第28話 ドッペルゲンガーの現地調査
老婆の家に泊まった次の日、僕は泊めてもらったお礼を言ってその場を後にした。
老婆が泣き止んだ後、足を患わせた年老いた自分以外は坑道の作業員として女、子ども関係なく借り出されているから、泊まるならアタシの家に来なさいと勧められてしまった。
明日からは坑道前のテントに泊まることになるから無理ですとは言えなかった。
適当な返事をしてしまったことに僕は多少なりとも罪悪感を抱きながらその場を後にした。
朝日が昇ると同時に僕は坑道の方へと向かった。
白い屋根のテントの周りにはすでに王国騎士団の兵士達が徘徊していた。
そこに直接乗り込もうと思ったが、今は身分がはっきりしない旅人の身であることを思い出し踏みとどまった。
賢者の弟子と偽って老婆はごまかせても、兵士達はさすがにごまかせない。最悪山賊の仲間だと勘違いされてしまうこともあり得る。賢者と言っても取り調べを受けて時間を拘束されるのは間違いない。
それに、まだ策が思いつかない段階で賢者として出向くのはあまりにも愚策だった。
テントの遙か向こうに見える坑道の入り口を眺めて状況を整理する。
山賊が坑道に爆弾を持って立てこもり、明日までにヴェルグ死刑囚を解放するよう要求している。
ヴェルグ死刑囚はかつてのアベルジャの領主であった。
しかし、エスタニア公国の襲撃で領主の座を失い、新しくスヴェンとその息子であるソーマが領主となった。
新しい領主は、自分たちの故郷が再建しているという噂を耳にして帰ってきた人たちに坑道作業員という仕事を与えた。
ヴェルグ死刑囚とその娘のクロエも故郷の再建の噂を聞きつけて帰ってきたが、かつての領主は不法占拠で逮捕されてしまった。
そのショックから領地の民を立ち直らせるためにクロエは領地の民と同じ苦しみを分かち合う道を選んだ。
領主にしては珍しくヴェルグ死刑囚とその娘は領地の民に慕われていたのだろう。
つまり、今坑道に閉じ込められている作業員全員がヴェルグ死刑囚の解放を望み、今の領主であるソーマを恨んでいるかもしれないと言うことだ。
ここで浮上してくる一つの可能性がある。
それは山賊も人質となっている作業員達も全員グル……狂言の可能性だ。
人質となっていることも、爆弾を仕掛けていることも全部嘘という可能性が頭をよぎった。
万が一、兵士達が坑道に押し寄せても、
「人質を置いて山賊達は逃げ出しました。」
と作業員全員が口裏を合わせれば、ありもしない山賊達が罪を被り、全員が無罪放免となる。
僕は頭をかきむしった。
あくまで可能性の一つだ。
そう心に留めておきながら、僕は現場の様子を遠巻きで調べることにした。
調査は難航していた。
兵士達に会うことを避けて調査するとなると、乾いた岩肌を眺めることしかやることがなかった。
このまま今日の夜に訪れる王国の馬車を待つしかないのかとヤキモキしていると、岩肌の陰からため息が聞こえた。
「はぁ……やってられないぜ。」
声がする岩陰を僕はそっと覗き込んだ。
鎧を被った男が座り込んで湿気た煙草を吹かしていた。鎧の右肩にはハイドランドの紋章である獅子が刻まれていた。
男は気配に気づいて振り返った。
「うおっ!」
僕と兵士の悲鳴が重なった。
兵士が腰に手を当てた。しかし、そこには兵士に支給されている剣はなかった。
兵士は慌てふためきながらも徒手正拳の構えをして僕に詰め寄った。
「ちょっと待ってください!僕はただの旅人ですよ!」
丸腰で武器を持っていないとは言え、王国から派遣された兵士に勝てるはずもない。
山賊の仲間と勘違いされても困るので下手に出るのが得策だ。
「旅人がどうしてこんなところに?」
「道に迷ってしまってこの町にたどり着いたんです。民家に泊めてもらえたのでせっかくですし、見学して回ろうと思いまして……」
兵士は僕を値踏みするようにジロジロと見渡した。
丸腰でひ弱そうな僕を見て兵士は鼻で笑って構えを解いた。
「兵士達があちこち炭鉱をうろついていますが、何かあったんですか?」
「あー。申し訳ないが、一般人には教えられないんだよ。」
何か情報を聞き出せないかとカマをかけてみたが、この男の口は硬いようだ。
「あなたはここで何をされていたんですか?もしかして、サボりですか?」
「断じて……サボってなんか……ない!」
誰も通らないような岩陰で煙草を吸って休んでいるのをサボりと言うもんだと思っていたが、この男にとっては違うらしい。
「別に誰かに密告したりしませんよ。」
「まぁ……上官もお前のような得体の知れない奴の言うことは聞かないだろうな。」
兵士の警戒が完全に解かれていた。
僕は情報収集に取りかかる。
「そう言えば、あそこに見える屋敷はどなたの者ですか?せっかくですし、挨拶でもしておこうと思うのですが……」
僕は切り立った崖の裏側に見える屋敷を指さした。
取りあえず、何か有益な情報を聞き出せないか当たり障りのない内容から攻めていく。
「止めとけ止めとけ!あそこの坊っちゃんはお前みたいな旅人に構うほど暇じゃないんだ。お金の計算で毎日忙しいんだよ。」
「へぇ、ここの領主は若くして倹約家なんですね。」
「倹約家じゃない!アレはケチっていうんだ。この前、俺がすれ違った時にも金、金、金って呟いていたからな。見栄張って財産が底尽きたんじゃないかって兵士達の間ではもっぱらの噂だぜ。」
鉱山王の三男ソーマが金にうるさいのは意外だった。
国の基盤を支えるエネルギー、トロイ鉱石なんて言い値で王国が買ってくれるから問題もないはずだろうに、それでも金に執着する理由が何かあったのだろうか……。
「アンタに見つかったし、俺は持ち場に戻るわ。」
僕が思案している間に、兵士は煙草を地面にこすりつけると僕の方を見つめた。
坑道内部の情報とかを聞き出したいが、一般兵が知っている情報には限界がある。
それに、ここで引き留めると余計に怪しまれるかもしれない。ここが潮時だ。
「アンタも察している通りここら辺は厳重警戒中だ。疑われる前にここを出た方が賢明だぞ。」
そう言い残して兵士はその場を離れていった。
「また会いましょうね……」
僕は小さく呟いた。
その夜、王国から一台の馬車がアベルジャに到着した。