎の魔力を注ぎ込んだ。
ものの数分でランプに明かりが灯り、一人の男の姿を照らした。
ソーマの執事のマンスだった。
マンスは躊躇うことなく坑道の入り口へと足を運んでいく。
入り口に取り付けられたランプを取り外すと、起爆装置となったランプを取り付けようと頭上を見上げた。
「そこまでだ!」
山賊達がまばゆい光に照らし出された。
山賊達は思わず目を細める。
「皆さん!取り押さえてぇ!」
「かかれぇ!」
センガス兵士長と彼の部下のアンジュの号令で岩陰に隠れていた兵士達が山賊に肉迫する。
飛び出してきた総勢十八名の兵士達の姿に山賊達は武器を取るのが遅れてしまっていた。
「皆さん!がんばってぇ!」
「アンジュ!お前はいつまでエレナ様の格好をしておるのだ!お前も捕まえにいけ!」
「はーい。」
アンジュは紫の燕尾服を身に纏い、レイピアを片手に山賊と兵士達が入り乱れる戦場へと飛び込んでいった。
山賊達が混乱を極める中、四つん這いで這いずりながら抜け出そうとする影に向かってアンジュはレイピアを突き立てた。
「逃がしませんよぅ?マンスさん?」
目の前に突き立てられた剣を見て、マンスは慌てて後ろに下がった。
「まさか、執事であるあなたが主の財産である坑道を爆破しようとは思いませんでしたよぉ。」
「くそっ!小娘が……!」
マンスを追い詰めたアンジュの側にセンガス兵士長が駆け寄る。
「マンス!お前が山賊の黒幕だったとはな!他の従者達も逃げおおせられると思うなよ!」
十八名の兵士達による数の暴力で山賊達は次々と地面にたたき伏せられていった。
その様子を一瞥すると、マンスは深いため息をついて肩を落とした。
兵士達と山賊の衝突が終わりを迎える一方、テントに近い入り口から次々と作業員達が姿を現した。久しぶりの外の空気に自然と歓声が沸き上がっていた。
「あっ!賢者様!」
黒髪の少女が僕の元へ走り寄ってきた。
「あれ?どうして兵士の格好をしているのですか?」
「兵士から借りたんだけど、似合ってるかな?」
少女の疑問に王国の兵士の格好をしていた僕ははにかんで答えた。
「おい!ラミィ!」
僕の名前を呼ばれて振り向くと、ヘルムを両脇に抱えたカーサスの姿があった。
「兵士達の捕り物の方も順調そうだ。」
カーサスはヘルムをその場に投げ捨てると、僕とハイタッチを交わした。
僕とカーサスの様子に戸惑う少女はカーサスの後ろから現れたもう一つの影を見た。
「おばさま……」
少女はその影の元へ駆け寄った。
その影の正体は白髪の老婆だった。
白髪の老婆は抱きついてきた彼女の髪を優しくなでた。
「クロエ様……。よくぞご無事で……」
「賢者様のおかげだよ……」
ヴェルグ死刑囚の娘とその乳母は久しぶりの再会を噛みしめるように抱き合っていた。