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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
炭鉱籠城事件
30/74

第30話 ドッペルゲンガーの憤然

「おおっ!あなたが王国の陰の救世主、賢者様ですな!」

 ふと眉の兵士の大声にテントの中がどよめいた。

「賢者様って聞いたことがあるぜ!王様の懐刀の異名を持つお方だろ!」

「いや、世界の叡智……!」

「いやいや、王国の宝剣……!」

 兵士達が次々に挙げる賢者の別称はどれも初めて聞いたものばかりだった。

 エレナのことだから他人からの呼び名は気にも留めていなかったのだろう。

 尾ひれがついた噂だけが末端の兵士に届いてしまったのだろう。

「皆、静まれ!」

 ふと眉の兵士の一喝にぴたりと静まりかえった。

「賢者様が困惑されているだろう。」

 僕が困惑している事の発端はあなたが大声を上げたことですけどね……。

「わが部下達が失礼いたしました。我はセンガス・モーゼ。ここアベルジャに派遣された王国騎士団の兵士長を務めております。よろしく頼む。」

 僕はセンガスが差し出した手を握り返した。

 長い握手を交わしていると、センガスの背後からうっすらと禿げた頭をしたやせ細った執事が顔を出した。

「ワタクシはマンス・リーザ。この土地の領主、ソーマ・コルラシア様に長年従っております執事です。ここの土地勘については誰にも負けないと自負しておりますので、ぜひお声かけください。」

 マンスが差し伸べた右手を握り返した。

 握手している間もマンスは気味の悪い笑みを浮かべていた。

「賢者殿が来たからにはもう一安心ですな。では、噂の土魔法の力をぜひ見せてください!」

 センガスが乱暴に僕の肩を叩いた。

 センガスの部下達も期待の眼差しで僕を凝視する。

 偽物の僕は当然反論する。

「坑道に閉じ込められている作業員の人たちが巻き込まれるので、それはできません。」



「遠慮なくやっていただいて構いませんよ。賢者様。」

 


 思わず耳を疑った。

 振り返った先には顎をさするマンスの姿があった。

「作業員なら後からいくらでも補充ができます。」

 マンスの冷徹な言葉に僕の周りの時が止まったかのようにスローになる。

 僕の心臓が強く脈打つ。

「あなた……何を言っているんですか?」

「賢者様。彼らはソーマ様と契約を結んだ単なる労働者です。契約書の第二十項に『緊急事態の場合は命の保証はできません』と書いてあります。」

 マンスは事実だけを淡々と述べていく。

「ああ……。疑うなら契約書を持ってきましょうか?ソーマ様のお屋敷に保管されていますので、すぐにお見せできますよ。」

 黙って聞いていた僕の拳が震えていた。

 


 戦争で失われた人々の故郷をかすめ取って……

 故郷を奪われた人々の弱みにつけ込んで劣悪な環境で働かせ……

 いらなくなったら切り捨てる……?

 


 怒りで震える僕の肩にそっと手が置かれた。

 それはカーサスの手だった。

 カーサスは静かに首を横に振った。

「今は耐えるときだ。」

 カーサスの目が僕に訴えかけていた。



「いい加減にしないか!」

 テントの支柱を叩く音が響き渡った。

「自分の領地に住む民を蔑ろにする発言は見過ごせませんぞ!」

 センガスが憤怒の形相でマンスを睨み付けた。

 センガスは大股でマンスの方へ歩み寄っていく。

「センガス兵士長!駄目ですよぅ……」

 その様子を見ていたセンガスの部下とマンスの部下が徐ろに席を立った。

 センガスの部下達がセンガスの行く手を阻み、マンスの部下達がマンスをゆっくりと後退させた。

「このジジイを一発殴らせろ……!」

「駄目だって!領主様に刃向かうことになるぞ!」

 今朝方、煙草を吸ってサボっていた男も必死になってセンガスを取り押さえていた。

 あっという間に兵士長が歩を歩める先に兵士達が群がっていた。

「賢者殿。」

 その様子を見ていた僕に突然声をかけられる。

 僕の右脇の方から突如としてマンスの顔が現れた。

「勘違いなさらないでください。」

 マンスの深刻な眼差しが困惑する僕を捉えた。

「ワタクシ達は主であるソーマ様に仕えている身です。ソーマ様の益になるためなら、領民を切り捨てることすらワタクシ達はためらいません。」

 その物言いに一切の躊躇いがない。

「領民を蔑ろにすることがあっても良いのですか?」

「ソーマ様の望みとあればそれもやむを得ません。」

 そう言い残すと、マンスはテントの中にいた部下達を呼び出してテントの外へ姿を消した。

 ヴェルグ死刑囚の娘の乳母の話によれば、領主のソーマは領民にとってよそ者だ。



 よそ者だからと言ってどうなっても良いというのは間違ってる……!



「あいつらは正しい。」

 やり場のない怒りに身を任せて暴れる兵士長とそれを抑える部下達を呆然と見つめている僕にカーサスが声をかけた。

「人としては間違っているかもしれないが、従者としては間違ってはいない。」

「従者ってそんなものなんですか……?」

「少なくとも俺は旦那様からそう教わった。主の命令のためなら躊躇うなと……」

「あなたも……そうなんですか……?」

 カーサスは何も答えない。

 ただ、もの哀しげな目をしたカーサスの呟きは決して他人事ではないと実感する。



 賢者に成り代わる以上、僕にも命を選ばなくてはならない時が来る。



 その時、僕は躊躇うことなく命を切り捨てられるのだろうか?

 そして、その時があと一日で訪れるかもしれない。

 だからこそ、ここで弱音を吐いている暇はない。

「センガスさん。あなたたちが考えている策を聞きたい。」

 僕はテントの奥にある机の方へ足を運んだ。

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