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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
炭鉱籠城事件
29/74

第29話 ドッペルゲンガーのリベンジ

 冷たい風が吹きつける鉱山の空に浮かぶ月が馬車から降り立つ二人の人物を照らしていた。

 僕は民家の物陰に隠れてその様子を伺った。

 一人は王国の兵士、もう一人はジェフではなかった。

 エレナの屋敷にジェフの次に長く仕えるカーサスだった。



 見知った人物が降りてきたのを確認した僕は二人の前に躍り出た。

 二人は飛び上がった。

「心臓に悪いことは止めてくれますか?賢者様?」

「ごめんね。カーサスさん。悪気はなかったんだけどね。」

 仲良さそうに話す僕とカーサスの様子を一人王国の兵士が眺めていた。

「あの……すみません。そちらの方は?」

 王国の兵士がおずおずとカーサスに尋ねた。

 今は旅人の姿だから賢者エレナと認識されていないのだろう。



 僕ってそんなにオーラがないのかな……?



 心の中で嘆く僕を無視してカーサスは僕の身元を明かした。

「このお方が我が主、賢者エレナ・アレストラ様だ。」

「そうだったのですか!てっきり、浮浪者かと……」

 うっかり口を滑らせた兵士は慌てて口を押さえた。僕の悄然とした目を見て慌てて弁明した。

「いっ……いや……いえ!違うんです!賢者様を卑しき浪人とさげずんだ訳ではないのです!ただ、あまりにも完璧な旅人の変装に感心したと言いますか……」

「大丈夫だよ。僕も気にしてないよ。」

 兵士はすごすごと引き下がった。

 その兵士にカーサスが声をかけた。

「あなたもお分かりの通り、この姿のままでは賢者と信用されません。賢者様の正装に着替えますのでお待ちしてもらってよろしいですかな?」

 カーサスが僕に何か喋るよう促す目線を送ってくる。



「カーサス!覗かれないように見張っておいてね!」



 そうだ……!

 そう言えば、エレナは女の子だった……!




 馬車の中から着替えを取りだしたカーサスと共に兵士を一人馬車の前に待機させて民家の物陰に入っていった。

 物陰に入った瞬間、カーサスは乱暴に僕に賢者の服を投げつけた。

「自分の呼び名が『僕』のままになってたし、俺のことを『さん』付けで呼んでたぞ!ラミィに二日戻っただけでもうボロが出るのかよ。……ったく、注意しろよ!」

 カーサスの指摘に反省しながら投げ捨てられた服をかき集めた。

「驚きました。ジェフさんじゃなくて、まさかカーサスさんが来てくれるなんて思いもしませんでしたから。」

「ジェフのじいさん、疲れたから代わりにお前が行けってよ。」

 カーサスのジェフに対する愚痴を聞きながら賢者の服を着ていく。

 腰痛がひどくなるコルセットが入っていないことに僕は心の底から安堵した。

 その代わりにフードが付いた外套が入っていた。

「後、ジェフのじいさんからこれを使えってよ。」

 紫の燕尾服のボタンを留めている僕にカーサスはフード付きの薄汚れたコートを差し出した。

 首をかしげている僕にカーサスがジェフからの言伝を付け加えた。

「ヴェルグとか言う死刑囚を連れてきていないんだろう?死刑囚がいないと分かったら山賊達が坑道を爆破させる恐れがあるからこれでごまかせってよ。」

 僕は少し臭いのするコートを受け取った。

 僕がヴェルグ死刑囚に成り代わるのか……

 いや、これはむしろ……



 僕はカーサスの方に向き直った。

 着替え終わった僕の目の前で煙草を取り出したカーサスは僕を一瞥するとすぐに目線を下げた。



「カーサスさん!このコートを着てくれませんか?」



 カーサスの口にくわえていた煙草が音もなく落ちていった。

「嫌だよ!ちょっと臭いがするし!」

「いや、ヴェルグ死刑囚に背格好が似ているのはカーサスさんの方ですよ。」

「くそっ!あのじいさん!これを想定して俺を送りやがったな!」

「カーサスさん!坑道にいる作業員の命がかかっているんです。お願いします。」

 僕はカーサスをじっと見つめた。

 カーサスはたじろいだ。

 しかし、人命がかかっている以上、彼に断るという選択肢はなかった。

「今すぐに着なきゃいけないか?」

 肩を落として弱々しく喋るカーサスに僕は追い討ちをかけざるを得なかった。

「今から向かうテントの周りは松明で照らされているので、山賊に僕たちの姿を見られるかもしれません。申し訳ないんですが……」

 カーサスはがっくりとうなだれ、天を仰いだ。




 王国の兵士に誘導されて坑道の前にあるテントの前までやって来た。

 山賊が見ているかもしれないという不安から心臓の音が速くなる。

 そして、あの時の……蒸気機関車の悪夢がよみがえる。

 また、呆然として、何もできなくて、無理な期待に押しつぶされるんじゃないだろうか……

 僕の心臓の鼓動が一気に速くなる。



 フードを被ったカーサスが僕の肩を叩いた。



「さぁ、気合いを入れろよ、賢者様?」



 暗いフードの中でカーサスがにやりと笑みを浮かべる。

 僕はテントの中に足を踏み入れた。



 白いテントの中には支柱が中央に立てられ、その周りには槍や剣などの武器が箱に詰め込まれていた。奥にある机から一人の兵士と一人の執事が僕の方にやって来た。

「ヴェルグ死刑囚を連れてきたのですね。護送、お疲れ様です。」

 黒いふと眉とりりしいひげを蓄えた兵士が王国から来た兵士に敬礼した。カーサスを送迎した兵士は戸惑いながら僕に助けを求める視線を送ってきた。

「カーサス。フードを脱いで。」

 僕の合図で僕とカーサスは同時にフードを脱いだ。

 フードの中から出てきた顔に執事が驚きの声を上げた。

「裁判で顔を会わせましたが、この者達はどちらもヴェルグ死刑囚ではないですぞ!」

 やせ細った初老の執事が慌てた様子でカーサスを指さした。

「どっ……どうなっているんだ!」

 ふと眉の兵士の野太い叫び声にテントの中にいた人たちの目線が僕に向けられた。

 テントの中にいる人たちには王国から来た一人の兵士と二人の不審者が映っているだろう。

 この片田舎で賢者エレナの名を知るものはどれほどいるだろうか?



 本音を言えば、賢者の弟子と身分を偽りたかった。



 だけど、それでは依然として猜疑の目を向けられたままだろう。

 信用を得られない者の言葉で人は動かせない。



 僕はつまらない意地で賢者に成り代わることを決めた。

 そのために国務長官を欺く奇策を使ってまで情報収集に励んだ。

 賢者にとってはちっぽけなことでも、(愚者)にとって大きな努力を無駄骨で終わらせたくはなかった。

 



 僕は覚悟を決めた。



「私は賢者エレナ・アレストラ!ガウス王の勅命により不埒な輩による不法占拠を終わらせに来た!」

 もう後に引くことはできなかった。


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