第25話 ドッペルゲンガーの初陣
「これが65番の言っていたロケットペンダントになります。私どもの方で検疫済みですので、お受け取りください。」
収容所の事務室のタンスを漁り、看守さんは緑色に光るロケットペンダントを僕の前に差し出した。僕はそれを手で包み込むように受け取った。
ペンダントを開けると、中には一枚の写真が入っていた。
はつらつと笑う昔のヴェルグ死刑囚の隣で黒髪のショートボブの女の子がまとわりつく父親を遠ざけている、どこにでもある普通の家族写真であった。
僕はそれを握りしめた。
「看守殿。今回の面会の話は他言無用でお願いします。」
「は……はぁ……」
僕が決意をみなぎらせている横でアルス国務長官が看守に頼み込んでいた。
「面会した部屋の石壁が薄いのは予想外でしたな……。」
ジェフの言葉に僕は先程までの国務長官の顔を思い浮かべた。
面会の邪魔をされないようにアルス国務長官を追い出したのは良かったのだが、僕の話した内容は全て筒抜けだった。部屋を出た直後、アルスから密談の内容を暴露したことをこっぴどく説教されてしまった。意中の相手とはいえ、我が国の国務長官は叱るときは叱る仕事人だった。
念入りに看守に頼み込む仕事人を見てこの国は当面安泰だと確信した。
ヴェルグ死刑囚との面談を終えた僕たちはアルスに見送られてエレナの屋敷の前に降り立った。
「明日の朝、お迎えに上がります。」
それだけ言い残すと、アルスは馬車に乗り込み王城の方へ帰って行った。
「年寄りに一日仕事は疲れますな……。次の手は考えてありますかな?」
「明日に備えるだけだよ。」
僕は呼び鈴を鳴らした。すると、ナターシャが足早に駆けつけてきた。
僕だと分かり残念そうな顔をすると、ナターシャは扉を開けてくれた。
「エレナさんが帰ってきたって期待させちゃった?ごめんね。」
「そんなことありません!」
ナターシャは気恥ずかしそうに顔を横に向けた。
「ナターシャさん。」
僕が声をかけると不機嫌な顔をして僕の方を振り向いた。
「カーサスさんはまだいるかな?彼にお使いを頼みたいのだけど……。」
「いてっ!」
椅子から転げ落ちた。
ひっくり返った視線の先にはナターシャが不機嫌そうに覗き込んでいた。
そう言えばと僕は思い返す。
僕はヴェルグ死刑囚と面会を終えた後、アルス国務長官とジェフからこっぴどく怒られたんだ。
その後は、日も暮れていたので屋敷に戻って……
エレナの部屋に戻って……
勉強しようとして……
「ナターシャ!今、何時!夕飯前?」
「何を言っているのよ。今は朝よ。まだ日が昇る前だけど。」
経済の本を少し読んで寝落ちしてしまったらしい。
無為な時間を過ごしてしまった……!
後悔している僕を呆れた表情でナターシャが見下ろしていた。
「ジェフさんから聞いたわよ。今日は賢者としてアベルジャに出かけるんでしょ。それなのに徹夜しようとか馬鹿じゃないの!向こうでお嬢様の評判を下げるようなことしたら許さないからね!」
起き上がる僕にナターシャは手厳しい言葉を浴びせる。
しかし、こんなところでへこたれているわけにはいかない。
自分のちっぽけなプライドで賢者になりきると決めたんだ……!
顔を叩いて目を覚まそうとしている僕の前にナターシャは鞄を差し出した。
「はい。アンタの荷物よ。消毒液とか包帯とか入ってる。」
「ありがとう……」
突然、彼女から手渡されたことに僕は困惑する。
「なにを不抜けた顔をしてるのよ!アンタはアンタなりにお嬢様のために頑張ろうとしているんだから、私もお嬢様のためにできることをしているだけよ!」
ぶっきらぼうに答える彼女からぼくはありがたく鞄を受け取った。
そこに扉をノックしてカーサスが入ってきた。
「お嬢様。お迎えが来ましたよ。」
僕は急いで服を着替えると、ナターシャから手渡された鞄とヴェルグ死刑囚のロケットペンダントを握りしめて玄関へと向かった。
「エレナ様をお迎えに上がりました。」
明け方、アルス国務長官が王国の馬車を引き連れて迎えにやって来た。
アルスは礼儀正しくお辞儀をしていた。
アルスの顔が上がった。
いよいよ賢者としての大仕事が始まろうとしていた。
「エレナお嬢様はすでにここを発たれました。」
すでに僕の大仕事は始まっていた。