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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
炭鉱籠城事件
27/74

第27話 ドッペルゲンガーの聞き込み

 老婆は僕を招き入れてくれた。

 老婆の家はその中心に囲炉裏があるだけの質素な家だった。

「そのペンダント、どこで手に入れた?」

 老婆は僕のことを警戒しながらペンダントのことを尋ねた。

「ヴェルグ死刑囚からもらいました。」



「ヴェルグ様は収容所にいる!嘘をつくでねぇ!」

 


 突然、怒気を発した老婆は包丁を取り出し僕の前に突き付けた。

 


 僕は慌ててその場から飛び退いた。

「落ち着いてください!収容所でヴェルグさんに面会したんです!」

 僕はその老婆をなだめすかそうと試みた。

 老婆はさらに興奮して包丁を僕の方に向けている。



「僕は賢者エレナ様の弟子のラミィと申します。ここで起きている坑道立てこもりの事件を解決するべく調査に来ました。」


 できればあまり嘘はつきたくないが、刃物を突き付けられている緊急事態なら止むを得ないと僕は自分自身に言い聞かせた。

 賢者とも言えない、賢者の偽物とも言えない僕が慎重に選んだ偽りの身分に老婆は首をかしげたが、包丁を向ける腕の力が緩むことはなかった。

 さすがの賢者の名も地方の庶民に知れ渡っていないのだから、この老婆の反応は至極当然だ。

「ヴェルグ死刑囚の仲間が解放を求めて坑道に立てこもっていると聞いて犯人達を説得しに来ました。その情報収集の時にヴェルグ死刑囚に話を伺ったんです。」

 老婆の警戒心が緩む気配はなかった。

 それでも、せっかく発見した第一村人をみすみす逃して、引き下がるわけにはいかなかった。

「娘のクロエさんが坑道にいるとも聞きました。」

 老婆の身体がかすかに揺れた。

「ヴェルグ死刑囚が言っていました。『俺のことは気にするなと娘に伝えてくれ』って……。そうお願いされたら僕は必ず彼女に伝えなければなりません!」

 僕は土間に膝をついた。

「どうか、犯人達が坑道を爆破して作業員に被害が出ないようにご協力いただけないでしょうか?」

 僕は頭を下げた。



「死刑囚……」

 老婆の言葉に僕は頭を上げた。

「その死刑囚って言葉、止めてくれないかい?」

 老婆は台所へ向かうと包丁を片付けてくれた。

「ありがとうございます。」

「それで?アタシみたいな年寄りに何が聞きたいんだい?」

 老婆は僕の目の前に水を出してくれた。

「あなたとヴェルグさんはどういうご関係ですか?」

 ヴェルグ死刑囚が捕えられて収容所にいることを知っていた老婆の正体を探ることにした。

 僕の質問に老婆は静かに答えた。

「アタシはクロエ・カーティスの乳母をやっていたのさ。父親のヴェルグ様には昔からお世話になっていてね。」

 死刑囚であるヴェルグは乳母を雇える身分だったと言うことは恐らく元貴族なのだろう。

「ヴェルグさんは元貴族だったのですね。でも、どうして娘さんは坑道で働いているのですか?」

 当然に思い浮かぶ疑問である。

 没落したとしても、多少の備蓄した財産を使えば劣悪な環境の坑道で働く道をわざわざ選ぶ必要がない。ましてや、溺愛する娘にそんな環境で働かせる父親もいないだろう。

「ヴェルグ様は元々この土地の領主だったんだよ。それが十年前のエスタニア公国の襲撃で屋敷は燃えて村人達もバラバラになってしまったのさ。」

 戦争による襲撃で領地が火の海に包まれてしまった。

 屋敷を焼かれた領主ヴェルグは娘を連れて逃げたのだろう。

「バラバラになって二年くらい経ったとき、かつての領地に屋敷が建築されたと噂が広がったのさ。アタシも領主様が帰ってきたと思って戻ることにしたよ。」

 家を失った領地の人々は逃げた先で仕事を求めたが、そう簡単には見つからない。

 かつての僕もそうだった。

 だから、僕の場合、ギルドの冒険者なんて危険な仕事をやらざるを得なかった。

 彼らが聞いた噂は希望をもたらしたのだろう。



 領主様が町を再興しようとしている……!



 また、町が復興して元通りの生活ができる……!



 そんな淡い期待を抱いて故郷に戻ってきた彼らに突き付けられたのは無残な現実だった。

「今の領主の父親の……スヴェンとか言ったかね……。あの男は紙切れを振りかざしてここは自分の土地だとか主張してね……。」

 見ず知らずの新しい領主が支配していた。

 たった一枚の土地所有権利書という紙切れに故郷に戻ってきた人々が対抗する術はなかった。

「仕事がないようなら鉱山で雇ってやる。戻ってきたアタシたちにそう言ったんだよ。」

 仕事がなく明日の食べ物に困っていた彼らにスヴェンの甘言が突き刺さった。

 彼らには劣悪な環境で働く以外に道がなかったのだろう。

「そんな時に噂を聞きつけてヴェルグ様が帰ってきた。あの時は皆で喜んだもんさ。」

 老婆はシミだらけの床を見つめた。

「だけど、ヴェルグ様は王国騎士団に捕まってしまった。」

 そして、希望は易々と打ち砕かれてしまった。

「どうして捕まってしまったんですか?」

 僕は知らない振りをして老婆に尋ねた。

 老婆は静かに首を横に振った。



 ヴェルグ死刑囚を慕う彼らですら罪状を知らされることなく拘束されてしまった。

 不当な拘束だと納得できない者もいることだろう。

 


 今回の坑道への立て籠もりはかつての領主を慕う者達による犯行なのだろうか?



 だとしても、仲間を巻き込むようなやり方はいささか強引すぎるような気がした。

 冷静に判断しなければと黙考する僕に老婆はさらに語りかけてきた。

「でも、クロエ様は残ってくれた。アタシ達と坑道で働く道を選んだんだよ。」

「あなたたちの生きる希望になるためにですか?」

 老婆は静かに頷いた。

 慕っていた領主が突然逮捕されて、絶望の淵に立たされた人たちをその領主の娘は励まそうと考えて領地の民と同じ苦労を受ける選択をしたのだろう。



 あの領主の娘さんが自分たちと同じ重労働を頑張っている……。

 


 自分たちと同じように土埃を浴びている領主の娘の姿が彼らの新しい希望になった。

 


 そんな重責を自分の乳飲み子に負わせてしまった……。

 


 目の前の老婆は自責の念に苛まれ、ただただむせび泣いていた。

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